魔の手
「きゃっ!」
爆音に、カサンドラが肩を跳ねさせた。
「何事だ!?」
アグリアスも剣に手をかけ、焦りの色を浮かべる。
「デュナン! ミザリアを解放できるか?」
「任せて」
デュナンが剣を一振りした瞬間、鉄格子と鎖が悲鳴を上げて断ち切られた。
デュナンの風は、魔力を帯びた障害物すら両断できる。拘束用の牢など、彼にとっては時間稼ぎにもならない。
「ちょっと! なに勝手に――」
アグリアスが詰め寄ってくるが、俺は彼女の蒼い瞳をまっすぐ見返す。
「今は時間が惜しい。……信じろ」
――ここで迷えば、誰かを失うかもしれない。
そうなった瞬間、自分の居場所も一緒に消える気がした。
一瞬だけ悔しそうに眉を寄せ、アグリアスは息を吐いて頷く。
「立てるか?」
俺はミザリアに肩を貸した。
「ありがとう…あなたって変態の割に優しいのね」
「変態は余計だ」
優しさなんて自覚はない。
ただ、役に立っていなければ――ここにいる理由がなくなる。
「デュナンとアグリアスは村の中心部へ急げ!
カサンドラは俺と一緒にミザリアを治療しながら移動!」
「了解!」
「ええ!」
二人は風のように駆けていった。
「まったく……お姉様が小隊長だというのに。
でも、今はあなたの判断に従いますわ」
カサンドラは小さく息をつき、ついてくる。
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入口まで戻ると、牢屋番の女性が血相を変えて飛んできた。
「あなたたち、何を――」
俺は右手を軽く振る。
「ひぁあん♡」
理由は分からないが、彼女は頬を赤く染め、その場で膝から崩れ落ちた。
「……相変わらずですわね」
カサンドラの視線が刺さる。
「な、何もしてないぞ」
「ふうん~」
ミザリアとカサンドラが同時に冷ややかな目を向ける。
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村の内部は、すでに戦場だった。
緑灰色の肌。卑しい笑み。
ゴブリンたちが家屋を襲撃し、魔女たちが必死に抵抗している。
物凄い大群だ。
正面からの制圧戦になれば、被害は避けられない。
その中心で――
「“斬風・かまいたち”!」
デュナンの風刃が、複数のゴブリンを一瞬で両断する。
「やっぱり、デュナンは強い……」
あいつが前に立ってくれる限り、俺は後ろにいられる。そう思えた瞬間だけ、胸の奥の不安が薄れた。
優勢になりかけた、その時だった。
「へぇ……あなたが“西の英雄”と呼ばれる男ですか」
どこか聞き覚えのある声音が響く。
アグリアスが振り向き、息を呑む。
「エ、エアリー王女……!?」
妖艶な笑みを浮かべ、エアリー王女が優雅に歩み寄ってきた。
「な、なぜ王女様が……こちらに?」
アグリアスが駆け寄る。
「王女様―ここは危険です!」
デュナンも王女の元へ駆ける。
だが。
次の瞬間、王女の影が濃くなった。
「――心爆破」
――この瞬間、前線が崩れた。
ドン、と重い音が響き、
アグリアスとデュナンが胸元から火花を散らして吹き飛んだ。
「お姉様!!」
カサンドラが悲鳴を上げ、急いで駆け寄り回復魔法を施す。
ミザリアも負傷したデュナンに手をかざす。
「私は火傷の治療しかできないけど……」
瀕死の仲間を見て胸が締め付けられる。
再び、自分の居場所が脅かされるような感覚に陥る。
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「ふふ……英雄サマ。ようやくお会いできましたね」
偽りの王女が俺の前に歩み寄る。
よくも、アグリアスとデュナンを―。
拳に力が入る。
微かな違和感が鼻をくすぐる。
「お前はエアリーじゃない!!
エアリー王女はそんな香りじゃない!!」
記憶よりも、感覚が先に否定した。
静寂――
戦場全体が本当に一瞬止まった。
「……ふふ。やっぱりバルフォネアの変態。侮れないわね」
偽りの王女の身体が溶けるように変形し、
粘土が練られるように姿が変わっていく。
赤い巻き髪。赤い装束。黒のショートパンツ。
その姿は――ミザリアそっくりだ。
「魔王軍七幹部――“変面のカリス”よ。覚悟しなさい」
魔王軍七幹部…こいつ、姿形を自在に変えられるのか。
戦力の要であるアグリアスとデュナンがやられた。この場にいる誰か一人でも欠ければ、戦線は崩れる。
「幹部……! あなたが私を嵌めたのね!」
ミザリアが怒りを爆発させる。
「ええ。前の侵攻、あなたのせいで撤退したもの。
今日はちゃんと借りを返しに来たわ」
カリスは指先をひらひらと振り、挑発する。
ミザリアが魔法を構えるが、カリスが嗤った。
「いいの? あなたの熱魔法、周りの仲間ごと焼くでしょう?」
「くっ……!」
――選べ。
仲間を守るか、戦うか。
どちらを間違えても、居場所は失われる。
「でもね――私は気にせず使えるのよ」
カリスが空へ手を掲げた。
「“熱魔法・太陽光”」
巨大な赤い火球が上空に現れ、
村全体を焼くほどの輝きを放つ。
降り注ぐ灼熱の光。
大地が、空気が、肌が、
すべてが焼き焦げようとしていた――。




