その十二:いきなり強敵と戦わされる
その日、女神ミャウル・レ・ハトラリックは強敵と対峙していた。
「はは! ヒガンバナらしくなってきたじゃねぇか!」
「そのあだ名、好きじゃないんですけどね」
軽く返したミャウルであったが、傷は深い。
***
遡ること二時間ほど、絶対神ゼイラスの住まう空間にて。
「え、ゼイラス様それマジで言ってます?」
「マジも大マジ。我は久しぶりに貴様に戦闘を命じておる」
「…………」
さすがのミャウルも絶対神に口答えはしない。
だが内心は煮えくり返っていた。
唐突に戦闘部隊の所属から外して、不向きな転生局なんぞに転属させたくせに、いきなり呼び出して前職のような戦闘に行けと命令。理不尽にもほどがある。
「適任がみんな別件で出ちゃっててね。貴様、秘密守るの上手いでしょ?」
「まあ、秘密は守ります」
元秘密部隊所属のミャウルは、秘密を明かすリスクをよくわかっている。
「今回はちょっとヤバいんだよねぇ。頼めるかな?」
「まあ喧嘩なら、きちっとやれると思います」
「そりゃあよかった。これで我も安心して眠れるよ」
絶対神のくせにラフなしゃべり方しやがってと苛立ちつつ、ミャウルは承諾した。
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――――――――と、いうわけで。
ミャウルは天界の中でもそうとうな奥階層に位置する空間まで潜り、ゼイラスが裏切り者と認定した女神と対峙することとなったのである。
「おいおいおいおい、なんでてめぇがここにいる。てめぇは引退したはずだろうミャウル・レ・ハトラリック」
追手に気がついた標的は、静かに振り向きながらそう言った。
「うわ……サレザレさんじゃないですか」
標的と目が合ったミャウルは、心底嫌そうな声でそう言った。
「うわとはなんだ、うわとは」
「いや、想像してたよりもずっとヤバいターゲットだなって思いまして」
ミャウルは、この夜明け前のような紫色の髪と瞳を持つ女神と面識があった。サレザレ・レ・ヴェディアナレ。かつてミャウルが所属していた秘密部隊で、上官であった女神である。
「俺も同じこと思ってるぜ? 三人殺した後にヒガンバナとやるのは、なかなかきついぜってなぁ」
よく見ると、サレザレの黒い衣服は返り血に濡れていた。
「ヒガンバナ……そのあだ名で呼ばれるのも久しぶりですね」
「だろう? つまりここは昔のよしみでだな」
「見逃しませんよ、大人しく引き返してください。その門の先には行かずに」
今二人がいる殺風景な空間には、一つの歪みがあった。ミャウルはその詳細を知らされていないが、推測はできている。これは、魔界につながる門だと。
「無理だ。俺はな、もう、惹かれちまったんだよ。この門にな」
「どこにつながる門か知りませんが…………それ、そんなに良いところに行けるんです?」
「相変わらず想像力のねぇ奴だなぁ。わかるだろう、この先にあるのは最初の魔界、第零魔界である確率が高い。どうだ、おまえもくるか?」
なるほど……と、わざととぼけて情報を引き出したミャウルは納得する。
「強敵を求めてそこへ行こうってわけですね。秘密部隊のお仕事には、飽きちゃったんですか?」
ミャウルは、サレザレの性格を熟知していた。
「そりゃ飽きるだろう。裏切り者は姑息なやつらばかりで、どいつもこいつもクソ弱ぇ。戦闘狂いだったヒガンバナなら、私の気持ち理解できるだろ?」
「堕天しようとしている人と昔話語り合う気はないですよ」
実際、より血沸き肉躍る戦いを求めるサレザレの気持ちを、ミャウルはよく理解できていた。だが、今はそれよりも家に帰りたい気持ちの方が強い。今日の夕飯は、すき焼きなのである。
「それでどうなんだミャウル。俺と殺り合うか?」
「もちろんです。私、五時には帰りたいですから、さっさとやりますよ」
ゴウ。
ミャウルの足元から湾曲した火柱が何本もあがった。その様はまるで――――。
「ははっ! 枯れてもなお咲き誇るかヒガンバナぁ!」
「サレザレさんが加減してくれないと、私、加減できないのでよろしくお願いしますよ」
「は?」
「サレザレさんめっちゃ強いじゃないですか。本気で来られたら私も殺るしかなくなってしまうので」
「喧嘩の天才にそこまで評価してもらえるとは、嬉しいねぇ。感謝の意を込めて、加減はなしだ」
ミャウルは、自分の勝率は二割程度だと判断した。