夢の乗車券
突然だが私には家族は居ない。もう他界してしまったのだ。
朝に起きて電車に揺られ
会社で怒られ頭を下げ続ける日々
そしてまた電車に揺られ
賞味期限が分からないカップラーメンと薄い布団で寝る日々を繰り返すだけだ。
「俺、何やってるんだろ。」
翌日上司にまた怒られた私は気分転換にコーヒーを買うために自販機へ向かった。
そしたら同僚がまたサボっている
「なんであいつらは怒られないんだろ。」と思いつつ缶コーヒーの蓋を開けた。
いつもならただのノイズだった同僚の話に珍しく俺は耳を傾けた。
「なぁ?"夢の乗車券"って知ってるか?」
「なんだそりゃ?」
「俺も聞いた話なんだがその乗車券は自分の今一番行きたい所に連れてってくれるらしいぜ。」
「へぇー胡散臭い話だな。で、その乗車券ってのはどこに手に入れるんだ?俺なら超美人が居る風俗の前が良いな。」
「知らね。」
「ギャハハハ」
(また馬鹿な事を言ってる。だから出世できないんだよ。)と私は思い後にした。
自分の机を見るとまた書類が増えている。誰かが押し付けたのだろう。
「やれやれ。今日は残業だな。」 何時になったか分からないがようやく終わった。
「ふう、今何時だ?」 時計を見る私。針が丁度上を両方とも指している。
「マズイ!これじゃ終電に乗り遅れちまう!」 私は会社から逃げ出す様に支度を整えて出る
「痛っ!」 誰かとぶつかってしまった。
「ごめんなさい!大丈夫でしたか!?」とふと下を見ると 70-80代位に見えたおじいちゃんだった。
「お怪我は…」と言い出す前に
「いいんじゃよ。お前さん急いでるみたいだが大丈夫かの?」
「私は大丈夫ですがあなたは…」
「いや、わしは大丈夫じゃ、ただ物を落としただけでの、拾ってはくれんか。」
急いでるし本当は嫌なのだがこう言うしかなかった。
「分かりました。」
色々な物が散乱している。このおじいちゃんはどれだけ物を持っていたのだろうか。
「どうぞ。」
「ありがとうの。青年。」
「では。」
ヤバい、遅れる。と思いつつ駅はまだ閉まってなかった 。
私はポケットにいつも入れているICカードを取り出そうとした。
だがない、どこにもない。もしかしたらあのぶつかった時に落としたか。
「仕方がない、券売機で買おう。」
私は窓口に向かい
「すいません。上野の切符一枚 早くしてくれ。」
窓口の人はニコニコしてこう答える
「かしこまりました。」
窓口の人は慣れているのかすぐ切符を出してくれた
「はいどうぞ。お気をつけて。」
私は礼も言わずに改札へ向かい切符を入れた。
ピヨピヨ
変な音が鳴った。
これは確か子供料金の音だったはず。
だが今の私には時間が無いし窓口が間違えたのだろう。少なくとも私に非はない。
電車のジリリリという音が聞こえると同時に飛び乗った。
「今日は厄日だ。」
走り疲れ息を切らした自分は目を上にして座れる席を探す、が誰一人として居ない。
終電と言えど誰かは居るはずだ。おかしい。これは何だ?
ドアが閉まる。
仕方がないので私は座ることにした。
いつも聞いている発車メロディが流れる。
ガタンゴトンガタンゴトンと電車が揺れ始める。
「こんな時間だと誰一人として居ないのか…」と不安だがまずは乗れたことに安堵した。
外を見つつ何分揺られたのだろう。 車掌のこんなアナウンスが流れた。
「本日も、鉄道をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この電車はむげん行です。」
まて、これはどういうことだ? 私は一気に不安になる。
もしかしてあの切符?そもそも無限?なんだ?どういうことだ?
私は電車の反対側、つまり車掌の元へ走り出した。
その間誰も座っていない。私は焦り何両走っただろう、
ようやく車掌室が見えた。 私は車掌に向かってこう言った。
「お前!無限ってなんだ!これは何だ!説明しろ!」
車掌は笑顔でこう話した。
「"無限"、ではなくお客様。"夢"に"幻"と書いて"夢幻"です。まずは落ち着いて、もし不安でしたらすぐそばの優先席にでも。」
私は間髪入れずこう言った。
「夢幻ってなんだ!?」
車掌は相変わらずニコニコしてこう答えた。
「あなたの"夢"です。」
今日同僚が言っていた事を思い出した。夢の乗車券があると。
もしかしてそれに乗ったのか?
焦る私に車掌は手をそっと優先席に向けた。座れという事だろう。
私は車掌の言う通り優先席についた。何故だか妙に腑に落ちてしまったのだ。
何分経っただろう。相変わらず電車は着かないままだ。
車掌がこう切り出した。 「お客様。夢はお持ちで?」
私は 「ない。家族も居ない。毎日電車に乗って怒られに行って電車に乗って寝るだけだ。」
何故か私はこの車掌に全てを言える気がした。
車掌はこう返す。
「では、僭越ながら申し上げますと…"お客様は何のために生きているのでしょう"?」
私は返答に困った。そういえばそうだ。 今は私は何をしているのだろう。
車掌は微笑みこう言う。
「お客様、確かに夢というのは華々しいものです。ですがあなたにも夢というのはあるはずです。」
どれだけ時間が経ったのだろう。今は何時だろう。 ガタンゴトンと電車の音が心地よくなってきた。
車掌はあれ以降何も言わなくなってしまった。眠い。
目が冷めたら布団の中だった。 私が見たのは夢だったのだろうか。
ポケットを見るとあの切符があった。
「成る程、そういうことか。」
私は今日上司に頭を下げるのではなく一回否定してみようと思った。
これは私の初投稿になります。
多少飛躍したりしていますが微笑ましく読んで頂きありがとうございます。
私は昔から星新一さんが好きで子どもの頃から良く読んでました。
ある時はショートショート1001をわざわざ別の図書館から取り寄せて借りたりもしていました。
この作品のメッセージ性として
夢は特別なものや華やかさだけのものではなく、日常の中にこそ見出せる
それが例え小さい物でも今の現代社会では見落としがちだと言う点をメッセージとして込めた作品です。
見てくださってありがとうございました。