Episode27 神の御業
「—————………ッ!」
体を包み込む力強い熱を感じながら、意識を取り戻したティナは慌てて目を開けるとレントが庇う様にティナを体を抱きかかえて気を失っていること、そのレントが既に限界を超えたダメージを受けた影響で虫の息であること、そしてこちらに背を向け無傷で立っている黒髪の女性とそれと対峙するように見たことのない色合いをした魔動兵が3体対峙していることを瞬時に把握した。
(あの赤いやつは、噂で聞いたレッドメタルを使って作られた【Ⅲ型】!? しかも、それが3体も……。それに、あの先頭にいる黒い機体はこれまでのパターンから考えるとブラックメタルで作られてるんだろうし、間違いなく【Ⅲ型】よりも上の新型機、ってことだよね!? どうしてそんな機体がここに!?? まさか、この亜人狩りの部隊って帝国と何らかの関係が……)
そんなことが頭の中に思い浮かんだ直後、突然黒い機体に搭載された遠隔通信魔道具からだと思われる若干くぐもった音声で男の声が響き渡る。
『貴様が本当に『英雄の域』に達した真の強者であるというのならば、この試作機がどれほど通用するのかせいぜい試させてもらおうではないか!!』
その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで4機が一斉に左手に装着された魔動砲を黒髪の女性に向けた直後、突然女性の姿が消える。
次の瞬間、黒髪の女性が今迄立っていた地点から魔動兵を挟んだ反対側の位置にいつの間にか移動していたことに気付いた。
『なっ!? 消え――』
そして、背後に回られたことで黒髪の女性を見失った黒い機体がそう声を上げた直後、まるでようやく自身が壊れていたというとを思い出したように4機の魔動兵全ての機体がバラバラに砕け、そのままあっけなく地面へ転がり落ちてしまった。
(な…何が、起こったの? あの女性が強いのも、ティナではまともに動きを追うことが出来ないレベルなのもレントとの戦いで分かってた。……でも、少なくとも各ステータスが3万を超えていると言われる【Ⅲ型】はおろか、それよりも上位の機体さえ動きを見切れなかったってことは、やはりこの人は既に『英雄の域』に到達している、ってこと?)
どうにか状況を理解しようと必死に思考を巡らせるティナのことなどお構いなしに、辛うじてまだ機能が停止していいなのかノイズ混じりに『バ…な……、なに…、…こったと、い…のだ?』と声が聞こえる黒い機体の残骸に黒髪の女性はゆったりとした、しかし強者の風格を感じさせる足取りで近づいた後、「ボクは、訳の分からない敵に手の内を晒すほど愚かでは、ありません。なので、一撃で終わらさせてもらいました」と声を掛ける。
『有り…ない! い…ら『英……域』に達して……うと、このステー…スで動…を追う……すらで…な……んて――』
「まあ、これにもタネはある…んですが、それを説明する必要はな…ありませんよね?」
黒髪の女性はそう告げた後、右手をかざすと光と闇の魔力球を打ち出し、残っていた魔動兵4機の残骸を一瞬にして消し去り、やがて呆気に取られて動くことはおろか声を発することさえできずにいたティナに視線を向けるとこちらに歩み寄って来た。
「目を、覚ましていたんですね」
そう声をかけられたものの、どう返事を返せばよいか分からずに迷っていると黒髪の女性は特に気にする素振りも見せず、すぐ近くの地点で足を止めるとそのまましゃがみ込み、未だティナを抱きかかえたまま浅い呼吸を繰り返すレントの状態を確かめるように視線を巡らせる。
そして、その時点でようやくレントの容体に思考が向いたティナは慌ててレントの顔色を確認し、その顔色が今にも死んでしまいそうな青白い物に変容しており、ティナを抱きしめる腕に全く力が入っていないことに気が付く。
「レント!? レント!!」
慌てて体を起こし、体の痛みを無視しながらティナは返事を返さないレントの体を揺さぶりながら必死に声を掛ける。
だが、どんどん呼吸が弱くなるレントがティナの呼びかけに返事を返すことは無く、固く閉じられた瞳が開く気配も全くなかった。
「やだ! やだ!! ダメ! 死んじゃダメ!! お願いだから、ティナを一人にしないでよ!!」
「……ちょっとどいてください」
流れ落ちる涙を拭うことすら忘れて必死に呼びかけを続けるティナに、今迄黙って成り行きを見守っていた黒髪の女性がそう声を掛けて来たことで思わずティナは動きを止め、彼女の真剣な表情に気圧されて思わずレントから数歩の距離離れる。
そして、黒髪の女性はレントの体に右手を当てると、「……たぶん、どうにかできると、思います」と短く言葉を返した後にレントの体に魔力を流し込む。
直後、レントの全身が眩い魔力光に包まれて見えなくなり、数秒の間を置いてレントの体を包む魔力光が消えたかと思えば、そこには先程まで死にかけていたのがまるで幻だったかの如く破損していた鎧さえ元通りに復元されたレントが安らかな寝息を漏らしながら横たわっていた。
「……………え?」
有り得ない光景に思考が追い付かないティナは、そんな間の抜けた言葉にすらならない音を口から漏らすだけで精一杯だった。
そもそも、この世界には回復魔法と言うものが存在するもののその効力は魔力によって人体の治癒能力を限界まで引き上げることで傷や体力を回復させるものであり、先程までのレントのように死にかけている相手に対してはまともな効力を発揮しない。
それに、当然ながら衣類などは治癒の対象外(一部自己修復機能を有する装備は例外だが)なため、役割を果たして砕け散ってしまったはずの『身代りの腕輪』まで復元されているのは有り得ない状態なのだ。
「…………いったい…なにが………」
「ボクの【天地創造】で、破損した肉体と装備を、元の状態に創り直し…ました」
「……そんなこと、できるわけない。……だって、そんなスキルや魔法なんて、使えるとすれば創造神エネルくらいで――」
そこまで口にしたところで、ふと最近創造神エネルによって告げられた新たな神の存在、『芹川優璃』という人物と、レントがその人物が自分と同じ異世界から来た存在だと語っていたことを思い出して言葉を切る。
そして、ティナはその考えが正しいかどうかを確かめるために震える声で黒髪の女性に尋ねた。
「まさか…貴女が、レントと同じ世界から来て、新たな神に認定されたセリガワユーリ、様?」
「ええと……まあ、そうなんだけど……。なんというか、『様』はいらんかなぁ」
困ったような笑顔を浮かべながらそう返事を返す黒髪の女性、新たなる神ユーリ様に視線を視線を向けたままティナは言葉を失いその場に固まることしかできなかった。
そして、神と呼ばれる規格外の存在であればレントがあれほど手も足も出ないレベルで大敗したこと、それに本来であれば助からないほどの重傷を負ったレントを救ってみせたのも当然のように思えてくる。
「ええと……とりあえず、このままここに留まっていると、また追加の敵が来ちゃうかも…ですし、早くここを離れた方がいい、ですよ」
ユーリ様はそう告げると、スカートのポケットから明らかに入りきらないと思える大きさの魔道具を取り出すとそれをティナに渡して来た。
「これ、は?」
「使い捨ての転移用の魔道具、です。それを使えば、使用者とそのパーティーメンバーを使用者が思い浮かべた場所まで運んでくれるので、意識がない武藤くんを連れてでも、すぐに逃げられ…ますよ」
そう説明をしながらもユーリ様はもう一つ同じ魔道具をポケットから取り出すと、すぐに魔道具の中央に設置された宝石に魔力を込める。
直後、ユーリ様の体と少し離れた位置に2か所魔力光が見えたかと思えば、次の瞬間にはユーリ様の姿は目の前から消えていた。
「……あっ! 助けてもらったお礼、言いそびれちゃったな」
怒涛の展開に思考が追い付かず、しばらくの沈黙を挟んでようやく思考を能力を取り戻したティナはポツリとそう呟いた後、ユーリ様から授かった魔道具に魔力を込め、ティナたちが寝泊まりに使っている拠点であるティナの家まで転移魔法を発動させるのだった。