Episode22 偽る者
(間違いねえ! こいつ…何らかの方法を使ってステータスを偽ってやがる!)
反撃を受けないよう全力で後方に下がりつつ、そう判断した俺はすぐさま先日壊滅させた拠点で手に入れたアイテム、『真実の眼』を取り出して使用する。
このアイテムの効果は単純で、魔法やアイテム、装備によって偽装されたステータスを見破ることが出来る物で、一度これでステータスを暴かれた相手は二度と俺に対して魔法やアイテム、装備でステータスを偽装できなくなるという便利な能力を持っていた。
しかし、この便利なアイテムには一つだけ弱点がある。
(表示ステータスが変化しねえ! つうことは、この偽装はスキルによるものか!)
『真実の眼』の効果ではスキルによる偽装は見破れないため、これを使って表示が変わらないということはそう言ったスキルを習得しているとみて間違いないだろう。
そして、この世界で一般的に認知されている偽装系スキルは2つで、一つが表示ステータスを偽る【ステータス偽装】のスキル、そしてもう一つが表示スキルを偽る【スキル偽装】だ。
(この場合、芹川のスキルにそう言ったスキルの表記が無い状態でステータスが偽装されてるってことは間違いなくこの2つを持ってるってことだ)
普通に考えればこの2つのスキルを習得するのにSPが100ずつ必要なので【知の賢者】を習得するために200のSPを消費している芹川がこの2つのスキルを習得している可能性など考えないだろう。
だが、俺たち別の世界からの転移者は転移特典として初めにいくつかのスキルを付与されるので、最初からその2つを習得した状態でスタートしてる可能性だってゼロではない。
それに、今表示されているステータスもスキルも信用できないと言ことはまだいくつか厄介なスキルを隠し持っている可能性も考えなければならないだろう。
(まず間違いなく総量に比べて異様に早く回復する現象とあの無尽蔵に増える現象からMPは表示されている35,000程度ってのはフェイクだな。それに、俺の動きにここまで対応できるってことは素早さの値も本来は俺と大差ないと考えるのが無難か。そうなってくると、これだけ俺の攻撃に対応しておきながら一切反撃をしてこねえことから考えても、攻撃力なんかは大したことない俺と同じ特化型か? ……だが、俺の動きに対応できんなら、装備の攻撃力だけでも俺にダメージを与えるなんざ余裕だと思うが、なぜ反撃してこねえんだ? もしや、何らかのスキルで誓約があってスキルで作り出した障害物でダメージを狙う以外の攻撃方法を取れねえ、とかか?)
高速で思考を回転させながら俺は少しでも芹川のMPを削れないかと攻撃の手を緩めることはしない。
そして、もはや何度目になるか分からない攻防を繰り広げた末、俺はある賭けに出ることにする。
(こんなとこであのアイテムを消費すんのはもったいねえが……背に腹は代えられねえな。それに、どうせ20日くらい経てば魔力のリチャージが終わって再使用できるって話だし、ここは渋ってる場合じゃねえな!)
そう判断を下した俺は、アイテムポーチから金色の鎖を取り出し魔力を込める。
そして、芹川との距離を詰めて毎度の如く作り出された盾を粉砕した直後、「『天の鎖』よ! 彼者が所有する神の恩恵、【魔王】を封じよ!」と唱えながらその鎖を芹川目掛けて投擲する。
このアイテムの名は『天の鎖』。
効果はスキル名を一つ宣言しながら投擲し、相手がそのスキルを所持していた場合相手の動きを一定時間縛りそのステータスを拘束している間10分の1まで減衰させるという強力な能力を有している。
だが、それだけ強力な力を持ったアイテムである以上当然ながらデメリットもあり、もし投擲時に宣言したスキルを相手が持っていなかった場合その鎖は使用者にそのまま跳ね返り、逆に使用者の身動きを封じる枷となってしまうのだ。
それに、あり得ないことだがもし拘束した直後に相手が何らかの手段を用いて対象となったスキルを破棄した場合、拘束とステータス減衰の効果が強制的に終了してしまうだけでなくいったん使用したことで内包された魔力が尽きてしまうので20日間のチャージ期間は使えなくなってしまうといった欠点もあるのだ。
(【スキル偽装】では習得済みのスキルを隠すことはできても習得していないスキルを習得しているように見せることは不可能だ! それに、称号を偽るスキルはねえんだから【魔王覚醒者】の称号を得ている芹川が【魔王】のスキルを持ってんのは確実なわけで、【魔王】や【勇者】みたいな特殊なスキルはどんなスキルを駆使しても任意で破棄することは不可能! つまり、芹川に『天の鎖』を防ぐ手立てはねえ!!)
勝利を確信しながらも、想定外の反撃を受けないよう俺は間髪入れずに止めの一撃お見舞いしようと距離を詰める。
だが、そこで想定外の事態が発生することになった。
鎖の拘束から逃れようと動いた芹川だったが、当然ながらこう言った特殊な効力を持ったアイテムの影響から逃れられるはずもなく、あり得ない軌道で右手に絡みつく鎖に珍しく一瞬驚きの表情を浮かべる。
だが次の瞬間、突然表示されている芹川のステータスが減少したかと思えば先程まで特殊系スキルの欄に表示されていた【魔王】の表記が消え、そして対象を失った鎖が右手から外れたのを確認すると俺の眼でも追いきれないスピードで距離を取るために後退し、次の瞬間にはやつのステータス欄に何事もなかったかのように【魔王】の表記が再出現していたのだ。
「な……なにが、起こった!?」
思わず足を止め、俺は自然とそう声を漏らしていた。
確かに【スキル偽装】を使えば習得済みのスキルを一覧から隠すことは可能だが、あくまでそれは表示を誤魔化しているだけでスキルそのものが消えたわけでは無いため『天の鎖』の効果を逃れることなどできない。
今の挙動を説明するのならば、いったん対象のスキルを破棄して再び習得しなおしたとしか考えられないのだが、特殊スキルの中でもかなり特別な部類に入る【魔王】のスキルを破棄するなど、この世界のルールに直接干渉でもしない限り不可能な所業なのだ。
(やつが神として認定されているから、こんな無茶が可能になった? ……いや、ティナ曰く神であろうとこの世界に降り立てばこの世界にルールに縛られるって法則があるらしいから、そういったスキルを別途習得してねえ限りはそんな芸当は不可能なはず! じゃあどんなからくりがあるってんだ? 世界のルールに干渉するなんてスキル、そんなとんでもスキルなんて――)
そこまで思考を巡らせたところで、俺はなんかのついでにティナが語った特殊な称号やスキルについての話を思い出す。
曰く、かつてこの世界に送り込まれた異世界人の中には強大な力を手に入れ、この世界に降り立った神の現身を打ち取り世界のルールから解放された者が存在したと伝わっているらしい。
その転移者は神の現身を打ち取ったことで得た特殊な称号の加護を受けることで本来なら同時に習得が不可能であるはずのスキルを習得することができ、世界すら欺く伝説のスキル、【偽る者】を用いて自身の寿命すら偽り、数百年ほどの永きに渡ってこの世界を支配したとされている。
だが、結局その転移者も今から約1,500年ほど昔に送り込まれて来た別の転移者と相打ちとなって命を落とし、それによって亜人族が冷遇される社会は終わりを迎えたものの、未だに根強く奴隷として亜人族を捕まえる風習が残っている地域が残っているせいでティナたちエルフたちは人目に付かないような森林地帯で隠れ住んでいるのだと語っていた。
「まさか……お前も習得しているのか? 世界さえも騙す、究極の偽装スキル、【偽る者】を!」
そう問いかける俺に、芹川は静かな視線を向けるだけで返事を返すことは無かった。
だが、俺の予想が正しいことを告げるように、故意か、はたまた認識したことで見えるようになる仕組みだったのか表示される芹川のステータスに、【偽る者】の特殊スキルが追加されたのだった。