熱波の魔女?
コルデオを出て、俺はアグリアスを涼しい場所へと運ぶ。
会場の熱気が嘘のように遠ざかり、現実が一気に押し寄せてくる。
「アグリアス!」
名前を呼んでも、彼女はぐったりしたまま反応がない。
「わたくしが癒しますから……あなた、もういなくていいですわ」
カサンドラの冷たい言葉が胸に深く刺さる。
アグリアスを心配する気持ちは同じなのに…
どうしてこうも拒絶される。
「お、俺……水をもらってくるよ!」
逃げるように井戸へ走り、桶いっぱいに水を汲んで戻る。
何かせずにはいられなかった。
アグリアスはすでに緑色の光に包まれ、治癒の魔法が施されていた。
カサンドラは目を合わせず、ぽつりと漏らす。
「ありがとう……でも、わたくし、あなたのことは嫌いですの」
その言葉は鋭い刃のように胸に刺さる。
怒鳴られるより、ずっと痛い。
「お姉様は、一度たりとも……わたくしですら部屋に招いてくれたことなんてありませんのよ。それなのに……あなたみたいな得体の知れない人を招き入れて……それに、あんな体勢で……」
そこでカサンドラの声が震え、涙が一粒こぼれ落ちた。
嫉妬と怒りと、独占欲。
どれも、否定できないほど正直な感情だ。
……確かに、あの部屋では誰も呼べない
——とは、口が裂けても言えなかった。
「王様からの命令だったから……仕方なかったんだよ」
カサンドラはキッと睨む。
「あなた、呼ばれてますわよ」
会場からメアリーの怒鳴り声が響く。
「行きなさい……あんな女に負けたら許しませんわよ!」
「……わかった。行ってくる」
カサンドラの叱咤に背中を押され、俺は拳を握りしめた。
アグリアスをここまで痛めつけられて、
怒らないほど人間できていない。
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「ったく……遅いわよ。早くしなさいっての」
会場に入るなり、メアリーが開口一番、悪態をつく。
「すみません」
頭を下げると、目の前には全身赤ずくめの魔女――ミザリア。
にこりと作り笑いを浮かべ、手を振ってくる。
その笑顔の裏で、アグリアスが倒れた。
それだけで、十分だ。
胸の奥に残った言葉を、拳ごと握り潰した。
「それでは準決勝を始めます!
熱波の魔女ミザリア!
対するは……バルフォネアの変態!」
もう英雄の肩書きすら剥奪されている。
今さらどう呼ばれようと、関係ない。
「いざ、尋常に勝負!」
合図と同時にミザリアが宙へと浮き上がる。
「あなたの試合……見てましたけど。不気味ね」
「俺からしたら、あんたも充分不気味だよ」
強がりだ。
正直、どう戦えばいいのか分からない。
「熱魔法・熱保管!」
地面が赤く輝き、結界内が一気にサウナ状態へと変貌する。
——アグリアスを追い詰めた魔法だ。
「あっ……あったかい……」
嫌なほど、身体が順応している。
なんだこれ……すごく気持ちいい。
温泉気分に浸ってると――。
「ひっ……!」
結界の外に逃げたメアリーが、俺の恍惚の表情を見て小さく悲鳴をあげた。
「…やっぱり、魔法が効かないのね?
気味が悪い男ね」
ミザリアは冷静に分析している。
効かない。
それが、彼女の神経を逆撫でしている。
「ならば――熱魔法・上昇気流!」
「うわっ!?」
熱風が吹き上がり、俺の体は空高く舞い上がる。
上空でミザリアと目が合った。
「物理攻撃ならどうかしら。死なないでね?」
殺す気だ。もう、勝負の範疇じゃない。
その笑顔と共に、俺は落下することになった。
「うわぁぁーーー!」
地面が迫る。
死ぬ……さすがに死ぬ……。
と思った次の瞬間。
――あっ、柔らかい。
石畳がまるで高級マットレスのように俺を優しく受け止めた。
……まただ。
俺の意思とは関係なく、都合のいい結果だけが残る。
だが、もし適応してなければ今頃俺は……。
足元の石畳を見てゾッとする。
「本当に気味が悪い……どうして無傷なの?」
ミザリアは顔を歪める。
「ならば……規格外の魔法を試してみようかしら?」
ミザリアは小悪魔的な笑みを浮かべる。
いやいや、それ大丈夫か?
「熱魔法・小太陽」
小さな太陽のような火球が結界上空に停滞し、灼熱の熱波が降り注ぐ。
結界の軋む音に、会場全体がざわついた。
……そして。
結界が、水飴みたいに溶け始めた。
さすがに、洒落にならない。
「ミザリアさん! それ以上はまずいです!」
メアリーの声が悲鳴に変わる。
観客が危ない……!
足元に落ちてた石を掴み、反射的に投げつけた。
狙っていない。ただ、止めたかった。
「……あっ、あぁぁん……!」
空から響く官能的な声。
狙った覚えはない。
だが、石は彼女の体勢を崩すには十分だったらしい。
狙った覚えもない。
ただ、手が勝手に動いただけだった。
直後、火球が消え、ミザリアが空から落下してきた。
「危ない!」
俺は飛び込み、彼女を全身で受け止める。
体を支えた瞬間、嫌な感触が手に残ったが――考える余裕はなかった。
状況を選べる力なんて、俺にはない。
「あなた……どうして……?」
「いや……死なれたら困るんで」
それだけだ。
怒りも、復讐も、既にそこにはない。
ミザリアは驚いたように目を見開き、そしてふっと笑った。
「あの高さから落ちたら、私もただではすまなかった……はぁ、降参よ。私の負けだわ」
その瞬間、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。




