Episode24 強者の戦い
「オオオォォォォォォォォォォォォッ!!!」
遠くから聞こえた雄叫びに、ティナは思わず足を止めてしまったがすぐに覚悟を決め、その声が聞こえた方向に向かって全力で駆け出す。
(今の声……レントの声だ! まさか、また無茶して正気を失ってる!?)
これまでも何度かレントは【憤怒】の影響で理性を無くして暴走状態に陥ったことがあるのだが、そういう時は決まって強力な敵と無茶な戦いを続けた時だった。
基本的に、別の世界からやって来たというレントのステータスはレベルに対して異常なほど高く、どれか一つのステータスでも1万を超えればそれなりに大きな国に所属する騎士団でも通用するレベルのなのでならず者の集まりである亜人狩りの部隊に後れを取ることはほとんどない。
そもそも、近年ではレベル上げの最適化が進んでいるので基本的にはそこら辺で暮らしている平民でも50~100ほどのレベルを持っているのはそこまで珍しいことではないのだが、それでも大幅にステータスを上げるためには不可欠となるスキルはどれだけSPを貯めようが才能がないと習得できないものが多く、大抵の人が補正値向上系のスキルを(小)しか取れないことから考えるとステータスの平均が千を超えているだけで100レベルの平民以上の戦闘力を持っているといって良いレベルのなのだ。
そのためまだ50レベルにも到達していないにも関わらずレントの攻撃力と素早さは1万前後と破格のステータスである以上それなりに訓練を受けた亜人狩りの部隊であっても1対1では苦戦することは無いのだが、相手もそれなりの訓練を受けてそこそこの装備を持った集団ではあるので複数と相対する場合には苦戦する展開も少なくはないのだ。
それに、亜人狩りの部隊はどこから調達したのかは不明だが一部の国家で採用されていると言われている『魔動兵』と呼ばれる人型の兵器を所有している場合があり、それの相手をする場合はかなりきつい戦いになることが多かったように思う。
そもそも『魔動兵』が何なのかと言った話なのだが、単純に説明すれば最新の技術で作り出しされた人型の魔道具であり、予め体内に埋め込まれた『コアユニット』に記録された動きや魔法を駆使して戦闘を行う人形なのだ。
その強さは量産型である最も弱い機体でこれまでに数回遭遇した【Ⅰ型】と呼ばれる規格でも各ステータスが三千を超えており、一度だけ遭遇したその上の【Ⅱ型】で一万行くかどうかといった程度、当然今迄遭遇したことは無いのだが一部の大国が所有する【Ⅲ型】になると三万を超えると言われている。
ただ、この『魔動兵』を購入するには【Ⅰ型】でもそれなりの資金が必要になるため亜人狩りの部隊が所有していたとしても1部隊でせいぜい1体程度なので、苦戦を強いられたとしても最後には勝つことが出来たのだがもしこれを複数所持する部隊や【Ⅲ型】を所持する部隊と遭遇した場合、今のレントでは厳しい戦いになるかも知れない。
(それに、今迄のパターンから考えるとこれ以上この拠点に留まり続けると別の拠点から増援が来る危険性があるから、これ以上戦闘が長引きそうならどうにかレントを正気に戻してこの拠点を離れないと!)
小さい頃からパパやママに鍛えられて来たティナは一般人に比べればそれなりに戦える方であるが、それでもレントには遠く及ばないどころかレントと行動を共にするようになって多少なりともレベルが上がった現在でも1対1で亜人狩りの部隊員と戦って勝てるか怪しい程度の力しか持たない。
だからそんなティナがレントの側にいたところで邪魔になるだけだし、暴走状態のレントを力尽くで止めることなどまず不可能だ。
それでもこれまでレントは何度正気を失おうとティナの呼びかけに答えて理性を取り戻してくれた。
正直、何度か死を覚悟した瞬間もありはしたがそれでもこれまで無事だったのだし今回も何となると思っていた。
だが、そんなティナの甘い考えはあっけなく崩れ去ることになる。
「——え?」
まず、到着して最初に直面した想定外はまだレントが戦闘中だったということだ。
そもそも、レントのステータスは攻撃に特化したステータスであるため基本的に長期戦になることはない。
そのため、これまでの暴走が起こった時も大抵は極限の戦闘が終わった余波で感情が高ぶった場合か、仮に戦闘中に暴走状態に陥ったとしても自身がダメージを受けるのも気にせず一気に勝負を仕掛けるので一瞬で決着がつくのだ。
そして次に驚いたのは、レントが戦っている相手がいつもの亜人狩りの部隊員ではなく初めてレントと会った時にレントが着ていたような見慣れない服を来た黒髪の美しい女性だったことだ。
顔付から年齢はティナよりも少しだけ年上に見えるので15とか16といったところだろうか。
離れた位置にいるので正確には分からないが背はティナよりも少し高い程度に見えるので150前半といった程度の小柄で、身の丈ほどもある大鎌を片手にティナの実力では動きを捉えることが出来ずにもはや暴風と化したかのようにしか映らないレントの攻撃を肩の辺りで切り揃えられた黒髪を風で揺らしながら表情一つ変えずに最小限の動きで躱し続けている。
(いったい……いったい何が起こっているの!? 今までも何度かレントの本気を見て来たけど、ここまで速くはなかったはずなのに……。もしかして、この拠点の襲撃でまたレベルが上がった、とか? でも、そうなるとそんなレントの動きに余裕で対応できているあの女性はいったい何者なの!?)
周囲の地形を変えるほどの勢いで繰り出されるレントの猛攻の中、踊るような軽やかな動きで攻撃を躱す彼女はまるで天使が舞い降りたかと見紛う程美しく、しばらくの間ティナは言葉を失いその光景に魅入られていた。
だが、荒れ狂う暴風の中に朱が混じり始めたことでレントの肉体が限界を迎えつつあることに気付き、正気を取り戻したティナは気付けば自然と声を張り上げた。
「レントォ!! これ以上は死んじゃう! お願い、止まってぇーーー!!!」
必死に叫びに荒れ狂う暴風が勢いを緩めることは無かった。
その代わり、ティナの存在に気付いた女性の動きが一瞬止まってこちらに視線が向く。
そして、それが決定的に事態を悪化させることに繋がった。
動きを止めた女性の隙を暴走状態にあると言っても当然ながらレントが見逃すはずもなく、一瞬の内に彼女の背後にレントの姿が現れたかと思えば彼が頭上に振り上げた『トール』に特大の雷が集約する。
直後、音すら置き去りにする速度で『トール』が振り下ろされるとその一撃は無防備な女性の後頭部目掛けて叩き込まれ、雷によって発生した爆風と極光に彼女の姿が飲み込まれる。
次の瞬間、風圧でティナの頬を薄く切り裂くほどの速度でその極光と爆風を吹き飛ばしながらこちらに何かが飛ばされたのを辛うじて観測し、背後でその物体が建物を数軒ほど貫いてようやく止まったことを音で察しながら恐る恐る砂埃が舞う先程まで女性とレントがいたはずの地点に視線を向ける。
正直、普通に考えればティナが声を掛けたことで女性が気を取られ、その隙にレントが渾身の一撃を叩き込んだことで女性が吹き飛ばされたとしか思えないのだが、なぜかティナは妙な胸騒ぎを感じていた。
そして、その嫌な予感が正しいことを告げるように砂埃の隙間から姿を見せたのは見知ったレントの逞しい背中でなく、ティナとそれほど変わらないように見える小柄な背中と風に舞う黒髪だった。