新ヒロイン?
魔族の女性は腕を構え、こちらを睨みつける。
「戦う気はなかったが……仕方あるまい」
先ほどネコショウと話していた時とは別人のような、重く威圧的な声だった。
さっきまでの恋バナムードが、完全に消えている。これは本気だ。
「待ってください! 俺もネコショウを探してただけで――」
「妾のネコショウを誑かした挙げ句、放ったらかしにしおって!
――その罪、償ってもらう!」
「誤解だって!」
弁明が、まるで届いていない。
「妾は魔王軍七幹部が一人、災禍のリザリー。
――お前の名は?」
「コフク・リョウカ」
名乗った瞬間、張りつめた空気が流れる。
名乗った時点で、もう引き返せない。
どうやら戦いは避けられないらしい。
俺も腹を括り、身構えた――その時。
「やめてください!」
ボンッと土煙が舞い、見知らぬ少女が二人の間に飛び込んできた。
割って入るには、あまりにも無謀なタイミングだった。
艶やかな長い黒髪。
頭頂部にはぴんと立った猫耳。
フリル付きのメイド服に、透けるほど白い肌。
そして――
「…………尻尾、三本?」
情報量が多すぎて、理解が追いつかない。
――いや、まさか。
「ネコショウ! 邪魔をするな!」
リザリーの叫びで確信する。
「止めて下さい!
リョウカ様には指一本触れさせません!」
「えっ、ネコショウが……美少女になってるんだけど!?」
可憐。大和撫子。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
全部、彼女のために作られた言葉にしか思えなかった。
知っているネコショウと、情報が一致しない。
いや、唯一、可愛いという点は一致している。
「くっ……お前がそこまで言うなら……」
リザリーは歯噛みしながら、ゆっくりと腕を下ろした。
ネコショウの言葉が、唯一の抑止力だ。
「……ネコショウ、お前――メスだったのか」
「その……メス猫などと呼ばれてしまいますと、わたし……」
ネコショウはもじもじと身体を捩じる。
「興奮してしまいます……」
「いや待て、そんなイヤらしいニュアンスでいったんじゃない!」
話が急カーブを切った。
視線が痛い。
というか、リザリーの殺気が明確に増している。
火種が増えている。
「……ともかくだ。もう日も暮れる」
俺は咳払いして話題を戻した。
強引でもいい。これ以上こじれる前に場を変える。
「戦う気はない。とりあえず後は家で話そう」
「なぜ妾が、貴様の家に行かねばならん。敵同士だぞ」
「ネコショウと腹を割って話した方がいいだろ」
俺は真っ直ぐリザリーを見る。
ここで目を逸らしたら、負けだ。
「ネコショウの前で戦うのは、俺も嫌だ」
「……」
沈黙の末、リザリーはそっぽを向いた。
「……勝手にしろ」
完全な和解ではないが、最悪は回避した。
✡
仲間に紹介すると事態が悪化しそうだから……
まずは、こっちのわだかまりを解くのが先決だろう。
正解かどうかは分からない。
だが、今はそれしか選択肢がない。
アグリアスの自宅に二人を案内する。
「……なんだ、この部屋は」
リザリーが周囲を見回し、眉をひそめる。
「生活感がまるでない」
「その……家具は私が、ある程度は食べてしまいまして……」
さらっと凄いことを言っている。
「そういえばネコショウに食わせたな」
「はい。塩味が効いており、とても美味でございました」
満面の笑みで言うな。
まったく…ツッコミが追いつかない。
床に腰を下ろし、場を改める。
「まず聞こう。なぜネコショウを放置していた」
「遠征前に体調を崩してて……やむを得ず置いて行った」
罪悪感が胸を刺す。
言い訳にしか聞こえないのは、自分でも分かっている。
「ほう。貴様は病の家族を見捨てるのか?」
「いや、そういう意味じゃ――」
「違います!」
ネコショウが勢いよく手を上げる。
「リョウカ様は、私との愛を確かめるために、距離を置いたのです!」
「……は?」
話が、斜め上にすっ飛んだ。
「……ネコショウ」
リザリーは急に声を落とした。
「やはり、妾の元へは戻らぬのか……?」
恋する乙女みたいな顔で目を逸らす。
さっきまでの殺気はどこへ行った。
「私は……リョウカ様のお傍にいたいのです」
「コイツは天性の女たらしだぞ……」
やめろ、余計な説明をするな。
「それでも構いません」
ネコショウは小さく微笑んだ。
「時々、撫でてくださるだけで……私は幸せです」
ネコショウ…。
「そこまで想って……」
リザリーは観念したように溜息をつく。
「はい…初めてを、リョウカ様に奪われたからです」
「待て待て待て! 何の話だ!?」
完全に記憶にない。
「貴様、責任逃れする気か!」
激昂したリザリーが胸ぐらを掴む。
「心当たりがない!」
「王都襲撃の際!
攻撃をいなされ、秘部に触れたであろう!」
「そもそも秘部がどこか知らねぇよ!」
「そんな……わたくしの初めてなのに……」
全部、ラッキースケベのせいだ。
「ちょっと待ってくれ……」
会話が! ずっと! ズレてる!
誰か軌道修正してくれ。
「もう我慢ならん! ここで殺す!」
「おやめください、リザリー様!」
もみ合いになり――まぁ、いつもの展開通りになり、俺は躓いた。
次の瞬間。
「――っ!?」
「……っ、あ……」
左右で、柔らかい感触。
もう、お馴染みの転換すぎて…。
「激しすぎます……」
「……どこを触っておる、貴様」
両手に花。
説明不能な状況が出来上がった。
――その瞬間。
「リョウカ! 何をしてる!」
テンプレのように、騒ぎを聞きつけた仲間たちが部屋になだれ込んできた。
最悪のタイミングは、いつも完璧だ。




