その十三:闇に落ちる
その日、女神ミャウル・レ・ハトラリックは、かつて所属していた秘密部隊の上官サレザレ・レ・ヴェディアナレとの戦闘を繰り広げていた。
「はぁっ…………はぁっ」
「弱ぇなミャウル。子ども化の罰はそんなにも弱体化するものなのか?」
今のミャウルの身体は、本来の姿ではない。罰として、幼くされてしまった身体なのである。
「いや……サレザレさんが私に対して強すぎるだけですって」
闇の女神サレザレ。彼女の能力は、光を飲み込む闇。明るさ――――つまり光の性質を持つ炎は飲み込まれてしまう。
「ああ、思い出した。やんちゃだったてめぇを教育したのは私だったな。あの頃のてめぇはよかったぜ。狂ったように凶暴で強くてな。私を苦労させた炎使いは後にも先にも、てめぇだけだ」
「やっぱサレザレさんにはあの技しか効かないんですね……」
闇の刃で裂かれた傷から滴る血液を焼いて止めたミャウルは、覚悟を決めた顔でサレザレを見る。
「そうだ。さっさと使えよ奥の手を。そうしねぇと、本当に殺しちまうぞ」
ミャウルは諦めたようにため息をつき、その後大きく深呼吸をした。
「わかりました、私が勝っても恨まないでくださいよ」
ミャウルの身体の周りを回っていた炎がフッと消えた。次の瞬間ミャウルの姿も消えた。
「がっあ……」
「いきなりクリティカルなヒット……サレザレさん疲れてます?」
「みてぇ……だな。がはっ……」
腹部に深々とめり込むミャウルの拳。その一撃でサレザレは膝から崩れ落ちた。
「ふぅう」
ミャウルが息を吐くと、口から細い炎が漏れる。
「相変わらず……でたらめなやつだ。体内で燃やして加速するだなんて、意味わかんねぇ技だぜ」
「イメージの世界ですよ。女神の力なんて、そんなもんでしょう」
「まあ、そうだな……おっと」
立ち上がろうとしたサレザレはよろめいて、再び膝をついた。
「まだやります?」
「いや、降参だ。てめぇがこんなにも強くなってるとは、思いもしなかったぜ」
「偶然、良いパンチが入っただけですよ」
「そうか。なら、そういうことにしとくわ」
「じゃあ、ゼイラス様のところ連れて行きますね」
「しゃあねぇな」
かくして――――ミャウル、久しぶりの裏切り者狩りは終わったのである。
***
サレザレに科せられた罰は、本人の想像以上に軽いものであった。
「ミャウル、てめぇが交渉したな?」
「死罪は後味悪いですからね。まぁ、せいぜいがんばってください」
罰の内容は絶対神ゼイラスの翼の手入れ。翼は全てで九十五万千七十八もあるので、なかなかの重労働である。
「明日から……か。いったい何日かかることやら」
また、ゼイラスの中枢である立方体状の脳と至近距離で行う作業のため、逃亡や反逆も不可能。一度始まってしまえば、日に四度の休憩と三度の食事、そして十二時間の自由時間以外は翼を手入れし続けなければならない。
「あれ?」
「どうしたミャウル」
サレザレは今ミャウルと二人きり。小さな幽閉用空間で、珈琲を飲みながら話していた。ゼイラスは今日用事があり、罰は明日からということになったのである。つまりは、今後もゼイラスに用事がある時は休暇ということに…………。
「いや、サレザレさんの罰めっちゃ楽じゃないですか? たしかに私、死罪はやめてほしいとお願いしましたけど食事つきって! ねぇ、どういうことなんです!」
「いや、それはゼイラス様に聞いてくれよ……」
「しかも給料出るんですよねぇ? え? え? ああもう、私も反逆しようかなぁ!」
今回のサレザレとの戦闘に対して支払われた報酬は、ゼロ。周囲の者にバレてはいけないという理由で、ミャウルは今日何もしていないことになっているのである。
「多分、てめぇの時はガチの重労働させられるぞ。ゼイラス様、ミャウルのこと気に入ってるからなぁ」
「気に入ってないでしょ!」
差がありすぎる待遇に、ミャウルの心は闇へと落ちていきそうであった。