Episode23 腹立たしい日々
「クソが!!」
この最悪な状況に拍車をかけるように、【憤怒】の影響で少しずつ進行していた精神汚染が一気に加速したような感覚を感じながらも俺は努めて冷静さを保つように意識しながら、苛立ちを紛らわすように芹川目掛けて『トール』を全力で振り抜く。
当然そんな単調な攻撃が当たるわけがないのだが、多少なりとも体を動かした影響か少しばかり苛立ちが引くのを感じつつ、これ以上怒りで我を忘れる状況に陥らないように無駄だと分かっていながらも連続で攻撃を繰り返し、その間に現状を打破するための策を練るべく思考を巡らせる。
だが、どう考えても改善しようのないこの状況に少しずつ精神を汚染する怒りの炎が大きくなっていくのを感じながら、俺の中にある怒りの炎の原点であるクソみたいな人生がまるで走馬灯のように脳裏を過る。
俺は父親は医者で母親は弁護士というかなり裕福な家計の三男として産まれ、両親共に忙しいながらもそれなりの愛情をもって育てられたことを実感しているし、年が離れた兄2人にも小さい頃から可愛がられていたのでかなり恵まれた環境で生まれ育った方だと自負している。
兄2人には劣るもののそれなりに成績は良かった方だし、体格にも恵まれて運動もそれなりにできる方ではあったのに加え、基本的に周囲である程度裕福な家庭は幼い頃から様々な習い事をさせられたりなど窮屈な思いをしている同級生も多かったのだが自主性を尊重するという教育方針から自由気ままな幼少期を過ごし(強いて言えばしばらくの間、親父の知り合いだという爺さんが経営する少し離れた町の道場で週末だけ武術を習に行っていた時期もあったが)、小学生まではかなり順風満帆な日常を送っていた方だと理解している。
だが、そんな俺の日常が狂いだしたのは中学に上がって間もない頃だった。
小学6年に上がってすぐごろ、現在通っている小学校の同級生たちと一緒に地元の中学に上がるか、それとも兄2人のように進学校へ進むために中学受験をするかを問われた俺は仲が良い友達と離れたくなくて地元の中学に進む道を選択したのを今でも覚えているし、そして後悔もしている。
近場に進学校がある影響か、ある程度の財力を持った家庭の子供は進学校へと進む影響で地元の中学には俺ほど家柄に恵まれた生徒などおらず、当然ながら学力が高い生徒はほとんど進学校に流れるのでそれなりに成績も良かった俺は入学後すぐにガラの悪い上級生に目を付けられることになった。
だが、中学という多感な時期だった影響か『悪に屈するわけにはいかない』と正義感に燃えた俺は、何度もボロボロになりながらも幼き日に道場で見た武術の動きを思い出しながら体を鍛え続けて上級生と戦い続け、やがて学内で最も喧嘩が強い男として周りに認識されるようになり、やはり力ある者が、勝ち残る者こそ正義なのだという間違った認識を強くしながら最大の過ちに繋がる道をそうとは知らずに走り始めていた。
そして決定的な出来事が起こったのは比較的最近、去年、つまり中三の夏に起こった。
俺の噂を聞きつけて他校の不良が喧嘩を仕掛けて来たり、俺の名を使って下級生を脅す輩が出てきたりとそれなりに問題が増え始めていた頃でもあり、今迄俺を信じて見守っていてくれた両親や兄貴たちからの苦言が増え始めていた。
そのためその時期の俺は自分の正義が正しく理解されない現状にイライラが続いており、そんな時期に俺の噂を聞きつけて隣町にある不良校として有名な高校から数人の先輩たちが俺の中学に乗り込んでくる事件があった。
そして、間の悪いのことに俺が用事で早々に下校した日の放課後にそいつらが乗り込んできたこともあり、たまたま居合わせた俺を慕っていた後輩などがそいつらに食って掛かって返り討ちにあい、結果後輩たちが入院するほどの大怪我を負ったことで頭に血が上った俺は一人そいつらが通っている高校まで殴り込みをかけてしまったのだ。
その結果、23人の負傷者を出した襲撃事件の主犯である俺は先に高校生側が仕掛けていたこと、俺が単身で乗り込んでいたことから襲撃でなく呼び出されたうえで反撃しただけの可能性をお袋が主張したことで施設に入れられることもなく1か月の自宅謹慎という比較的軽い罰で済んだものの、地元にも実家にも居辛い状況となった俺は中学卒業と同時に家を出て少し離れた町の白波高等学校に入学し、一人暮らしを始めることになったのだった。
なぜこの高校を選んだのかと問われれば、実家からある程度離れた場所にある高校で知り合いに会う可能性が少なかったのに加え、俺がこれだけの力を得る原点となった道場があった町にある高校だからといった単純な理由だった。
本当は何もかも忘れ、0からスタートすることさえ考えもした。
しかし、俺が信じた正義の全てが間違っているとは到底思えず、だが力にのみ固執することで周りが見えなくなっていた幼い自分の未熟さも十分理解できたため、髪を染めたりそれっぽい服装や口調で自身がどうしようもない不良であることを周囲に知らしめながら、それでも俺を認めてくれる新たな繋がりを欲して新たな生活に挑むことになり、幸運なことに道場に通っていた時期の俺を知った同級生、二階堂聖哉との再会などもあったことでそれなりに期待に満ちた学園生活が始まろうとしていた。
だが、そんな希望もあっけなく終わりを迎えることとなる。
俺達が宿泊研修に向かうために乗ったバスが事故を起こし、神を名乗る頭のおかしなやつによってこんな世界に連れてこられたからだ。
そして、この世界で最初に会ったろくでなし共の甘言に惑わされた俺は転移によって得たこの世界の住人より優れたステータスを駆使し、ろくでなし共に捕まらないよう隠れ住んでいるエルフの一家を守っていた護衛獣を一家を狙う魔物だと騙されて打ち取り、その結果ティナの両親の命を奪う結果となってしまった。
あの日、ろくでなし共に言われるがまま周囲の見張りに出た俺は妙な胸騒ぎを覚えて一家が隠れ住んでいた住居に戻り、一家の主であるティナの父親が無残な姿で床に転がっている姿とろくでなし共におもちゃのように扱われるティナの母親の姿を目の当たりにしたことで俺の理性は一瞬にして【憤怒】の炎に飲まれ、気付いた時にはこの手をろくでなし共の血で染めていた。
その時に俺は理解した。
『ああ、俺は結局どこまで行っても只力に振り回されるだけの愚か者で、どこに行っても、何度でも同じような過ちを繰り返す救いようのない馬鹿なんだ』と。
ならばせめて、俺はこの力であいつらと同じろくでなし共を一人残らず駆逐しなければ俺の愚かさのせいで失われた命に報いることはできないのだと、更にこの手を血で染め上げる決意を固める。
そして、奴らと同じ亜人狩りの部隊が駐在する拠点を次々に襲撃し、【憤怒】によって燃え上がる怒りの業火に任せて手を汚し続けた結果、まだ半分もろくでなし共を駆逐できていないのに余計な邪魔者が俺の前に立ちはだかることになる。
『どうして俺の邪魔をする!? 俺は俺の使命を果たした後であれば大罪人としてこの命を差し出すことも辞さない覚悟だ! だから、邪魔をするならお前達とてあのろくでなし共と同じく敵として排除するのみ!!』
心の底から湧き上がる【憤怒】の炎を必死に抑えながら、激情のままに命を刈り取ろうとする自身の衝動を必死に抑えて紫藤とティナに似た謎の女は無力化した。
だが、何を考えているか分からない無表情であっけなく俺の攻撃を躱し続ける芹川に、俺の理性は限界を迎えようとしていた。