応援要請?
日が高く昇るころ、カサンドラの家に一人の兵士が駆け込んできた。
「オルトロス騎士団、副団長殿!」
アグリアスが扉を開けると、兵士は胸の前で拳を掲げ、背筋を伸ばす。
この世界の騎士礼らしい。
「そんなに慌ててどうした?」
「実は明け方、ソロボス村より使い魔が届きまして……応援要請です!」
「ソロボス……」
アグリアスはその名を聞いた瞬間、視線を落とす。
「あなたが倒した、熱波の魔女が住む村ですわ」
カサンドラがそっと耳元で囁いた。
つまり、ミザリアが住む村か……。
俺には、その重さを完全には理解できない。
だからこそ、沈黙がやけに重く見えた。
「ここからまともに歩いて丸四日は掛かるね」
デュナンは顎に手を置き、なぜか楽しそうに考える。
この世界には馬はいないらしい。
丸四日徒歩で行くって大変そうだな。
「おいデュナン、なんでお前は当然のようにまだここにいる?」
「僕はキミを守ると誓ったんだ!」
……だからそれ、女の子に向けて言え。俺に言っても何も刺さらん。
アグリアスは俯いたまま、何か迷っているように見える。
彼女の葛藤は俺にはわからない。
「加えて、ロメオス王よりご伝言が……
“城の兵は動かせぬ。代わりにバルフォネアの変態を同行させよ”とのことです。
あと“娘から早急に引き離せ”とも……」
最後の一言が一番本音だろ。
兵を出せないのは建前で、実質は俺の厄介払いだ。
そして、とうとう俺の二つ名がバルフォネアの変態で固定されだした。最悪だ。
まあ、いい。この世界に来て嫌われるのは慣れている。期待されないほうが、動くときは楽だ。
アグリアスは小さく息を吐き、肩が震えた。
怒りではない。迷いと覚悟が入り混じった反応だ。
「行くんだろ?」
俺はそっとアグリアスの肩に触れる。
天頂トーナメントで戦った、ミザリアの事をどう思ってるかはよくわからない。
でも、彼女は要請には応えるそういう人だ。
ゆっくりと顔を上げるアグリアス。
蒼い瞳に決意が宿った。
「無論だ……すぐさま発つぞ!」
――そう。この瞬間、俺は触れてしまったのだ。
この感覚には覚えがある。何度やってもついつい忘れてしまう。
嫌な予感より先に、「あ、来たな」と思ってしまう自分がいる。
次の瞬間、アグリアスが躓き、俺の上に倒れ込む。
「お姉様!」
「僕のフィアンセから離れ給え!」
続けざまにカサンドラとデュナンまで手を伸ばし、
見事に三人重なって倒れてきた。
「お、重たい…! 誰か降りろ!」
「女に向かって重たいとは……っ」
アグリアスが顔を真っ赤にして胸ぐらを掴んでくる。
「姉様、すぐ離れるのです!
この体勢は……子を身籠ってしまう危険がありますわ!」
どんなメカニズムだよ。
「ぐへへへ……」
デュナンはちゃっかり俺の足に頬ずりしている。
「デュナン! お前だけは絶対にヒロイン枠に入れないからな!」
唯一の救いは、アグリアスが鎧を着ていなかったこと。
……うん、柔らかい。
こういう時だけ、全部が冗談みたいになる。
たぶん俺は、それに甘えてる。
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使い魔は途中で消失したらしく、詳細は分からない。
魔力切れか術者死亡か──どちらか。
どちらにせよ、「助けを呼ぶ余裕すらない」ということだ。
こうして、四人パーティーで向かうことになった。
少なすぎる気もするが、王様は俺を買っているわけではない。
たぶん「あわよくば厄介払いができれば……」ぐらいだ。
前衛三人+変態(仮)一名。
実質、俺は数合わせだ。
剣も魔法も、覚悟も、誰かのついで。
いや、誰が変態だ。
唯一の救いはカサンドラの回復魔法を覚えているところだ。
ネコショウはあまり体調が良くないようで今回はお留守だ。
少し心配だったが、これから長旅になる。
無理はさせられない。
✡
草原を二日歩き、湿原手前で野営する。
「ソロボスってどんなとこなんだ?」
スープを啜りながら尋ねる。
「霧に覆われた湿原の奥にある村ですわ」
カサンドラがミント色の髪をほどき、櫛を通す。
夜営中で、最低限の身支度をしている。
「魔女の隠れ里でね」
デュナンはスープを飲み干して続きを話す。
「古くはアルバード王家から迫害され、逃げ込んだとか。霧は魔女の結界で、部外者は迷って村に着けず、永遠に彷徨うらしい」
アグリアスが意地悪そうに微笑む。
「もし迷ったら、一生一緒に過ごせるな」
「なっ……!」
アグリアスは頬を赤く染める。
なぜかデュナンも同じ反応。
カサンドラはアグリアスに熱い視線。
まったく、退屈しないメンバーだよ。
少し笑みがこぼれる。
遠征への不安もあるが、このパーティーにどこか居心地の良さのようなものを感じる……そう思い込もうとしていた。
「姉様、村に着いたらどうしますか?」
「まずは何が起こったか、確かめる必要があるな」
確かに事情を確認するのが先だよな。
その瞬間、湿原の奥から──
かすかに、赤い光が見える。
炎? だめだ、ここからじゃ見えない。
“何か”がこちらを見ているような、冷たい気配。
敵意とは断定できない。
それが、逆に不気味だった。
俺は思わず、手にしたスープを握り直した。
戦う理由も、守る誓いも、まだない。
それでも、ここで引き返す未来だけは、なぜか想像できなかった。
――何故か嫌な予感だけが、最後まで消えなかった。
こうして、夜は静かに、更けていく──。




