転換点②?
まだ、昼過ぎだというのに王都の大食堂は呑んべえたちが寝転がっている。
タチアナのイビキから逃れるように、飲み残したエールを手にテラスに出た。
「ふぅ~。久々にこんなにエールを飲んだ。
――前世だったらお酒は二十歳からだけど、この世界に年齢制限なんてないからな……」
太陽に向けて銀製の盃を掲げる。
「――乾杯」
「あなた、なにやってるの?」
背後からの声に振り向く。
俺の奇妙な行動にセピアが訝しげにこちらを見ていた。
「ま、亡き友に乾杯的なノリだよ」
「ふぅーん」
セピアはテラスの欄干に手をかけ隣に並ぶ。
「そういえばセピアは飲めなかったんだよな?」
「うん。お酒は苦手なの……」
アグリアスといい、女性の騎士は酒に弱いのか?
「みなさん、まだ飲まれてたんですね……」
背後から、メイドの一人が声をかけてきた。
「キミは……ゆるふわメイド……」
「なによ、その呼び方……」
セピアが横目で睨んでいる。
「ふふ、私はナタリーと言います。ハルカと同じ勢力です」
……勢力? えらく変な言い回しだな。
王都内ってそんなに内部分裂してんのか。
ナタリーって子、出るところはしっかり出ているし、妙に母性が溢れてる。
これは、今までにないジャンルで非常にいいですねぇ。
「ぐふっ!
セピア、なんで横腹を殴るんだよ……」
「それはあなたの下心に聞いてみては?」
なんだ……俺ってそんなに顔に出ているのか。
「ふふ、みなさん、賑やかでいいですね。お口直しのデザートをお作りしたのでどうぞ……」
「えっ! いいんですか?」
セピアは両手を合わせて目を輝かせている。
こういうところは年相応の女の子なんだよな。
「てか、俺にはタメ口なのに、なんでメイドには敬語なんだよ」
「リョウカさん、知らないの?
敬語って相手を敬う時に使うのよ」
「それは、遠回しに敬う相手ではないと宣言してるんだな?」
「ふふふ、本当に、面白いですね。
私も皆さんの輪に入りたくなりました」
ナタリーは垂れ目を擦りながら、涙を拭っている。
「いいじゃん。ナタリーちゃんも一緒にいよう?」
俺は手を差し出す。
「あなたはっ、どうしてっ、そんなにっ、節操がないのっ!」
セピアが言葉を区切るごとに横腹を肘で突いてくる。
「なんだよ。うちのモットーは来る者拒まず。去る者は地の果てでも追いかける――だぞ」
「なら、私のことも追いかけてくれるんですか?」
ナタリーがいたずらっぽく微笑んでみせる。
「当たり前じゃないか。もしも、君が魔王に攫われたら、私が助け出して差し上げよう」
お酒の助けもあっていつもより、ノリが過激になる。
「キモっ! リョウカさんって凄いよね。どうしたらそんなにキモくなれるんだろ?
あなたの戦闘の才能が全部キモさに吸われたんじゃないの?」
こいつ、ここぞとばかりに罵ってもくるな。
そんなところはカサンドラを真似しなくてもいいのに。
「ふふ、お二人ってお似合いですね」
「ナタリーさん、今なんと?」
セピアがナタリーの肩を掴み真顔で迫る。
「え、なにかマズイことを言いました?」
ナタリーは突然の圧に困惑している。
「私はリョウカさんのことなんて、微塵も好きじゃないですからね?
私はデュナン様狙いなの。こんな色欲魔神、誰が好きになるの?」
「え、えぇ~。リョウカ様はカッコいいと思うのですが」
そうだそうだ! ナタリーもっと言ってやれ!
「なら、どんなとこが良いのよ?」
「ええ、それは……」
――ナタリーが顎に手を当てて十分が経過した。
「あっ!
――リョウカさんの良いところありました。
女性を匂いで嗅ぎ分けられるところです」
「遅いし、キモい!」
セピアはばっさりと切り捨てる。
俺はナタリーに耳打ちする。
「…え、ええっと、仲間を大切にするところと、……器が大きいところ?」
「ちょっと、完全に言わせてるじゃない!」
セピアが更に興奮する。
「お二人ともそれより、フルーツの甘味づけを召し上がって下さい! せっかく作ったので……」
セピアの持つ硝子皿から甘酸っぱい匂いが香る。
……と、セピアとの夫婦漫才のせいで、
デザートの存在をすっかり忘れてた。
なにか言いかけたセピアの言葉が、途中で止まる。
「……リョウカさん?」
フルーツを頬張ったまま、俺は顔を上げた。
――空が、暗い。
見上げると、赤い雲が王都を覆っていた。
✡
テウザ山上空に発生した赤い雲は、やがてバルフォネア王国全土を覆っていく。
そして雷鳴と共に――
テウザ山に、かつての暴君が降臨した。




