暴君?
――空から、赤い雨が降りしきる。
雨粒が肌に触れた瞬間、嫌な冷たさが走った。
「暴君の再来ですね……」
タチアナの言葉に反応して、皆、バルコニーから空を見上げる。
突然の出来事に酔いが醒める。
「タチアナ……この赤い雨はなんだ?」
「暴君のスキルの一つ、病の雨です……いずれ作物は枯れ、生物は病魔に冒されます」
俺のラッキースケベなんかとは桁違いのチートスキルだ。
「ハルカ、ナタリー、王都の衛兵たちに伝え、王都全域に広めてください!
赤い雨には決して触れないようにと、伝えてください! ――サルベリア!」
エアリー陛下はメイド二人に指示を出し、すぐに参謀のサルベリアの元へ駆ける。
「伝令の鳥を飛ばそうにも、この雨に曝すのは危険かな……」
こんな時でもデュナンは冷静だ。
「確かに、他の諸侯と連携が取りづらいのが難点ね。それに、この雨……人の体でどれくらい耐えられるのかも未知数ね……」
ステラもそれに同意する。
「皆さん、お待たせ致しました!」
エアリー陛下は参謀のサルベリアを連れ、早歩きで大食堂まで戻ってきた。
サルベリアから状況の報告が入る。
「皆様、失礼致します。偵察の話ではテウザ山上空に魔法陣が描かれており、それが赤い雨を降らせている原因かと思われます」
「テウザ山……」
ジェーンは複雑そうな表情で聞いている。
サルベリアは更に続ける。
「文献によりますと、今から約三百年前、ガーザックは突如、赤い雨と共に現れたとのこと。
彼が力と恐怖でバルフォネアの王位に就くまでに、民の数は十分の一まで減ったそうです」
「転生者とは魔王を倒すための救世主なのだろう? やってることが魔王となんら変わらないではないか!」
アグリアスは拳を握りしめて、震えている。
「タチアナ、ガーザックのチートスキルってどんな能力なんだ?」
これは大事なことだ。赤い腕輪でスキルを継承させたり、生贄によって復活できたりとやってることが無茶苦茶だろ。
「本当はこういうことも話せないのですが……仕方ありませんね」
タチアナは呼吸を整え続きを話す。
「彼のチートスキルは血創……
大量の血液から、スキルそのものを生成する能力です」
無茶苦茶な能力すぎて内容が入ってこない。
「それは……人を殺してスキルを生成するってことかしら?」
ミザリアが核心を突く。
「いえ、半分正解です。血さえあればなにも殺さなくてもいいのですが……」
そこでタチアナは言い淀む。
「ガーザックは王位についてから百年もの間、民を痛めつけ、拷問や殺戮で血を採取していました……」
エアリー陛下が重く口を開く。
「それで暴君か――」
俺の言葉にアリスが被せる。
「まえは……ガーザックをどうやって、ころしたのだ?」
「ちびっ子の言う通りね。
かの英雄、ランパート・アーサー・ラインベルドが討ち倒したのよね?」
セピアの言葉にエアリー陛下は頷く。
「確か、二百年と少し前、ランパート一世は退魔の剣でガーザックを倒したと聞き及んでいます……」
「ええっ、これってそんな重要な物なんですか?」
セピアは自身が持つ退魔の剣を見て、仰け反る。
「我々が持ってていいのだろうか……」
アグリアスが当然の疑問を口にする。
「――み、皆様!」
突如ネコショウが叫ぶ。
ネコショウの視線の先に目を向ける。
空気が、重く沈んだ。
――バルコニーに落ちる血の雨が、うねりをあげ、形を成す。
フルフェイスの赤い甲冑。赤い腕輪と同じ輝きを放っている。
「百年も経てば顔ぶれも変わるかと思ったが……久しいな女神よ」
「お久しぶりですね。ガーザック……」
「左腕はどうした? それになぜここに?」
「ふふ。久々に会ったからといって近況を語り合うような仲だったかしら?」
タチアナは感情の籠もっていない声で笑う。
「それもそうだな。俺が殺戮の限りを尽くしていても手を差し伸べなかった冷酷な女神よ。理を乱してまで、こいつらに肩入れするとは……少し驚きだな」
「お前が……ガーザック……」
ジェーンが明確な殺意をガーザックへ向ける。
「お前は……誰だ? 洗練された肉体、これほどの兵が王都にいたとは……少しは楽しめそうだ」
フルフェイスのヘルメットからは低く、くぐもった声が聞こえるだけで、一切の感情は読めない。
「ガーザック!
我が名はエアリー・アーサー・ラインベルド七世! このような暴挙はここまでにしなさい!」
エアリーが啖呵をきって前に出る。
「陛下……」
アグリアスがエアリー陛下の前に出て、片手で庇うように制止させる。
「ほう、これは随分可愛らしい……。鬼神ランパートの子孫にしては随分とひ弱そうだ。だが、その胆力だけは認めよう」
「蘇るまであの世で寂しかったんだろ?
構ってちゃんが――さっさと、本題に入ったらどうだ?」
俺はガーザックを睨みつける。
こいつのせいで、ダイダスやネリル、多くの村人……そして、カサンドラが殺されたんだ!
……こいつだけは許さない。
「随分な敵意だな。ほう、お前も転生者か?
チートスキルで欲望のままに甘い蜜を吸ってきたのではないのか?
同類の癖に随分な物言いだな」
「お前と! 一緒にするな!」
皆の視線が俺に集まる。
「リョウカ様……大丈夫です。
あなたがガーザックと違うことなんて、ここのみんなが知っています」
ネコショウが震える俺の手をそっと握る。
「わりいネコショウ。取り乱した……」
「いいんですよ」
「ふふふ、ははは……交渉しようかと思ったが気が変わった。テウザ山にて全ての生物の死を見届けてから、空になった王座をいただくとしよう」
「一人で王様って呼べるのか?」
俺は右手で中指を立てて更に煽る。
「減らず口を……お前、その腕輪……まさか血徒なのか?」
ガーザックは俺の腕輪を凝視する。
「これはたまたまハマっただけだ」
「ははは……お前面白い奴だな。
ともかく、バルフォネア王国を救いたければ、テウザ山にて待つ、いつでも挑んでこい――」
そう言い残し、ガーザックの幻影は赤い水に還った。
✡
静寂が包む、大食堂の中で、誰一人、次の言葉が出てこなかった。
――降りしきる血の雨は、
もはや止む気配を見せなかった。




