その五:転生者が珍しくいい仕事をする
その日、女神ミャウル・レ・ハトラリックは上機嫌であった。
「やった! やった! やったぁああああああああ! よくやった!」
彼女が局長を務める第十八転生局が管轄とする魔界の一つで、転生者が魔王を倒し帰ってきたのだ。その転生者とは――――。
「私、やる時はやりますからねぇ!」
肩のあたりで切りそろえた黒髪に黒い瞳。何度も何度も転生した経験を持つベテラン勇者、ルイナ・レイトバーンである。
「うん! うん! うんうんうん! よくやったぞルイナ!」
魔界に派遣された転生者は、原則として死ぬまで天界に戻ってくることはできない。
「でしょう! でしょう! で、ご褒美に私と付き合ってよミャウルちゃん!」
「え、それは嫌だ」
「えー」
生きたまま帰還する方法は一つだけ。各魔界に一人ずつ存在する魔王を倒すことである。
「しかし、ずっと女がらみで失敗してたおまえが、よく魔王やれたな。しかもこんな短期間で」
魔王を失った魔界は魔界性を失い、神や天使が降りても堕天しない状態となる。要するに、天界と正規ルートで繋がるため生きたまま戻ってくることができるのだ。
「あー、今回ぜんぜん女の子に会えなくてさぁ。もう、ひどい旅だったよ!」
「…………」
どうせ、魔王も男だったんだろうと思ったミャウルだったが、今日はなにも言わないことにした。
「それでね、ミャウルちゃん。頼みがあるんだけど」
「ほんとおまえ、なれなれしいよな」
「いいじゃん。私とミャウルちゃんの仲なんだからさぁ」
「私とおまえの間には神と人間という仲しかないぞ」
こういう日に限って、レイサリスは不在である。
「いけずぅ! でね、次は女の子がいっぱいいる世界に転生させてほしいなって」
「死んでねーから転生じゃなくて転移だな」
「細かいなぁ。でも、そういうところも可愛い、だから付き合って?」
ルイナは、超が百個つくほどの女好きなのだ。
「いや、付き合わないけど? あとさ、女の子だらけの魔界に送ったら、おまえ絶対魔王倒さねぇだろ」
「なきにしもあらず」
「まじめにやってくれよ。おまえは私が担当した転生者の中でも、トップクラスに強いんだからさぁ!」
「だってミャウルちゃん付き合ってくれないし」
「おまえみたいな浮気性のやつ、絶対嫌だよ。え? なにその顔?」
ルイナは目を丸くして、ミャウルを凝視していた。
「…………」
「いや、見過ぎだから」
「…………」
「いや、見過ぎだから」
ガチの、ガン見である。
「…………ミャウルちゃん」
「なんだよ」
「可愛い~! 浮気が嫌だなんてピュアなセリフ、そんなの小学生しか言わないよぉ!」
「大人も言うだろ! おいこらっ! 離せ! 離せ!」
「離さないよぉ~だ! ごふっ!」
ミャウルは思いっきりルイナを投げ飛ばす。
「はぁっ……はぁっ。もう、魂ごと滅してやろうか」
「待って待って待って! がんばるから! ちゃんとやるからさぁ! ていうかさぁ、私がんばったじゃん? 今回の魔王超強かったんだよ! ご褒美くらいちょうだいよぉ!」
「嘘つけ、おまえのスキルで相手が男なら楽勝だったろ。まぁでも、がんばったご褒美くらいあげないとな」
「え? 付き合ってくれるの?」
「永遠に死にたいのかおまえは」
「じゃあどんなご褒美くれるの!」
ミャウルは少し考えて、ポンと手を打つ。
「天界で休暇を過ごすことを許可する」
「え! いいの? 天界の女の子ははじめてだよ!」
ルイナは大喜び。今まで、天界で女がらみの問題を起こさぬよう、帰ってきたら即転生、即転移を繰り返されていたのである。
「勘違いするな、観光を許可しただけだ。いいか、ぜっっったいナンパすんじゃねぇぞ! 天界でやらかしたらマジで殺されるからな! 相手によっては私じゃ助けてやれねぇんだからな!」
「ミャウルちゃんがくれたスキルがあるから大丈夫だよ!」
「おまえのスキル、天界の住人には効果ないから……。つーか忘れたのかよ。おまえ、はじめて死んだ時、いつか天界をゆっくり観光したいって――」
「ご安心を。この私には経験という名のスキルもありますので!」
「はぁ、やっぱりこのご褒美は中止――おい! 待てっ! はぁ…………」
ミャウルに止められては困ると、ルイナは急いで第十八転生局の外へと飛び出していった。
「…………ふ……ふふ、ふふふふ!」
そして、一人になった途端ミャウルは笑い出す。
「やったぁあ、ボーナスもらえるぅぅううう!」
歓喜。心の底からの歓喜。ミャウルの基本給は成果を出せないペナルティでもう何度も下げられており、普通に生活できないレベル。だからこそ、だからこそ、減らされる前の給料三ヵ月分である魔界攻略ボーナスがほしくてほしくてたまらなかったのである。
「そのためには、ゼイラス様のところへ行かないといけませんね」
「うわっ! びっくりしたぁ! 無音で帰ってこないでよ!」
いつの間にかミャウルの後ろには、レイサリスが立っていた。
「でもまあ、良かったですね。これで、ようやく電気代と水道代が」
「おかずとごはんを同時に食べてもいいんだよねぇ!」
「ええ。そのためにも、ゼイラス様のところへ行かねばですね。ミャウル様だけは特例で、ボーナスは手渡しになっていますから。きっと、ついでにお説教するためでしょうねぇ」
「…………そう、ですね」
絶対神ゼイラス。天界の最上位存在は、ミャウルの会いたくない相手ランキングでも最上位の存在であった。