その九:仕込みがバレる
その日、女神ミャウル・レ・ハトラリックは山積みの資料を相手にしていた。
「なるほどなぁ」
「ミャウル様って、観測局から来た資料だけは真面目に見ますよね」
「だけってなんだよ、だけって」
それらの資料はみな第十八転生局が担当する、百五十をこえる数の魔界の最新の観測データである。
「うちにまわされる魔界なんて大したところないのに、よくやりますね」
「たまにやべぇところ混ざってるからな。そういうのは、ルイナに任せねぇと」
「あの子のスキル、めちゃくちゃ強いですからね。そうだ! あのスキル、担当の転生者全員に与えましょうよ」
「意地悪だなぁ。あのスキルバラまいたら、私が枯れて死んじまうのわかってるだろ」
「ルイナさんのスキルは炎関係ないですもんね」
「そうそう。あんなやべぇスキル、一人で限界だ。二人に与えたら三日も持たねぇよ。ただでさえマシな飯食ってねぇんだからよ」
転生者へのスキル授与はかなりのエネルギーを消費する。さらに、与えられた者が生き続けている間もエネルギーを消費し続けるのだ。
「まあ、炎系なら余裕ですもんね」
「一応私は、炎の女神だからな。でも、そろそろ限界ではあるぞ? いくら炎だって言ってもよ、五十三人維持するのはけっこうきついからな?」
ルイナ以外の転生者には、ミャウルの力と同系統の炎系のスキルを与えている。そのおかげでエネルギーの消費を極限まで抑えることができているのだ。
「うちの転生者、全然滅されてないですもんねぇ。死んで帰ってくることはありますけど、再転生するからミャウル様の負担減らないし」
「魂滅されるほどやられてねぇのはいいことなんじゃねぇの?」
「ですよねぇ。ミャウル様の狙い通りですごーくいいことだ思います」
「は? おまえなに言ってるの? え?」
ミャウルはあきらかに、ドギマギしていた。
「転生者の魂を潰したくないから、厳しい魔界に送り込まない。必然的に、攻撃性の低い環境に置かれた転生者は炎の力に甘えてスローライフを選び魔王を倒さない……それが、第十八転生局が成果を出せていない理由ですよね?」
「なあレイサリス。それが事実だとしたら、上にチクるか?」
ミャウルは、レイサリスにバレていたことを以前から知っていたかのような顔で、そう聞いた。
「チクる気があるなら、もうとっくにチクってますよ」
「そうだよな。ごめんな」
「私が勝手にそうしてるだけですから謝ることでもないです。でも、そのうちバレると思いますよ」
「別に、悪いことしてるわけでもねぇだろう。転生適正者は貴重だし、スローライフに流れるようなやつに無理させて再転生拒まれたらそれこそ大損だ。ちがうか?」
「さすがにその言い訳は苦しいですね。通らないと思います」
「まあ、できる範囲での悪あがきだよ」
そう言って資料に視線を戻したミャウルを見て、レイサリスは静かにほほ笑んだ。
「珈琲、淹れますね」
「ああ、たのむ。砂糖は七つにしてくれ」
電気ポットで湯を沸かそうとした時、チャリラリラリーラチャリラリラーというチャイムが鳴る。
「今日、客来る用事あったか?」
「なかったと思いますが」
レイサリスが小規模空間『第十八転生局』の入り口の外側を映す、小さなモニターのスイッチを押して確認すると――。
「あ、ミャウル様。多分やばいです」
その言葉と同時に、天界の主空間と第十八転生局をつなぐ時空変形式扉がぐにゃりと曲がって一人の女性が入ってきた。
「魂管理局のベリイズ・レ・ラブリィラテだ。ミャウル・レ・ハトラリックはいるか」
入ってきたのは、天界でもかなりの上級職である魂管理官の制服を着た女神。淡いピンク色の髪と瞳。鋭い目に赤縁の細いメガネがよく似合っている、いかにも性格のきつそうな女神であった。
「ミャウル・レ・ハトラリックは私ですが」
「私がここに来た理由はわかっているな?」
「レイサリス、おまえは私がベリイズさんとお話している間外に出てい――」
「いや、だめだ。その下級天使も共犯の可能性がある」
女神ベリイズの腰には、美しい装飾に彩られた鞘におさめられたサーベルがぶら下がっていた。