第4話 side:ディラン
side:ディラン
開け放った窓から覗く、重く曇った雪空を眺めながら、少しばかりの息を吐く。
ため息に近いそれが空に溶けて行くのを見上げながら、私は後ろに現れた女性に声をかけた。
「ご苦労、マリン。妻の様子はどうだ」
「は。……その、奥様は……」
有能なマリンが珍しく言い淀む。
それもそうだろう。
──婚約破棄されて傷心しているところを、攫うように連れてきた。
今頃、部屋で伏せって泣いているかもしれない。
自分がそのような振る舞いをした自覚はあった。
「妻の求めるものは全て用意しろ。予算が足りなければ、私の眠らせている個人予算まで含めて使って構わない。そして、どんなに小さなことでも異変があればすぐに知らせろ」
「異変……。……は、はい」
「……何かあるのか?」
マリンがなにか言い淀んだ気がして見やると、彼女は少し考え、それから意を決するように言った。
「奥様は、魔術師のゼーマン様を気に入られたようです」
「……──」
まさかと思って体が硬直した。
「気に入った」と言ったのか、今。
「どういう事だ。なぜゼーマンの名前が出てくる」
「は、はい。その、奥様は魔道具に強いご興味を持たれているご様子なのです。そのため到着なされてすぐに、魔道具に造詣が深いゼーマン様を自室に呼ばれました」
「自室に」
二度目の衝撃走る。
──婚約破棄。
辺境への追放。
攫われての望まぬ結婚。
初夜の放棄。
そんな事があった直後に──趣味の合う有能な男を自室に呼んだ。
その流れが行き着く先が分からないほど、馬鹿では無い。
もちろん、妻として愛さないのなら、「そのようなこと」が起こっても当然だ。
己に怒る資格などない。
妻とて、コゼットとてひとりの女性なのだ。
……しかし。
自分は、彼女ならばそういうことは起こらないのではないかと思い込んでいた。
……いいや思いたかったのだろう。
「……どんな様子だ。監視はできているか」
「私が席を外す時は、室内か、ドアを半分開けた状態でドア外に部下のメイドを立たせています。今は、ただ魔道具についておふたりで話していらっしゃるだけですが……たった一日で、かなり意気投合されたように見えます」
さらに言い淀んだ様子のマリンに、私はまだあるのかと問うた。
すると、マリンは小声で言った。
「その。……“城の中なら何をしてもいいんだったら、もう、いいよね?”と、諦めたように仰っていました。奥様は」
「……っ」
「そしてゼーマン様は、“奥様は春を連れてくる方だ”と微笑んでいらっしゃいました」
──次の瞬間、私は空間転移していた。