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第6話 足の長さの話


 訳が分からなかったが、ひとまず許しは出たらしい。

 首を傾げていると、ゼーマン様が「ブハァッ」と息を吸った。

 

「おおぉお緊張した……ッ」

「だ、大丈夫ですか?」

「ええ。領主様と直接話すのも一年ぶりでしたし、意見したのなんて生まれて初めてです。相変わらず恐ろしいお方です……っ」

 

 そう聞いて、私は「んー……」と思った。

 恐ろしいっちゃ恐ろしいが、なんかちょっと、意外と押しに弱い感じがしたような。

 責めた時は、絶対、目が泳いでいたし。

 

「そんなに怖かったですか、ゼーマン様?」

「そりゃ怖かったですよ!! 見ましたでしょうあの闇の魔力を。闇属性は全ての他属性の魔力を飲み込み無効化すると言われています。魔術師にとってディラン様は決して敵うことの無い存在なのです!!」

 

 あ、そこは闇が不吉で怖い~とか立場が権力が~とかじゃないんだ。

 ゼーマン様の価値観はとことん魔術基準らしい。

 魔導院を首席卒業ということはゼーマン様もそこそこいいところの貴族の出であろうが、それにしても豪胆だ。

 

「というか、奥様は恐ろしくなかったのですか?」

「うーん、そうですね……。思ったよりは?」

「なんと……。流石と申しますか、ニブチンと申しますか……」

「にぶ……?」

 

 ぴきりながら問い返すと、ゼーマン様は明後日の方向を見ながらぺろりと舌を出した。

 やっぱりこの人、結構強かである。

 

「さて。許可も出ましたし、研究開始としましょう奥様!」

「ええ。やりましょう!」

 

 一悶着はあったが、そんなこんなで、私とゼーマン様の研究ライフは幕を開けた。

 

 ◇

 

 ──の、だが。

 

「視線が…………」

 

 ぽつりと呟くが、ゼーマン様はガンギマリな笑顔で机にかじりつき、設計図をガリガリ書いていて取り合ってくれない。

 こたつが今メインの開発物だが、それ以外のアイディアも思い出した時忘れないうちにとヒントをポツポツ伝えているので、それを書き留め妄想し始めるとこうなるのだ。

 

 そんな訳なので、私が気にしている視線とは、ガンギマリなゼーマン様のものでもないし、侍女のマリンのものでもなく、その部下のメイド達のものでもない。

 

 部屋のドアの横に──黒い巨木のように佇んでいる、某氷狼卿のものだ。

 

「あの、ディラン様。……その……視線が少々、痛いのですが」

「……」

 

 そう言っても、何も返事をしてくれない。

 そうして腕を組んでじっと私たちの様子を見ていたかと思うと、四半刻もせずに「失礼する」と言って退出したりする。

 今日もそのようで、ちらちらと気にしていると「失礼する」と言って去って行った。

 「暇なのかしら……」と首を傾げていると、ゼーマン様がガリガリ書き物をしつつ「いえ、領主様はお忙しい方ですよ」と言った。

 目線はペン先を追っているが、彼は淀みなく続けた。

 

「領主様は朝日が昇る前に起きてこられます。そして日中は執務室に缶詰、食事は片手で食べられるもの限定、午後は要人との会談、空いた時間がもしあれば領都と郊外農地の見回りをなされて、夜は日付が変わる頃に就寝されれば早い方です。また、ひと月に一度は辺境領のいずれかの場所へ抜き打ちで長期視察に出向かれますね。とどめに緊急事態があれば出陣し、帰ってからその後始末……。生活魔術師として朝夜のご支度の手伝いや出陣の同行をすることがありますので、こちらも自然と大変になります」

「それはまた……」

 

 完全にブラック企業の社畜じゃないか。

 そしてその生活リズムに付き合わされるのだから、ゼーマン様のような部下たちもまぁまぁブラック社畜というわけか。 

 

 まぁ、機械もなく魔術も浸透していない貧しい北部をまともに回そうとしたら、そうなるかもしれない。

 

 繰り返すようだが、ローワン辺境は生きるだけでも大変な極寒の土地だ。

 作物は極わずかな品種しか育たず、海は冷たく荒れていて、山は殆どの季節が雪に覆われる。

 ではどうやって食っているのかと言うと、鉱物資源や冬の間に作る細工物などを輸出して金策し、民の口に入るものの半分以上を輸入に頼っている。

 しかし、領地の半分は小競り合いを繰り返している隣国と接しているから安定した取引などできず、当然、国内の決まった隣領からの輸入に頼ることになる。

 すると何が起こるか。

 ──足元を見られるのだ。

 ローワンが乱れれば次に国境警備をしなければならないのは自領になるので、どの隣領も協力的な顔はするが、本心では違う。

 本心では無いから、輸出食料は自領に出したくないような粗悪品を回してくる。

 流刑地になってから長いから、差別的な視線が強いというのもある。

 結果として、ローワンの民はギリギリ飢える事こそないものの、美味しいものをお腹いっぱい食べて幸福に暮らすということとは無縁だった。

 

 実家で勉強を頑張っていた頃、ローワンについても多少勉強したことがあるから、こういったことは知っている。

 

 そんな土地の領主である。

 忙しくないわけが、ない。

 

「なのにどうして……」

 

 愛する気もないのに、見に来るのかしら。

 

「ところで奥様、こたつの設計についてひとつ気づいたのですが」

「あ、ええ。なんでしょう」

「領主様は丸太のように太く筋肉質な太腿をしていらっしゃいますし、恐ろしく御御足が長いので、恐らく奥様が快適に使えるような寸法では小さいかと」

「……」

「奥様は寝転んで肩までこたつに入りヌクヌクすることを想定していらっしゃいますが、領主様が同じようになされると、骨盤の大きさ的にヒーターにつっかかるか、下手すると天板が持ち上がります」

「……そ、れは」

「いかがなさいますか? 少し大きめにお作りしますか? それとも、奥様専用で?」


 考えもしていなかった問いに、つかの間黙ってしまった。

 ……というか、ゼーマン様はディラン様と私が同じひとつのこたつに入ることを想定して作ろうとしているのか。

 確かに「家族」ならそうするのが普通だが、今の距離感でそれをやったら地獄である。

 そんなこと、ゼーマン様だって分かっているだろうに。

 ……確信犯、だろうか。なにかの。

 

「……考えておきます」

 

 なんとなく。

 無下に断ることもできないが、考慮するのも腹に据えかねて、私はそう言ってそっぽを向いた。

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