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第5話 来襲


 ゼーマン様と「熱発生装置」談義でひとしきり盛り上がり、ではどのようにして「雷の魔石」から安定した魔力を取り出すかという話に移った時だった。

 ゼーマン様がハッとした顔をして、明後日の方向に向かって深く跪いた。

 それに戸惑って声をかけようとした瞬間。

 

 ──闇を固めたような、漆黒の、巨大な鏡が空中に出現した。

 古い王朝様式の、重厚な鏡だ。

 

 そこから、ヌッと大きな影が現れる。

 

 肌がひりつく程のおぞましい違和感が場を満たし、体が凍った。

 目を見開いた私の目の前で、その闇の鏡から現れた人影が床に足をつけてトンと降り立った。

 

「──何をしている」

 

 魔獣の唸り声のよう。

 その言葉に、ゼーマン様が一際低く頭を垂れた。

 

 ……ディラン様だ。

 

 今のは「空間転移」というやつだろうか。

 恐ろしい謎エフェクトからして、闇属性とかそんな感じの。

 

 ……というか。

 本能的に震えが走った所から、なぜ彼が貴族に毛嫌いされているのかが分かってしまった。

 

 長い前髪で隠されたお顔は、少し勇気をだして覗き見れば美麗だと予想できる。

 それなのに女の影がないのは、つまり、これのせいなのだ。

 ──本能的な忌避感。

 他人の魔力属性を声高に喧伝するのは大変な無礼であり、場合によっては決闘の申し込みと取られても仕方ないほどの行為であるので、彼が「闇属性」であることを声高に口にするものは居ないが……つまりはそういうことだったのだ。

 

 中世に近い価値観では、特に、「闇」は死と恐怖の象徴だ。

 医療も未熟で、呪いが信じられているこの世界では、尚のこと嫌われる……というわけである。

 

 ぬらりと闇から現れたディラン様は、ゼーマン様を睥睨しながら静かに言った。


「答えよゼーマン。何をしていた」

「はっ……、……っ」

 

 あまりの恐ろしい圧に、ゼーマン様が脂汗をかいて真っ白になり、卒倒しそうになっている。

 なので私はゼーマン様の前に出た。

 至近距離でディラン様と向かい合う。

 

「お待ちくださいディラン様。ゼーマン様は生活魔術師として、わたくしの御用聞きをしていただけなのです」

「……」

 

 ふうわりと、冷たい風が室内に満ちていく。

 彼の周りに闇が集まっている気がする。

 震えそうになるのをグッと堪えた。

 

「何を怒っていらっしゃるのですか。御用聞きは彼の正当な仕事でしょう。……まさか、本当はわたくしにお怒りですか? 御用聞きすら呼んではいけませんか。城の中なら何をしてもいいというお話は嘘なのですか」

 

 私の夢にはゼーマン様が必要だから、ここは踏ん張りどころだ。

 なにより、ゼーマン様に責めるべきところなどひとつも見当たらない。

 

 ディラン様の意識をこちらに向けるべくそう言うと、闇が微かに揺れた。

 しかし今度は私に向けて、明確な圧が向けられる。

 静かな声は僅かな怒気を含んでいた。

 

「ゼーマンは駄目だ。御用聞きなら他の生活魔術師を用意する」

「何故です」

「……」

「納得できません。彼は優秀です。このまま仕事をしてもらいます」

 

 圧が、ぶわりと強くなる。

 ……本当に、何をそんなに怒っているのだろう?

 流石に不思議に思って、突っぱねるのではなく聞いてみることにした。

 

「理由をお話しください。納得出来たら、ゼーマン様以外の魔術師を受け入れます」

「……理由か」

「はい」

「貴女が俺の妻だからだ」

「は、…………、……え?」

 

 ツマダカラ。

 妻だから?

 ……どういう意味?

 

「ええと、それは……夫以外の男性と話すことを禁じる、ということでしょうか?」

「いいや」

「……?」

「……いや、そんなことは本当に言わない。俺は、貴女に嫌われたい訳では無い」

 

 嫌われたい訳では無い??????????

 

 結婚式もしないし初夜も拒否だし何もしなくていいとか言って塔にぶち込んでおいて……?

 

  私は、頭の中で再び何かがぷちんと切れたのを感じた。

 

「お帰りください」

「……」

「お・帰・り・く・だ・さ・い!!」

 

 ビシッとドアを指差すと、ディラン様が長い前髪の向こうで目を泳がせたような気配がした。

 ……狼狽えている。

 

 意外だ。

 激昂されるかと思ったが。

 

 また疑問が増えたが、とにかく怒りのまま静かに続ける。

 

「ディラン様。わたくしは納得できませんでした。ですのでこのままゼーマン様にお仕事をしてもらいます。さ、お帰りくださいませ」

「……だが」

「ああ。嫌われたくないというお言葉も嘘なのですね」

「……っ」

 

 ふう、とため息をついてみせると、ディラン様がまた目を泳がせた。(多分)

 

「なぜゼーマンなのだ」

「有能だからです」

「他にも有能な魔術師はいる」

「ゼーマン様より魔道具に詳しい方が? 皇都の魔導院を主席でご卒業なされたそうですが」

「……」

 

 やっぱり居ないんじゃないか。なんなんだ一体。

 やけに食い下がるなと思っていると、ゼーマン様が後ろから恐る恐る声をかけてきた。

 

「恐れながら申し上げます、領主様。私も、奥様の依頼を引き受けたいと思っております」

「……」

 

 グルル、という狼のような威嚇を幻聴した。

 しかしゼーマン様は震えつつも、目をキラキラさせて拳を握り、続けた。

 

「奥様は非常に画期的かつ前衛的なお考えの持ち主です。生活魔術師として……いいえ魔道具師として、絶対に完遂してみたいようなご依頼なのです!」

「……」

 

 あれ?

 ディラン様から、怒気のような圧が少し消えた。

 不思議に思っていると、ディラン様がくるりと背を向けた。

 

「日に一度、必ずお前自らが活動報告をしろ」

「はっ!」

 

 そんなやり取りをすると、ディラン様は「失礼する」と言ってドアから出ていった。

 

 ……なんだったの??

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