その八:ボーナスをすられる
ゼイラスとの話を終えたミャウルは、絶対神の間につながる複数の空間を出てすぐにある自動販売機の前で待っていたレイサリスと合流する。
「ボーナスどうでした? ちゃんともらえました?」
「えっへん! 三割ゲットだよ! うわっ、ぬるっ…………っていうか変な味するぞなんか」
レイサリスから飲みかけの珈琲を受け取ったミャウルは、一口飲んですぐ返す。
「あ、もしかすると事故でペットボトルの中に私の唾液が逆流してしまったかもしれませ――」
「なに言ってんだおまえ」
今のレイサリスの発言はただのジョークで唾液の逆流などはしておらず、単に、四日前に開封した珈琲であったため味が落ちているだけであったのだが…………ミャウルには通じていない。完全にこの自販機で買ったものだと思い込んでいるのである。
「そんなことより、ボーナス七割ダウンですか」
「そういう言い方するなよ、けっこうがんばって交渉したんだからさ。あと唾液はそんなことよりじゃねーぞ」
ミャウルの手には、本来もらえるべきであったボーナスよりだいぶ少ない額の入った茶封筒が握られていた。
「そんなことより、その封筒、預かっときますね」
「あー、よろしく。私が持ってると落としそうだし。っていうかそんなことよりじゃ――――あっ」
サッと物陰から現れた影が、ミャウルの前を通過する。
「……すられましたね」
「え? マジ? 天界でスリとかあり?」
「そんなこと言ってないで、追っかけてください。あの速度、下級天使の私には追い付けません」
「うん! ちくしょうぶっとばしてやる!」
走り出したミャウルの身体は、未発達な幼い子どもの身体である。
「まてぇ!」
にもかかわらずやたらと速いのは、ミャウルが女神であるからだ。
「まてまてまてぇ!」
「うわっ! 速い! 速すぎるぅ!」
逃げるスリも意外と速いが、ミャウルほどではない。追いつくのも時間の問題である。
「つかまえたぁ!」
「うわぁ!」
飛びついて地面の上に滑るように倒れ込む。ミャウルは背中に乗ったまま、スリのうなじめがけて拳を思いっきり振り下ろす。
「はぁっ……はぁっ…………」
荒い呼吸はミャウルのもの。彼女は首を真っすぐに打ち抜こうとした小さな拳を、ぎりぎりのところで止めたのである。ミャウルはこう見えて、過去に秘密部隊に所属していた超絶武闘派。殴られていたら、スリは無事ではすまなかっただろう。
「ご……ごめんなさい」
「おう。とりあえず返してな」
「はい…………」
盗んだのはまだ若い……といってもミャウルよりはだいぶ年上に見える天使であった。余談だが、天使と神は頭上に輪っかが浮いているかどうかで簡単に見分けることができる。輪があるほうが天使であると覚えておこう!
「お金、ないのかよ」
「すみません……」
うなだれる天使の輪はほんのりと、中級天使であることを示す電球色に輝いていた。これもまた余談だが、下級天使であるレイサリスの輪は無発光の白色である。
「中級天使のくせになんで金ないんだよ」
そう言うミャウルは、女神のくせに金がない。
「えっと、ついギャンブルに手を出してすかんぴんに」
「う」
ギャンブルと聞いて、顔を引きつらせながら天使を解放したミャウルであった。
「はぁ……走ったらお腹すきました」
「飯、食ってねぇのか」
「もう、二日も……」
グウウウ……とスリの天使の腹が鳴り、つられてミャウルの腹もなる。
「すかんぴんってことは、借金じゃねぇんだな」
「そうですね……え?」
ミャウルはボーナスの入った封筒から一万円札を二枚取り出すと、天使に手渡した。
「私もいろいろ支払いたまってるからそんなにはやれねぇけどさ。まあ、二万ありゃしばらくもつだろ」
「私、滞納はしてないですけど」
「おまえ、ぶっとばすぞ」
「その……はい! ありがとうございます! ありがたくいただきます!」
天使は立ち上がり頭を下げ、ミャウルはしょうがねぇなぁと笑う。
「あの、いつか必ずお礼をしますからお名前を」
「ミャウルだ。ミャウル・レ・ハトラリック。第十八転生局の局長をやっている」
「奇遇ですね! 私も転生局勤めなんです! 第三転生局にいますから、いつでも遊びに来てくださいね!」
一桁台の転生局に気軽に行けるわけねぇだろ……と思いつつ、何度も頭を下げて帰っていく天使を見送った。
「あ」
そして、その姿が見えなくなってから気がつく。名前、聞き忘れたと。
「あれ?」
そして、お札二枚分厚みの減った封筒を見て気がつく。一桁台勤めなら、給料めっっっっっちゃくちゃいいはずじゃね? と。