第2話 筆頭魔導具師
ギコギコギコギコ。
ざりざりざりざり。
トンカントンカン。
「あの、コゼット様……。そのあの、これは」
「え? なに? ごめんなさい、音がうるさくて聞こえなくて!」
そんな会話をしつつ、私は南の塔の空き部屋にて一番動きやすいワンピースを着てトンカントンカンと作業していた。
なんの作業かって?
そりゃあ勿論。
こたつの試作品、もとい「五分の一ミニチュアこたつ」を作っているのだ。
ここが洋風の世界? 知ったことか。
まず畳がないって? 探してないなら作ればいい。
こたつのヒーターの仕組みは? 動力は?
全然知らんがなんとかする。
とりあえず、こたつって何と言われたら、こういうものだと一発でわかる見本を作る。
とにかく、まずは形からだ。
というか手を動かしたい。
……手を動かしていないと、寂しさや悔しさで身悶えしそうになるから。
今は、完成するかどうかではなく、何かを始めようと決めたのだ。
そんな訳でいざやってみると、なかなか気分が良い。
「自分のために」を100パーセントで行動するのってこんなに気分がいいのかと驚いた。
思えば、自分は「もしも」とか「未来に」でばかり動いていて、ある意味、現実が見えていなかったのかもしれない。
孤独を恐れるばかりに信託にすがり、自分の存在意義に怯えるばかりに空回りして、まったくもって愚かだった。
幸い、前世で少しだけDIYにハマっていたことがあるので、道具と材料さえあればある程度の素人家具は作れる。
そのため端材や布などを集めさせて、トンカンと作業していた。
というか、実は。
DIYはできるのに……絵心はまったくないのだ。
絵を描くと、ミミズのダンスになる。
そんな訳でのミニチュアスケールである。
「よし、切った部分にヤスリをかけて……あ、マリン。どなたでもいいから城の生活魔術師の方をひとり呼んできてもらえる?」
「は、はい……」
侍女マリンがよろよろとしながら部屋を出ていく。
思っていた“コゼット”とイメージが違いすぎて戸惑っているのだろう。最近は堅物真面目で通ってたから尚更かな。
私も、もし仕える貴族の婦人が嫁いできて初日でノコギリを手に端材に足をかけてギコギコしていたら……まぁ戸惑うかもしれない。
「土足文化だし石畳で底冷えするから、寝転ぶためには下に八畳くらいの台なんかも必要かな。畳もないし……しばらくは台とカーペットで妥協するしかないか」
気になる場所にヤスリがけをしながらあれこれ考える。
前世のこたつなら天板の裏にヒーターが着いていたが、いきなりそれは難しいかもしれない。
原始的なものなら、熱くした炭や石を器に入れて中心に置く、とかがあった気がするが……。
しかしそれだと温度調節しにくいし、こたつの中に全身を突っ込んで気楽にぬくぬくしにくい気がする。あと普通に火傷しそう。
こたつを作るのが目的なのではなく、それによりQOLを上げたいのだ。つまり危ないものは却下である。
そうなるとやっぱり、天板にくっついたヒーターが必要だ。
そうウンウン唸りながら考えていると、部屋に生活魔術師の方がやってきた。
「ゼーマンと申します」と物憂げに自己紹介される。
緑の髪が特徴的な、猫背の、眠そうな青年である。
明らかに面倒くさいという顔をしている。ちょっとは隠そう?
──ちなみに。
「生活魔術師」というのは、文字通り生活に関わる魔術を専門とした人の事だ。
生活魔術師は魔導具師とも呼ばれ、生活に使える繊細な魔術や魔導具の作成を得意とする。
反対の位置にいるのが戦闘魔術師で、そちらは呪文の詠唱により魔術をぶっぱなす、いわゆる花形職業だ。
地域によって生活魔術の使用状況には差があるが、寒さの厳しいこの地方では、生活魔法……特に魔導具はあまり流行っていない。
それに頼っていた場合、故障が死に直結するからだ。
そもそも人の少ない北部には魔術師自体が少ないから、気軽に魔術に頼るという発想にも至らない。
ゆえに、基本は人力で、故障の心配がない原始的な方法で、というのが北部のスタンダードなのである。
ゼーマン様がやる気なさげなのはそのためだろう。
「はじめまして、ゼーマン様。暖房器具を作りたくてお呼び致しました」
「暖房器具……ですか?」
首を傾げたゼーマン様が壁際をちらりと見たのがわかった。
そこにあるのは大きな暖炉だ。しかし私が求めているのはそれではない。
全身を湯船のお湯に浸すようにぬくぬくできて、かつ、そこから出ずに机で作業や食事ができる。
眠くなったらそのまま倒れて柔らかい毛布に埋もれて寝られる。
電源も一秒で点け消しできる。温度調節もワンタッチでできる。
熱くなりすぎないし、なにより絶対に火傷しない。
そういうものを、私は求めているのだ。
そんなイメージを身振り手振りを加えて伝えると、それまで面倒そうな顔をしていたゼーマン様が、何故か徐々に姿勢を正し──そして、最終的に目を光らせた。
「あまりにも具体的すぎます。その“こたつ”なるもの……さては実在する魔道具ですね?」
「えっ!? あ、そ、……そ、……ソウ、デス」
あまりの圧に頷いてしまった。
実在するのは(ある意味)嘘では無いし、なぜかゼーマン様が前のめりだったからだ。
「それだけ繊細で高性能な魔道具となると、購入費用は白金貨千枚、いえ千五百枚は軽く超えるでしょうね。……皇都からの輸送費用に護衛費、ブランド料なども含めたら白金貨二千枚は下らないか……それはさすがに輿入れ初日にねだることはできない……だから似たものをどうにかして作りたい。そういう事なのですね?」
白金貨二千枚というのは、そのまま、前世で言うところの二千万円だ。
普通の辺境伯夫人なら個人用予算を貯めれば出せる範囲の金額であるが、この極寒のローワン辺境は財政が厳しい。
というか、どこでだって心象の良い金額では無いのは間違いない。ローワンの領民に知られたら蜂起されかねない。
勢いでイエスと応えると、途端にやる気になったゼーマン様が腕まくりを始めた。
「ええ、ええ、分かりました。それでしたら再現に力をお貸しましょう! 私はこう見えても皇都の魔導院を首席で卒業したのです。権力争いでトチってここまで飛ばされ腐っておりましたが、最新の魔道具の再現というならやる気が出るというものです!」
「お、おお……。ありがとうございます!」
どうやら魔道具が大好きな人であるらしい。
それならばと、物は試しで話をふってみた。
「実は他にも、部屋の気温を一定に保てる魔道具や、飲み物を温かいまま保存する魔道具や、火を使わずに食べ物をあっという間に温める魔道具も密かに存在するそうですよ。……ああ、洗濯を洗いから乾燥まで全て自動で終わらせる魔道具や、床を自分で走るお掃除の道具もあったかしら」
「──ッ!?!?」
ゼーマン様が絶句する。
それはそうだ、そんなものはこの世界にはない。
ないのだが、この様子だと「実在するのだから再現出来る」と思わせた方が完成確率が高そうなので、発破を掛けることにした。
ゼーマン様がよろけて壁に手をつく。
「ま……待ってください。皇都は……皇都は今、そんなことになっているのですか!?」
「えっと、はい。なっていますよ。ただ、密かにです。権力者が囲いこんで秘匿しています。公爵家クラスなら一家に一台“こたつ”を密かに購入していますね。あくまでだらける為の道具なので、密かにです」
密かに、を繰り返しまくる。
そうでなくても事実の確認には時間がかかるから、おまけの保険だ。
北部から皇都までは、最高級の馬車で馬を交換し続けても、片道二十日以上はかかる。
それだけに情報の伝達は非常に遅く、不確実だ。
道も悪いし治安も悪いしお金が途方もなくかかるので、そもそも必要最低限の依頼品以外は何も届かない……いやそれすら届かないことがあるレベルである。
商人に手紙を託すという意味での郵便もあるが、それだと情報はさらに不確実になりやすい。
もしゼーマン様が今も皇都にツテを持っており、自分か使者を送り込んで実情を調査できたとしても、それだけで数ヶ月以上はかかるだろう。
密かに、という大前提なので、探りきれなかったと諦めればなおいい。
とにかく、パチこくなら迅速に、だ。
「くそおお!皇都を離れて五年のうちに一体何が……!? どこの研究所が革命を起こしたんだ……!?」
がくんと膝をついて物凄い形相で頭を掻きむしるゼーマン様。ちょっと煽りすぎただろうか。
そう思いつつ見守っていると、ゼーマン様がぎゅるんとこちらを向いた。
凄まじい気迫を纏っている。ゆらりと立ち上がり、こちらへゾンビのように歩いてくる。
「もっと詳しくお聞かせください。くう、腐っている場合じゃなかった……!!」
「わ、わかりました。わかりましたから」
「詳しく……何卒……!!」
「わかりましたから!」
びびりつつわかったわかったと言うと、ゼーマン様は一歩下がってくれた。
そして不敵に。
いや、若干不気味に笑う。
「今度こそ“筆頭魔道具師”の名をあいつらから取り戻してやる……。情報提供よろしくお願い致しますね、コゼット様」
……なにやら訳ありの人を捕まえてしまったらしい。
まぁやる気は十分だし、いっか。
「はい、よろしくお願い致します。ではこたつの説明から始めますね」
そう言ったところで、部屋のドアがノックされた。
この後はしばらく毎日更新して参ります!