最終話:女神様、がんばれますか
ミャウルは絶対神ゼイラスのもとへと帰還した。
「第八魔界を三日で回収するとは……な」
「さすがの私も驚きましたよ。アレには力を強くする効果もあるんですかね?」
「予期せぬ副産物……か」
一桁台の魔界をたった三日で攻略してしまったミャウルに、絶対神も驚きを隠せないようである。
「次は、どこへ行きますか」
「その前にミャウル、その手で魔王を殺した感想を聞かせてくれ」
「嫌なこと聞きますね」
「聞いておきたいのだ。貴様だけに、背負わせたくない」
「そうですか……まあ、気分の良いものではありませんでしたよ。魔王の価値観は全く理解できませんでしたが、会話のできる相手ではありましたので」
「相変わらず貴様は割り切るのがうまいな」
「割り切りではありませんよ。私はすでに転生者を守りたいという無理を通していますから、それ以上、わがままを言えないというだけです」
「そうした考えを割り切りというのだ」
巨大な眼球が二、中程度の眼球が九十六、小型の――つまり、人間と同程度の大きさの眼球が九百六十八。高濃度圧縮のかかった立方体状の脳が一つ、天使よりも白く清らかで小鳥のように愛らしい翼が百五万千二十八。それらが浮遊し、時折位置を入替えるという姿を持つ絶対神ゼイラスが哀しそうな声でそう言った。
「ならば、私の特技は割り切りになるのでしょうね」
ミャウルはクスリと笑ってみせる。
「よしミャウル、せっかくだから試してみよう。貴様の割り切りの限界を」
「へ? う、っぎゃああああああああああああああ!」
突然の頭痛。それは、今まで経験したどんな痛みよりも痛く――。
「今より貴様とアレを分離する」
「ぐっあ、あああああああああああああああああ」
まるで頭蓋の中から脳を、或いは脳と同程度の大きさのものを引きずり出されるかのような――――。
「ミャウル、感謝するぞ」
「あああっ……はぁっ、はぁっ、はぁっ…………え?」
痛みが弱まったと同時、響いたのは赤子の泣き声。
「ああ、ようやく我の元へと帰ってきてくれたなフォメトよ!」
その声の主は、紛れもない赤子。白く清らかで小鳥のように愛らしい翼に抱かれるように浮遊する赤子が、その場に現れていたのである。
その瞳の色は業火のような――。
「ゼイラス様…………な……なにを」
「いつになく察しが悪いなミャウル。これまでの計画は全て、我が子フォメトの欠片を魔界より抽出し持ち帰るための計画であったのだ」
「我が……子?」
「男性の要素を貴様に与え一桁台の魔界に派遣し共振させることで――――ああ、わざわざ説明する必要はないか、貴様はここで終わるのだからな。それに、絶対神の考えを貴様のような者が知る意味もないだろう」
「あの、意味が……わからないんですけど」
「さあ、今こそ割り切るべき時だぞミャウル・レ・ハトラリック! 得意の割り切りを見せてくれ!」
「え? ちょっと……」
ゼイラスの立方体状の脳が展開し、中からミャウルと全く同じ姿をした少女が現れる。
「ミャウル、その肉体をよこせ」
ミャウルの身体は、絶対神のものとなった。
***
その日も、下級天使レイサリスと勇者ルイナ・レイトバーンはミャウルの帰りを待っていた。
「ミャウルちゃん今日も帰ってこなかったね」
「そうですね」
「これだけ帰ってこないってことはさ、レイサリスさんがベリイズさんだっけ? 魂管理局の人に聞いた情報は間違いないんだろうね」
「…………認めたくないんです。でも、ベイリズ様の言う通りでしょうね、認めたくないだけで」
レイサリスの顔は、酷くやつれている。
「で、どうするの? というか、どうなるのこれから?」
「第十八転生局の新局長は、リフロード・レ・ゼイレリーテ様が」
「水の女神様だっけ」
「はい。あと、天使も一人増員されます」
「レイサリスさんの同期のマレイラさんだっけ」
「そうです」
「ベリイズさんが身内でしっかり固めてきたってわけね」
ルイナはいつものように軽い調子で、そう言った。
「鍵は、あなたですよルイナさん」
「私がミャウルちゃんからもらったスキルで、どうにかするんでしょう?」
「必ず、私たちがチャンスをつくりますから。お願いします、ミャウル様を取り戻してください……」
「ひとつだけ、聞いていいかな」
「なんでしょうか」
いつになく真剣な表情を見せたルイナと、レイサリスの視線がぶつかる。
「ミャウルちゃん、本当に生き返るの? 女神も天使も転生しないんでしょう?」
「ベリイズ様の言う通りミャウル様が堕天せずに魔界に行った可能性があるのならば、人間のように輪廻する魂に変質している可能性はあります」
「そっか」
「可能性で動いていることに反感はありますか? 素直に答えてください」
レイサリスの瞳には、一片のよどみもなかった。
「ないよ、私ミャウルちゃん大好きだから」
天界、第十八転生局。
これよりここは、絶対神に挑む者たちのよりどころとなる。
(fin)