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第1話 転落→こたつへのロード

 ありきたりな転生者の元には、ありきたりな運命が訪れるものなのだろうか。

 

 そうぼんやり考える私の前で、テンプレ通りな茶番が繰り広げられている。

 そう、転生モノお決まりの──「一方的な婚約破棄の宣言」だ。

 

「コゼット。このレイトン皇国に、先日新たな神託が下った」

 

 私の婚約者であるクリス皇子が、自分の横の少女を愛しげに見やり、それから私に冷えきった眼差しを向けた。

 

「それは、この美しきロクサーヌが“王と結ばれし者”であるというものだ」

 

 パーティー会場にどよめきが走る。


 ロクサーヌ──我が妹は想像以上に皇子と親しい仲になっていたらしく、腕を絡め、豊満な胸を押し付け、しっとりともたれかかっている。

 

 豊かに波打つピンクダイアモンドの髪、輝くラピスラズリの瞳の妹は、美しい。

 薄い草色の髪に淡い黄色の瞳という、甘さの欠けらも無い色彩の私とはまったく違う、特別な甘い色を持ったロクサーヌ。

 

 彼女は、私の、血の繋がらない妹だ。

 私の持つもの全てを羨ましがり、泣いて甘えて奪い取る子だったが、まさか婚約者まで本当に彼女のものになってしまうとは。

 

「こんな神託が下るなんて思ってなくてぇ……。コゼットお姉様、お二人の仲を裂くようなことになってしまって、本当に申し訳ございません♡」

 

 そう言ったロクサーヌは一瞬ちらりと勝ち誇った顔をしてから、打って変わって儚い花のように微笑んだ。

 その微笑みをうっとりと眺めてから皇子が己の金髪をサラリと払い、私に面倒そうな眼差しを向けた。

 

「よって、コゼット。そなたとの婚約を破棄する」

 

 ──呆気ない。

 あまりにも現実感がない。

 が、言うべきことを言ってスッキリした様子の皇子はペラペラと上機嫌に話を続けた。

 

「この破棄宣言により我々の結びは解かれた。よって私とロクサーヌは新しい“神託”に基づき、正式に結ばれる。だがコゼットよ。いくら“神託”があったにせよ、お前を放り出して孤独にするつもりは無い。私が最も信頼する臣下にお前を委ねることにした」

「……え?」


 思いがけない追撃。

 放心したままの私を置き去りに、何故かニヤリと黒い笑みを浮かべたクリス皇子が続けた。

 

「さぁ来い」

 

 そう適当に言い放ったクリス様の後ろで、黒い影がゆらりと動いた。

 

 ──最初、何故かそれを人だとは思えなかった。

 

 まるで冬の森に静かに佇む、黒い巨木のよう。

 そう思うほど異質。

 そんな第一印象の男が、いつのまにかそこに現れていた。

 

 背も肩幅も見上げるほど大きく、静か。

 ただそこに立っているだけで威圧感のある人物。

 実際はただ常識の範囲内で体格が良いというだけなのだけれど、そんな風に感じるような、不思議なオーラを持つ人だった。

 

 先程までは気配でも消していたのか、その存在に誰も気づかなかった。

 ぬっと、会場の影から溶け出てくるように現れた、癖のある黒髪の青年。

 

 長い前髪で隠れているため顔の印象が分かりにくいが、かすかに見える鼻筋と口元はすっとしていて、ずいぶん端正な人だなとぼんやりする頭で思った。

 しかしどこか浮世離れしている。

 そのせいなのか、見ていると肌がゾワゾワする。

 口さがないものは「禍々しい」と言うかもしれない。

 口元から読み取れる表情は静かだけれど、しなやかな虎や狼のように雄々しい印象があって、自然と人の警戒心を煽る人だと思った。

 

 この会場にいる誰とも違う。

 少しばかり女性陣がざわめいた……何故かロクサーヌも。

 ともかくその青年を指して、クリス皇子が歪んだ笑みを浮かべて言った。

 

「我がレイトン皇国の重要な領地を任せている、ローワン辺境伯のディランだ。腕は立つし、歳上だがまだまだ若い。きっと二人で添えば幸せになれることだろう」

 

 その言葉に、今度は男女関係なく、会場全体が大きくどよめく。

 無理もない。

 名を聞かされた私もぎょっとした。

 

 ――ローワン辺境。

 

 そこはいわゆる流刑地だった。

 領土の半分が氷に閉ざされた、飢えの土地。

 僅かに人の住むエリアすら、国境での小競り合いだの、領民が起こす問題だので事件が絶えないという、血と埃の匂いのする土地だ。


 目の前に立つローワン辺境伯ディラン様は、物静かそうに見えるが……噂では折り紙付きの荒くれ者だと言われている。

 体格が武人のそれだから、そんな前評判があるとなお恐ろしい。

 禁欲的な服装で肌をほとんど隠しているが、垣間見える部分にすら傷跡がある。

 

 自ら戦場に赴き、社交の季節になってもパーティーに全く来ないという噂は本当なのだろう。

 事実、私も今日、初めてお会いした。

 

 ……ともかく。

 そんなローワン辺境へ。

 この辺境伯に嫁げと、皇子は公の場で決定事項として言っているのだ。

 

「辺境領は国を守る要の地だ。きっと、かつてお前に下された神託──“国に繁栄をもたらす者”というのは、辺境にて国の繁栄を“守る”任務に着くことを意味していたのであろう。これも何かの縁だ、しかとこなせ」

 

 そう言い切って満足気に頷いたクリス皇子は、ピンクダイアモンドの輝きを持つ妹の手を引いて軽やかに退場した。

 去り際、二人は会場の扉が閉じ切るのも待たずに見つめあってキスをしていた。

 

 その姿が目に焼き付いて離れない。

 

 それと同時に、まるで走馬灯のようにいままでのことが思い起こされた。

 

 ──この世界に生まれると同時に、私に下された神託。

 

 それは、“国に繁栄をもたらす者”だった。

 

 幼くして公爵の両親を亡くし、爵位の低い、遠い親戚以外に後ろ盾がなかったにも関わらず、第一皇子の婚約者となったのはそのためだ。

 

 引き合わされたころのクリス皇子は、今ほど悪辣な男ではなかった。

 傲慢さはあったが、高位貴族なら有り得そうな程度だった。

 少なくとも、挨拶は笑顔でしてくれた。

 少なくとも、昔は……。

 

 だから私は、この子を助けて国を発展させていこうと、そう思った。

 

 そうして、家族になれればと思ったのだ。

 この出会いこそが「前世」でも「今世」でも天涯孤独だった理由なのだと、納得しようとしたのかもしれない。

 

 前世でも私は孤児で、懸命に働いているうちに一人で事故死してしまったから。

 

 しかし……現実はそう上手くは行かなかった。

 

 この世界は魔法はあるものの、まさしく中世風の世界。

 剣と魔法に支配されており、化学もモラルも乏しい。

 魔法という不可思議な力があるせいで法律が未熟で、全体が迷信に支配され、混沌としている。

 その混沌のために、命を落とすことになる人々の姿が多くあった。

 不衛生から亡くなる子供や、流行病を呪いと間違えて村が全滅するような話は日常茶飯事だった。

 

 唯一私に優しくしてくれた厩番の使用人が破傷風で亡くなったのをきっかけに、私は幼いながらに動こうと決めた。

 

 いわゆる転生知識チートで、身近な人を、皇子を、ひいては国を助けようと思ったのだ。

 

 だが──できなかった。

 

 例えば道具開発。

 五歳で高品質な石鹸の開発をしたものの、私の保護者になったロクサーヌの親に権利を奪われてあえなく惨敗した。

 良い香りのする石鹸は貴族の奥様向けの最高級品となったのだ。

 商人の情報操作もあって、“平民が手にすれば分不相応、下克上を考えていると罰されるほどの至高の品である”という風潮が作り上げられた。

 これでは、民間人の命を救うのには使えない。

 

 この世界の法律に疎かったことを反省した私は、猛烈な勢いで前倒しの勉強を開始した。

 淑女教育だけでなく、法律のこと、歴史のこと、国のこと、果ては各国の言葉や文化まで。

 ロクサーヌが愛らしいぬいぐるみを抱き抱えて親に撫でられ、こちらを優越の瞳で見ているのを、気付かないふりしながら、必死に勉強した。

 

 ──父様、母様、どうして死んでしまったの。

 今、ここにいて欲しいのに。

 

 そう、前世と今世の両親に慟哭したいのを我慢しながら。

 私はひたすら未来のために勉強した。

 

 それから数年後。

 慈善活動で訪れる孤児院を中心に、入浴習慣、歯磨き手洗い、傷の消毒といった試みを浸透させようと、かき集めた根拠を元にあれこれ主張してみた。

 

 しかし結果は──異常者扱い。

 

 過度な潔癖症だと診断され、家に軟禁されて毎日精神科医とにらめっこしながら、「わたくしは異常です。頭がおかしくなっています。これから誠心誠意更生いたします」と繰り返し唱えさせられる羽目になった。

 時には「治療」と称して手に馬糞を塗りたくられ、頭を押さえつけられて土に顔をつけさせられ、その様子をロクサーヌや義家族に「気持ち悪い」「おぞましい」とニヤニヤしながら見られることもあった。

 今思えば、あの医者は義家族に買収されていたのだろうと思う。

 しかし、正常のお墨付きを貰わなければ家を出られないから従わざるを得なかった。

 

 それでも、私は諦めなかった。


 未来の家族のために。安全な国を作るという目標のために。

 それに……国を良い方向へ変えていくことが、この好きになれない世界に転生した理由なのだと言い聞かせて努力してきたから、今更方向転換できなかった。

 

 隙を見て軍部や医院の人に話を聞き、社交もなんとか頑張り、機会を得て、もう一度医療について声を上げた。

 

 提案したのは警備兵を起点とした医療の意識改革だ。

 この国には、警察の代わりに国軍の警備部門がある。

 しかし警備兵と言えば怪我や左遷により出世街道から外れた軍人と、貧困に喘いで傭兵になった民間人の集まりなのがこの世界だ。

 ほとんど全ての街に詰所があるにも関わらず、民からも貴族からも遠巻きにされ、最低限の機能しかしていないのが実情。

 かつて皇国が今よりもずっと豊かだった昔はうまく機能していたと聞くが、どんなものでも腐敗はする。

 

 私は、ココこそ手を入れるべき場所ではないかと思った。

 なにしろ全領の、中規模以上の街に必ず詰所があるのだ。

 ──各詰所に衛生兵を置く。

 その衛生兵を、その街の衛生や簡単な治療行為の教師とする。

 言ってみれば、学校の保険医さん構想みたいなものである。

 衛生兵だって、別に手術まで任せられる人材を育てる訳では無い。

 少なくとも、「傷口に馬糞や水銀を塗るようなペテン医療を行わない」「瀉血を行わない」「おまじないで風邪を治そうとしない」「壊血病にはレモン」程度の人材を置ければいい。

 全国に新しく建物を建てる訳でもないので、コストも比較的少ないはずで。

 

 私は、その構想を、こっそりと皇子に打ち明けた。

 

 しかし結果は。

 

 ──実家への監禁。

 

 皇子は無表情で私を馬車に乗せ、ロクサーヌの父に受け渡した。

 なにやら通じあっていたらしい皇子とロクサーヌの父は目配せをして。

 

 “皇后になり、黙って子供を産め。我々を取立てろ。それ以外をしたら殺す”

 

 ロクサーヌの父はそう言って、私を監禁し、まず両足の爪を剥がした。

 絶叫した。

 それから二ヶ月ほど、家の地下にある牢に入れられた。

 

 一切陽の射さない完全な暗闇。

 そこで最低限の食事と一枚の毛布を与えられ、外に関わることを禁じられた。

 私は自分の手すら見えない暗闇で、手づかみで食事することを強制された。

 前世から続くある程度成長した精神があったから耐えられたが、そうでなければ発狂していたと思う。

 

 耐え難い仕打ちも、辛かった。

 でもそれ以上に辛かったのは……皇子がロクサーヌの家族側の人間だったことだ。

 未来の家族が味方ではなかったことも、それを見抜けなかった己にも失望し、苦しんだ。

 

 なんとかそこから出られて以降は、勉強と社交のみを続けて、目立った言動は控えることにした。

 とはいえそれは、懲罰房が辛かったからではない。

 

 ──まずは皇妃になろうと思ったからだ。

 

 時が来るまでは、「普通の侯爵令嬢」でいなければならないと思った。

 そうしなければ、何も変えられない。

 少なくともあの皇子と同等の立場を手に入れなければ、あらゆる意味で、自分に未来は無い。

 

 この世界の「普通」にきちんと合わせて。

 弾き出されないようにして。

 決して出しゃばらず。

 “信託”に約束された皇妃の立場を手に入れるまでの辛抱なのだと、自分に言い聞かせて。

 

 きっといつか。

 努力が報われ、神託が現実になる日が来るだろうと。

 愚かにも信じた結果が──これだった。

 

 情けない。

 

 バカみたい。

 

 当たり前。

 

 独りよがり。

 

 ……分かってた。

 

 …………ああ分かってた!

 

 我慢していたのに、ポタリと涙が流れた。

 脂汗だったかもしれない。ははは。

 

 努力が時として意味を成さないこと。

 真面目ちゃんが幸せになれる訳では無いこと。

 天災のように全てが奪われることがあること。

 愛は平等では無いこと。

 苦しくてもいつか救われるわけではないこと。

 

 誰にも求められない人間は、いるってこと。

 

「…………わかってた」

 

 そう呟いたか、呟かなかったか。

 物思いにふけっていた思考を頭から振り払ったその瞬間──目の前が真っ暗な闇に覆われた。

 

 周囲が見えなくなる。

 まるで静かな夜のようだ。

 そう思ったが、それは錯覚で。

 

 ──いつの間にか、ローワン辺境伯ディラン様が、目の前にいたのだった。

 

 大きな闇に視界を奪われる。

 手をそっと握られる。

 存在で、包まれる。

 

「…………俺と、結婚していただけますか」

 

 低いテノールの声。

 

「…………………………は、…………、い」

 

 涙で喉が焼けそうだけども、それを押し隠して返事をした。

 

 どの道、拒否権はない。

 こんな形での婚約破棄となれば、嫁の貰い手もない。

 女の私には爵位の正式な継承権がなく、従って財産管理の権利がないのだ。

 義家族には代理人として資産を引き出す権利を預けさせられており、同じ理由で屋敷と領地の管理も押さえられているから、あの家にはもういられない。

 

 

「では、行きましょう」

「......はい」

 

 温度の感じられない、低い声。

 その声と、大きく武骨な手に引かれて、パーティー会場を後にする。

 

 唯一の救いは……その大きな手が、壊れ物でも持つように優しかったことだろうか。

 

 しかし会話は無く、すぐにひとりきりでローワン辺境伯所有の馬車に乗せられた。

 自宅に戻ると、部屋の僅かな私物が玄関ホールの片隅にぶちまけられていた。

 「今夜のうちに出て行け」と使用人に嘲笑われる。

 ぐっと堪えて私物をかきあつめ、旅装に着替え、なけなしの荷物を一人で荷造りして、待ってくれていた馬車に乗る。

 

 ……ローワン辺境へ向かっている間の記憶は、あまりない。

 道程は二十日ほどかかったが、十年以上の努力が水の泡になった直後では、呆然と馬車に揺られて過ごす他なかった。

 

 ともかく。

 

 そうして、流刑地における、私の結婚生活は始まったのだった。

 

 ◇

 

  辺境領に到着した初日、朝方。

 夫となったローワン辺境伯──ディラン様に執務室へ呼ばれて言われたのは、まさに契約結婚という条件だった。

 

「……え?」

「何もしなくていい」

 

 ぼそりと呟くように言われて、私は目を見張った。

 内容はこうだ。

 

 その一、国境警備の任があるので外泊が多い。また、結婚式はしない。

 

 その二、必要以上に関わらなくて良い。

 

 その三、城の中にいさえすれば、何をしていても良い。何もしなくてもいい。

 

 そんな「愛するつもりは無い」テンプレ全開の宣言に口元をひくつかせつつ、なんとか声を絞り出して質問する。

 

「ディラン様。……その……本当に、なにかひとつでも辺境伯夫人としての仕事はないのですか?」

「ああ、ない」

「……ここで、ただ寝起きしろと?」

「寝室も別だから安心していい。今夜を初夜だなどと思う必要も無い」

  

 おお。

 マジモンの「愛するつもりは無い」宣言だ。

 聞けば生活スペースも別らしい。

 私用に、離れの「南の塔」が用意されているそうだ。

 それだけ言って、もう話はないとでも言うように顔を伏せ、書類仕事に戻られる。

 

 ……流石の私もブチ切れそうになったが、それを言っても始まらない。

 そのモサモサの黒髪を掴んで引きずり回してやりたいが、始まらないったら始まらない。

 ひとまず簡単な礼をして退出しつつ、しずしずと言われたとおり南の塔へ向かう。

 実家からついてきたお供はいない。

 私のお世話係は全員、義父のチャリオットが用意した監視係だったからだ。

 

 なので私について歩くのは、今朝ディラン様から与えられた、マリンという名の静かな侍女がひとりと、その部下のメイド数名のみである。


(……)


 何かを考えると、一気に何かが噴き出してしまいそうなので、努めて心を無にする。

 通路ですれ違う文官や武官に妻として紹介されていない屈辱、その好奇の目線に震えるが、心を無にする。

 

(……考えるな。何も考えるな)

 

 南の塔の螺旋階段を登る。

 石造りの空間の、キンキンに冷えた空気が肌に突き刺さる。

 外には冷たい雪が降り続けている。

 このローワンでは、十月でも雪が降る。

 

(……待てよ?)

 

 あまりに足が冷えたからだろうか。

 

 私は、ふと立ち止まった。

 後ろで侍女が戸惑ったように立ち止まった。

 

(私は……どうしてこんなに我慢しているの?)

 

 ──考えるな、考えるな。

 そう思うのにふつふつと何かが湧き上がってくる。

 

(皇子の婚約破棄が急すぎて意味わかんないのも、矛盾した神託とやらも、私が今こんなに惨めなのも、全部自分のせいなのかな)


 皇子と上手くいかなかったのは、自分のせいもある。

 でもこの結末は、行き過ぎじゃないだろうか。

 

(ていうか寒いんだが)

 

 めっちゃキレそう。

 

 なんかごちゃごちゃ考えるの疲れた。

 寒い。

 キレそう。

 めっっっちゃ、キレそう。 

 マジで寒いし。

 

 もう何もかも忘れて「日本」に帰りたい。

 義務とか知らん。

 あったかいコタツで年末番組を見ながらジャ○プを読んで肉まん食べてアイス食べて緑茶を飲んで寝ていたい。

 あるいは真夏にクーラーがガンガンに効いた部屋で毛布被ってゲームとかしていたい。

 

 そういう快適と怠惰を極めた生活を、この世界では諦めていたけれど。

 

 “皇妃になるまでおかしなことをしない”縛りでは、そういう生活の構築にすら着手できなかったけれど。

 

「......城の中なら何をしてもいいんだったら、もう、いいよね?」

 

 もう、やりたいことをやってもいいよね?

 

 なにもかも失敗した。

 誰からも望まれなかった。

 なら、しばらくはもう、自分の住環境のことだけ考えてもいいよね?

 

 頭の中で何かがぷつんと切れた。

 

「そうだ、こたつを作ろう」

「……コゼット様?」

 

 ポンと手を打ってみたら、綺麗に開き直れた。

 後ろで侍女が怪訝そうな声を出したが知らん。

 

 まずここは寒すぎる。

 つまり楽しく生きるためにはこたつが必要である。

 異論は認めない。

 こたつは、今、最も必要だ。

 生命維持がかかっているのだ、心の。

 今のわたくしにはぬくぬく癒される環境が必要だ。休息が必要なのだ。

 

 日本式住居で暮らしてきた私には、テーブルとイスだけの足冷え生活は疲れるのだ。座った場所でそのまま姿勢悪くゴロゴロしてヌクヌクしたいのだ。暖炉とか直火ではそれは無理なのだ。

 

 ではどうするか。

 誰かが作ってくれるのを待つ? 文明の発達を待つ?もしくは諦める?

 

 いやいや、いやいや。

 ──私がやるのだ。

 黙って座っていたら、惨めな現実に押しつぶされてしまう。

 

 こうして私は、快適空間をこの城に作り上げることを決意した。

ドアマット令嬢、脱却開始です。


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