女神?
幸いにもゴブリンたちはカリスの魔法で焼け焦げ、残党も気付けばいなくなっていた。
アグリアスの前で膝をつき、必死に回復魔法をかけ続けるカサンドラに近づく。
「悪い、デュナンにも頼む」
アグリアスの傷は峠を越えている。
今、優先すべきは命の危険が残るデュナンだ。
デュナンは胸の出血こそ止まっているが、まだ目を覚まさない。
「で、でも……お姉様が……」
カサンドラは今にも泣き出しそうだ。
確かにアグリアスの呼吸は乱れていない。
回復魔法が効いたのか、胸の傷もふさがってきている。
「アグリアスはもう大丈夫だ」
自分に言い聞かせるような言葉だった。
そうでも思わなければ、判断が揺らぐ。
俺はアグリアスの手を握った。
弱々しいが、握り返す指先にゆっくりと力が宿る。
閉じた瞼のあたりで、長いまつ毛が微かに震えた。
「……勝ったのだな……」
「あぁ。なんとか、な」
“勝った”という言葉が、ようやく実感を伴って落ちてきた。
「ふぅ……今回は助かったわ」
ミザリアが足を引きずりながらこちらに歩み寄ってくる。彼女もギリギリだったのだろう。
俺以外、誰一人、無傷ではない。
それでも全員生きている。それだけで十分だった。
その後の俺は大忙しだった。
一番無傷だったという理由で、怪我人を運び、残骸を片付け、もちろんチートスキルの妨害に悩まされながらも、どうにか混乱を収めた。
気がつけば、自然と自分が動いていた。
役に立っている間だけは、ここにいていい気がした。
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夜霧が薄らいだ湿原に、星々の光が静かに落ちていた。
騒ぎが収まった今、張り詰めていたものが一気にほどける。
その夜、夢を見た――。
転生の間。
エメラルドの髪を波打たせる、美しい女神が微笑んでいる。
「……あれ? いつの間にか死んだのか?」
現実感がない。
夢だと分かっているのに、妙に生々しい。
――こういうのって、明晰夢っていうんだっけ?
「こんばんは、コフク様。こんな形でお呼び立てしてしまい、申し訳ありません」
女神はどこかすました顔で言う。
「で? 何の用だよ」
「あら、出会った頃は私に飛びついてくるぐらい夢中だったのに、他の女に鞍替えしたのね。悲しいわ……」
言葉の割に、まったく悲しそうではない。
「あの時はまだ若かったんだよ……」
疲れているせいか、どうにも張り合う気になれない。
「ふふっ。若かったって、まだ二週間も経ってないじゃない。でも……そうね、少し大人びましたね」
「そんな感想を言うために呼んだのか?」
「いえ、本題はここからです。……正直、私はあなたをみくびっていました。
まさかこの短期間で魔王軍の幹部を一人倒すなんて……転生史上、前代未聞です」
褒められているはずなのに、素直に喜べない。
「チートスキルがあればこんなもんじゃないのか?」
女神は小さく首を振った。
「いえ。あなたがいる世界――メルフィナは、転生者の死亡率が最も高い世界です。
チートスキル持ちの転生者でさえ、千年間、魔王軍の幹部は倒せませんでした。
だから、希望でもない限り、ここには転生者を送らないのです。……まあ、過去に高難易度を求める好き者もいましたけど」
つまり、俺は場違いな場所に放り込まれている。
「ん? ちょっと待て。俺、転生先なんて選ばされてないぞ?」
女神は目を細めた。
「それは――あなたがスキルを授かった瞬間に、イヤらしい行動をしたからです。仕方なくメルフィナに飛ばしました。――キモかったのもありますけど」
最後のが一番の本音だろ。
「……半分は俺のせいだけどさ!
それでも酷くないか?」
「クレームは受け付けておりません」
反論する気も、起きない。
「……もう、その話は終わりでいい。
要件を言って寝かせてくれ」
「ほんとにもう……私と話せる貴重な機会なのに。
――魔王を倒した暁には、転生者の願いが一つ叶えられます」
「願い……チートスキルを無くすこともできるのか?」
女神の瞳が驚いたように見開かれる。
「まぁ……そんな願いを出したのはあなたが初めてです。念願のラッキースケベではないのですか?」
「いや……思ったより不便なんだよ。普通に生きたいだけだ」
ラッキースケベのせいで常に居場所を奪われる恐怖に苛まれている。
「でも、そのスキルが無ければ、あなたも、周りの人々も死んでいたかもしれませんよ?」
「それはそうだな。だから、魔王を倒して平和になれば――もう要らないんだ」
女神は、動物園の珍獣でも見るような目で俺をじっと観察した。
「……ふぅん。変わった人ですね」
そして、俺の手を取り、小さな光の粒をそっと握らせた。
「最初の説明不足のお詫びとして、これを差し上げます」
「これは? 種……か?」
「効果が発揮されないことを祈ります」
嫌な予感しかしないが、今は考えないことにする。
「よくわからんけど……ありがとな。じゃあな」
軽く手を振ろうとしたその瞬間――
「ふふ……そういえば、自己紹介がまだでしたね。
私は女神タチアナ。あなたには期――」
女神エアリアは足をもつれさせ、その場で盛大に転んだ。
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
モフッ。
柔らかい衝撃が顔一面を包む。
「(ぐっ……嬉しい……が……苦しい……息が……)」
理不尽だが、もう慣れた。
「まったく……なんて下劣なチートスキルなんでしょう。女神にまで作用するなんて……
このまま胸で窒息死させて差し上げましょうか?」
「もがっ……もがっ……!」
(それはそれで、幸せな死に方だけど……く、苦しい!)
本気で死ぬ未来が一瞬よぎった。
「ちょ、ちょっと! 口を動かさないでくださいっ……! もう……さっさと行ってください!」
女神は床に空いた空間をぱかりと開き、
俺をそこへ押し込むように放り投げた。
光が弾け、視界は闇に落ちた。




