ヒロイン?
渋々、物凄く渋々、カサンドラは部屋に招き入れてくれた。
拒絶したいのに、追い返せない。
その葛藤が、態度の端々に滲んでいる。
「まったく、人の部屋を覗くなんて……やっぱり変態ですわね」
そっぽを向きながら上着を整える。
変態はどっちだよ、と突っ込みたいが我慢する。
「そんで、アグリアスは無事なのか?」
「軽い熱中症ですわ。命に別状はありません。
……まあ相手も手加減してたみたいですけど」
「よかった……」
胸を撫で下ろす。
あの場で何が起きたかを思い返す余裕は、今はない。ただ、生きていてくれたことだけで十分だった。
「それより、あなた優勝したんですってね?」
「おう! オーダーには応えてやったぜ」
やや得意げに腕を組む。
「その後、王女様に狼藉を働いたとか」
「いや誤解だ! てか誰から聞いた!?」
「誤解も何も、あなたのこれまでの行いを考えると……」
カサンドラはそこで口を閉ざす。
信じたい気持ちと、信じきれない感情がせめぎ合っている。
「元を辿れば俺が悪いんだけど。どうにもならねえんだよ」
「なるほど。己の性欲が制御できず犯罪を止められない……そういうことですわね?」
間違ってはないんだが、それは別の病気だ。
「……もういいよ。アグリアスが無事なら俺は帰――」
言いかけた、そのとき……引き止められたような気がした。
振り向くとカサンドラの表情が一瞬、揺れた。
「あっ……い、いえ。別に、邪魔だなんて……その……」
追い返したい。
――それなのに、言葉が喉で引っかかっているような……。
結局、カサンドラの家のリビングで寝泊まりすることになった。
ネコショウも勝手に押し入ってきて、枕元で丸くなる。
誰も口には出さないが、この夜は、どこか落ち着かなかった。
✡
翌朝――
ドンドンドンッ!!
扉を激しく叩く音で目が覚める。
この音、ろくな来客じゃない。
「誰だよ朝っぱらから!」
玄関の扉を開けた瞬間、柑橘系の香りと共に、
誰かが勢いよく抱きついてきた。
「会いたかったよ、僕のスウィ〜トハニー!」
甘ったるい声。
「……デュナン!?」
「おぉ、僕の名前覚えてくれてたんだね♡」
嫌な予感しかしない。
西の英雄は、ゼロ距離で俺の胸に頬ずりする。
「おい離れろ! お前そんなキャラじゃなかっただろ!」
「昨日の戦いで、君が僕の心に触れたのさ……
僕、運命、感じて……♡」
方向性を、盛大に間違えている。
まじか、ラッキースケベの副作用か?
そのとき――
隣の部屋の扉が、静かに開いた。
絹のような金髪。アグリアスだ。
その後ろから、カサンドラも顔を覗かせる。
床で抱き合っている俺とデュナンを見て、
空気が凍りつく。
「…………どうぞごゆっくり」
アグリアスは無表情で一度扉を閉め――
次の瞬間。
蹴破る勢いで戻ってきた。
「待て貴様らぁ!
こんなところで何をしている!」
怒りと困惑と、よく分からない感情が混ざっている。
デュナンは優雅に立ち上がり、一礼する。
「僕はデュナン・レオンハート。
昨日、命を預け合った仲だ……つまり、婚約者だ」
「いつ、そんな取り決めをしたんだよ!」
何故か、アグリアスとカサンドラの視線が、
凶器のように突き刺さる。
誤解が、最悪の形で積み重なっている。
……俺が何もしなくても、勝手に話が進んでいく。
俺の知らないところで、事態は最悪の方向へ転がり始めていた。
✡
王都バルフォネアから南へ数十里。
枯れ果てた木々が墓標のように突き立ち、
陽光さえも喰らうような濃い霧が漂う。
――カンパネラ湿原。
人の営みが、完全に拒絶された土地。
生き物の気配すら途絶えたその地で、
ぽつり、と赤い火の手が上がった。
湿原を覆う霧を押しのけるように、
炎は静かに、だが確かに燃え広がっていく。
その熱は、
王都で起きた騒動とは無関係に――
次の災厄を告げていた。




