第109話 血②?
涙に滲む視界の向こうに、最愛の人がいた。
「デュナン……デュナン……」
ステラはデュナンの胸に顔を埋める。
彼女の手には痛々しい噛み痕から血が溢れ出ていた。
「大丈夫だよ……ステラ……よく頑張ったね」
デュナンはステラの頭をそっと撫でる。
「ほうほう。仲睦まじいですな……」
「きみ……逃げなくてもいいのかい?」
デュナンは赤頭の青年に手をかざす。
「ハハハ、確かにお前は強えよ。
だがな、これはどう対処する?」
直後、デュナンの手に収まるステラの体が痙攣し始めた。
――ステラの短剣が地面に落ちる。
「ぐぁぁぁぁ!」
目は正気を失い、人のものとは思えない雄叫びを上げる。
「ステラ!」
デュナンは暴れるステラを抱きしめる。
「ぐっ!」
ステラは牙を剥きデュナンの肩に喰らいつく。
「大丈夫だ。ステラ……僕はここにいるよ……」
デュナンはステラをなおも抱きしめ続ける。
「ハハハ、いいねえ泣けるねえ。
それなら、二人仲良く獣にしてやるよ……」
赤頭の青年はデュナンの背後に忍び寄る。
戦場の隅で黒い影が駆ける。
――一瞬の出来事だった。
ネコショウ(美少女モード)が尻尾でステラの短剣を拾い上げ、
死角を縫って放たれた刃が、赤頭の青年の喉仏を貫く。
「まったく、油断するからだ」
ドンッ!
ガイアと呼ばれた男が、赤頭の青年ごと戦場を再び爆発させる。
「――ん?」
しかし、爆炎が次第に収束している。
最後には小さな玉となり、デュナンの手元に収まる。
次の瞬間、デュナンが消えた。
ガイアの顎を片手で掴み、開いた口に爆炎が凝縮された玉をねじ込む。
「ガッ――やめっ――」
話し終わる前にデュナンが飛びのくと、
ガイアは内側から爆発して肉片が飛び散った。
術者が死んだことで、デュナンが風に浮かせていたステラの体も正常を取り戻した。
「僕も――そろそろ、駄目みたいだ……」
デュナンはステラの顔を見て少し安堵すると、その場に倒れた。
「デュナンさん! ステラさん!」
ネコショウが叫び二人に駆け寄る。
騎士たちも壊滅的なダメージを受けており、これ以上の戦闘は難しいようだった。
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山頂での戦闘も苦戦を強いられていた。
正体の見えない敵の攻撃をアグリアスとセピアは捌いていた。
「近くにいるのは間違いないが、あのゼフォンという男と総帥はどこにいる?」
再び血液で二人の分身が現れる。
「お嬢ちゃんたち? そろそろ限界かい?
実はねおじさんも限界が近いんだよ。早く死にたいねえ」
ゼフォンの言動は要領を得ず、アグリアスとセピアも反応できずにいた。
「相手のギミックが分からないな……こうなったら……」
「アグリアス騎士団……なにか手が?」
「ああ、数撃ちゃ当たる戦法でいく」
「あの……急に馬鹿っぽくなるの、やめてくれませんか?」
「う、うるさい……覇光斬・天羽々斬!」
アグリアスがクラリウスを振るうと剣の間合いの外に光輪が放たれる。
まばゆい光と共に周囲の木々や瓦礫が吹き飛ぶ。
「ちょっと、私も危なかったですよ!」
「セピア油断するな、まだどこに潜んでいるかわからない!」
二人は警戒して周囲を見渡す。
「アグリアス騎士団!」
セピアが古城の瓦礫の中に何かを見つけアグリアスを呼ぶ。
「どうした……?」
駆け寄ったアグリアスの前に二人の男女の亡骸が寄り添うように倒れていた。
瓦礫は不自然に二人の周りを避けていた。
「ゼフォンと総帥……か?」
素顔だったが、口元に総帥と同じ面影をアグリアスは感じ取る。
「どういうことでしょう?」
セピアは二つの亡骸に不可解な点を見つける。
「ああ……死後、数日は経過しているな」
「ああ、見つかったか……」
セピアの背後に血の塊が揺蕩う。
「セピア危ない!」
セピアが振り向いたが、血の塊はセピアに絡みつき口や耳から体内に侵入する。
「ハハハ、ようアグリアス騎士団!」
声はセピアだが、口調は明らかにゼフォンだ。
「くっ……貴様!」
アグリアスはセピアに剣を向ける。
「おおっと、可愛い副団長ちゃんを斬る気かい?」
「まあまあ、上手くいったついでに少し話そうじゃねえの。俺はよ総帥を愛してたんだ。
でもな、あの御方はガーザック様が蘇った途端、未来視のスキルを還すために自害したんだよ?」
死後数日が経過している死体を見ていたため、
アグリアスは驚くことなくゼフォンらしき者の話を飲み込んだ。
「そんで、俺も生きる意味なんて無くなったから自殺したんだけど、なんとまあ、驚きよ。
血だけで動いてんだぜ?
色合いも変えられるし、さっきの総帥なんてリアルだったろ?」
「私は生前の彼女を知らぬ……」
アグリアスは真面目に受け答えする。
「ああ……それもそうだな。さて、俺は一方的にお前を斬れるわけだが、お前は手出しできないだろ?」
ゼフォンが操るセピアが光のレイピアを構える。
直後、アグリアスが剣を振るい、レイピアの顕現を解く。
「あれ……? 俺のレイピアは?」
「私が顕現させた物だ。解除も自由だ」
「なんだと――それなら殴り殺してやる!」
ゼフォンがセピアの体でアグリアスに詰め寄る。
「セピア――そんな軟弱者に育てた覚えはないぞ!」
アグリアスがセピアに喝を入れる。
「――ん? なんだ?」
セピアの体が不自然に止まる。
「おい、まさか抵抗してんのか……この女!? な、なんて精神力なんだ!」
ゼフォンを体内に宿したまま、セピアが口を開く。
「あんたねえ……私の体を操ろうなんて……百年早いのよ! さあ、アグリアス騎士団、私ごとやっちゃってください!」
「ああ、もちろんだ!」
「えっ、ちょっと待って、なにそのノリ怖いんだけど……」
ゼフォンの声からは焦りが滲み出ている。
「まずい!」
セピアの体内が蠢きゼフォンが外に出ようとする。
「逃・が・す・か!」
セピアは気合でそれを抑え込む。
「覇光斬・邪気退散!」
アグリアスの剣から放たれる退魔の波動が、セピアごとゼフォンを浄化する。
「ぐきゃぁぁぁぁ!」
断末魔と共にゼフォンは消え去った。
「オェェェェ……」
セピアの口から残骸となったゼフォンの血液が吐き出された。
「その……よくやったセピア……」
アグリアスは若干ひいた目でセピアを見る。
「もう、私、お嫁にいけない――」
ゼフォンの残した傷痕は大きかった。




