その六:転生者がやらかす
天界の主空間と隣接する小規模空間として存在する第十八転生局を出て、二十五分程歩くとミャウルたちの家がある。川沿いにあるから、川沿い荘。略して川い荘…………などという酷い名前で呼ばれている築七十六年のボロッボロのアパートの一〇二号室が、彼女たちの住処なのだ。
「夜が来る前に、終わらせちゃいますね。ボーナス、一日でも早くもらいたいですし」
川沿い荘は家賃は安いが今にも倒壊しそうな見た目のため人気がなく、他に住人はいない。
「ごめんなレイサリス。私、そういう書類ってよくわかんなくて」
レイサリスは、持ち帰り仕事。家について早々に、ボーナスをもらうための書類を書き始める。テーブルなどというものはこの家にはない。ひっくり返した段ボール箱の上にカッターマットを敷いたものがあるだけだ。
「転生局って世知辛いですよね。よっぽどのことがない限り、残業に使わせてくれませんから」
転生局空間の使用時間の制限は厳しく、通常は定時になったら三十分以内に外に出なければならない。余談だが、福利厚生の一部である珈琲や砂糖の持ち出しはそこそこ重罪である。
「ボーナスの書類なら、いいんじゃないのか?」
「だめですよ。これを理由として残業許可求めても、明日やれって言われて終わりです」
「いつものか……」
いつものとは、それはおまえが勝手にやったことだから残業代は出ねぇからなパターンのこと。
「まあ、今回は私たちが急ぎたいだけですから。ところでミャウル様、よいのですか。あのルイナに一人で天界を歩かせて。なにかあったら減給ですまないかもしれませんよ。ボーナスもらえなくなる可能性だってあると思います」
「た、たしかに!」
「どうせここにいても役に立たないんですから、探して捕まえてきてください」
「う、うん!」
女神ミャウル・レ・ハトラリックは下級天使レイサリスに命じられ、急いで外へと飛び出していった。
***
レイサリスの予測は見事に当たっていた。川沿い荘からそう離れていない橋の上で、ルイナが女神に襟首をつかまれていたのだ。
「人間如きがこの私をナンパするなんて、どういうつもりなのかしら!」
高く持ち上げられたルイナは、今にも川へと放り投げられそうである。
「いやぁ、すっごく可愛かったから!」
「私の前に三人ほど声をかけた口でそれを言うのね!」
激怒している女神の髪と瞳は薄い青色で、肌は青白い。
「あのーすみません。その転生者、うちの子でして……」
ミャウルはできるだけその女神を刺激しないよう、小さな声で話しかけた。
「今取り込み中なんですけど! って、え? あれ? ミャウルちゃんじゃないですかぁ……」
急に勢いの落ちた女神の名は、リフロード・レ・ゼイレリーテ。ミャウルと、絶対の約束を交わした女神である。
「すみませんリフロード先輩。ほんとすみませんけど、その子、私に渡してもらえませんか」
ミャウルはあくまで低姿勢。心の底から、申し訳ないと思っているのだ。今の私に渡してという言葉も、ダジャレとして言っているわけではない。
「も、もちろん。私別に怒ってないわ。ええ、私は怒ってないのよ。だからどうぞどうぞ!」
リフロードは不自然な低姿勢。ミャウルに腕を折られそうになった時の恐怖がフラッシュバックして、漏れそうなのである。リフロードは水の女神。人よりもちょっとだけ、液体が体外に出てしまいやすいところがあるのだ。
かくして。
ルイナは無事解放されたというわけである。
***
夕日が照らす、川沿い。
「なあルイナ。天界でナンパするなって言っただろ! 私がこなきゃ、ガチで殺されてたかもしれねぇんだぞ! あの女神、けっこうやべぇやつなんだからな! 水の女神に川に投げ込まれたらやべぇんだぞ!」
「あはは。あんなに綺麗な女の人に殺されるなら、本望だよぉ」
「馬鹿っ! 天界で死んだら転生できねぇって知ってんだろ! 人間の魂でも、天界にいる間は神族の親族みてぇな扱いになっちゃうんだぞ!」
ちなみに、今の神族と親族は意図的なダジャレではなくただの偶然である。
「転生を司る神様の神生が一度きりって、やばいよねぇ。なおさらミャウルちゃんと付き合いたくなっちゃうよ。幸せにしてあげたい」
能天気なルイナに、ミャウルはため息をつく。
「おまえさ、わざと無茶やってね? いや、極度の女好きがマジなのは知ってるけど、度、過ぎすぎだろ」
「うーん」
少し間を置いた後、ルイナはしゃがんで背の低いミャウルの顔を見上げた。
「なんだよ」
ルイナの瞳は黒曜石のように美しく、髪はとても艶やかである。
「ほらさ、私、やろうと思えば元カノでも平気でやれるサイコパスじゃん」
「はぁ…………いいか、それは天界のせいでおまえのせいじゃない」
事実、ルイナは過去に恋仲になった魔王を三人殺している。
「そうかな? 私はそうは思わないけど」
「いや、天界のせいだろ。天界は、魔界で戦えるメンタルを持った魂を適正アリとして選んで、リセットせずに転生させてるんだからな」
「選んでるってことはさ、やっぱ私がやばいわけじゃん? 改造されてるわけでもないんだからさ」
「今日はどうしたルイナ。戦うのが嫌にでもなったか」
ミャウルは思い出す。過去に、もう殺したくない……と転生を拒んだ魂を。
「そんなわけないない! 私はもっとたくさんの子と付き合いたいからね。そのためには、いろんな魔界に行かなきゃでしょ!」
ルイナが立ち上がると、今度はミャウルが見上げる形となった。
「そうか」
「私、好きになった子全員と付き合うって決めてるからね。たとえ、前の子を泣かすことになろうとも!」
「いろいろペースが早すぎるんだよおまえは。いくらなんでも割り切りすぎだ」
「天界こそ、めちゃくちゃ割り切ってるよね?」
ザッと一瞬、強い風が吹いた。
「それはおまえの言う通りだ。天界なんて、ろくなもんじゃない」
「ごまかさないとこ、好きだよ」
「とにかく……これからは、なにか嫌なことがあったら全部私のせいにしてくれ。責任取るとまでは言えねぇけど、できることはする」
ミャウルはルイナから目をそらし、太陽のまぶしさに目を細める。
「むしろ私が責任取って、ミャウルちゃんと付き合いたいんだけど。私、ミャウルちゃんだったら一途に愛せると思うんだけどなぁ」
「わるいが、それがガチの告白だとしても私は受けられない」
「ならやっぱり、天界のせいじゃなくて自分のせいでいいかな」
「そうかい」
「そうだよ」
「ルイナ、おまえは立派な勇者だよ」
今度は、静かな風が吹いた。
「さて、休暇ありがとねミャウルちゃん。私そろそろ次の魔界行くよ」
「そっか。なら今度も、しっかり魔王倒してきてくれよ勇者様」
「はい、頼まれました女神様」
ニコリと笑うルイナに、ミャウルも笑顔で返す。
★あとがき★
『こちら天界、第十八転生局』をここまで読んでくださったみなさま、ありがとうございます。
当小説はこれから第二章へと進んでいきますので、引き続き読んでいただけますと嬉しいです。
この小説は、長い間自信を持てずなかなか手を出すことができなかった表現方法にチャレンジした作品でもあり。
みなさまが読んでくださったことが、大きな支えとなってくれました。
本当に本当にありがとうございます。
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それでは。
小説を読んだ後にあとがきまで読んでくださり、ありがとうございました。
これからも、ミャウル達のことをどうぞよろしくお願いいたします。