その十一:アレの話をする
その日、女神ミャウル・レ・ハトラリックは絶対神ゼイラス・ラハトス・レムリエルトラウス・セ・ス・ラトスト・ウィエイルヴィルギアトゥータス・レ・クリエイムに呼び出されていた。
「あの……私、なんかやらかしましたかね……」
「自覚がないやらかしほどたちが悪いものはないぞ」
「あはは……」
巨大な眼球が二、中程度の眼球が九十六、小型の――つまり、人間と同程度の大きさの眼球が九百六十八。高濃度圧縮のかかった立方体状の脳が一つ、天使よりも白く清らかで小鳥のように愛らしい翼が九十五万千六十九。それらが浮遊し、時折位置を入替えるという姿を持つ絶対神ゼイラスを前に、ミャウルは愛想笑いをする。
「まあ、今日は貴様をやらかしで呼び出したわけではないのだがな」
「なにか別の用事ですか?」
「そうだ。例のアレが完成……しかけた」
「ほんとですか! ん?」
しかけた……ってなんだよと思ったミャウルであったが、さすがに絶対神相手にツッコミを入れるのはマズいと我慢する。
「ミャウル、邪神フォメトを知ってるな」
「最初の神様でしたっけ」
「最初は我だ! フォメトは二番目!」
「すみません」
いきなりキレるなよと思いつつ、ミャウルは謝罪した。これが、世渡りというものである。
「二番目の神フォメトは闇から産まれた、唯一の悪神だ」
「え、私前の仕事してた時、悪い神様何人もボコりましたけど」
「…………減給するぞ」
「あ、なんでもないです! なんでもないです!」
ミャウルの前の仕事は、天界を裏切った神や天使をお仕置すること。つまり……悪い神様を懲らしめてきたはずなのだが…………ここでもツッコミを入れるのは我慢することにした。
「ごほん。では、説明を続ける」
「どうぞ」
「我が全力で戦ってフォメトを滅ぼしたのは有名な話であるが、やつの持っていた構造が現在開発中のアレを完成させるために有効である可能性が、多分、きっとわかった」
「はい」
もちろん、話が非常に曖昧であることにもツッコミは入れない。
「貴様はそれでもかまわないか」
「すみません。もう少し詳しく教えていただいてもよろしいでしょうか」
情報少なすぎてわかんねーよと思いつつも、ツッコミは入れない。
「覚悟はあるのかと問うておる!」
「覚悟はありますよ」
問われたっけ? と思いつつも、ツッコミは入れない。
「ならよい。では今からアレを使用した際に貴様に起きる変化について教えるが……よいな? 本当によいのだな?」
「かまいませんが」
正直、ゼイラスがやけに話を引っ張る理由は気になるが、ミャウルにはどのような理由があろうとも引きたくないという意思があった。
「フォメトはその肉体に男性性と女性性どちらも持つ神であった」
「あーもしかして、私もそうなるってことですか」
「軽いなおい! 貴様も両方の性別を持つことになるんだぞ!」
「え、だってそれ、私がやろうとしていることにプラスになる……なりそうなんですよね?」
「まあ、うん。貴様はそういうやつだったな……。まあ、よいならよいのだが。別に我は、貴様さえよければよいのだが」
その時ミャウルはようやく気がついた。ゼイラスがミャウルに気を遣ってくれていたことに…………。
しかし、時すでに遅し。
今さら感謝したとて、微妙な空気がさらに微妙になるだけである。
「そういえば、天界に男の神様とか天使って一人もいませんよね。それも関係あるんです?」
「え、まさか貴様その理由知らないの?」
「え?」
「え?」
常識レベルの話を知らないミャウルに、さすがの絶対神様もびっくり。
「えっと。えっと。私、戦ってばかりであんまり勉強してなかったので……あと、歴史の話とかすぐ忘れちゃうんで――」
「あー…………もうよい。よい。我が今から説明するから」
「お願いします」
「男がいないのは、フォメトが自身の男性性に悪の性質を棲まわせたからだ」
「すみません。もう少しわかりやすくならないですかね」
「あーもう! つまりだ! 我との戦いの最中にフォメトが男女に分裂し、女性のほうは倒したけど男性のほうが逃げて魔界をつくっちゃったってこと! その影響で天界に男が産まれなくなったの!」
「え、魔界できたのゼイラス様のせいなんです?」
無言の時間。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
どうやら、図星のようである。
「頼むミャウル、今の話は誰にも」
「言いませんって。私、ヤバい話は自分に関係のあること以外は気にしないことにしてるので」
「助かる。まあ、厳密に言えば我のせいではないし、説明できる理由も事情もちゃんとあるのだが、下手に話して誤解されると困るからなぁ」
「ご安心ください。私は、我が主であるゼイラス様の意志を尊重しますので」
ミャウルは理解する。女性である自分の身体にフォメト由来の男性性を加えれば、魔界に対する耐性がつくのかと。それが、神である自分が魔界に降りても堕天しないためのアレの開発につながる重要な要素なのだと。
「それは良い心がけだな。と、まあ、我の用事はそれだけだから帰ってよいぞ。また、アレができたら連絡するから」
「えーっと……本日はなんかお疲れさまでした。アレ、よろしくお願いいたします」
余談だが、二人がアレをアレと呼んでいるのは正式名称が決まっていないからである。
「ちょっと待てミャウル」
背を向ける前に呼び止められたミャウルの目の前に、分厚い茶封筒がポヨヨーンと現れた。
「なんですかこれ」
手に取ると、ズシリと実際の重さ以上の重さを感じる。
「それは、金だ」
「え!」
厚みからして百万円は入っていそうな茶封筒を見るミャウルの目が輝いた。
「わかるな? それは口止め料だぞ? だから絶対誰にも言うなよ、今日の話。我がフォメトの半身を倒せていないだなんて知られたら、天界が混乱していろいろ良くないことになる。だから絶対言うなよ! 決してあれだ、これは保身ではなく、天界のことを考えてのことなのだからな! つまりそれは口止め料ではなく、秘密を知ったうえで黙っていなければならない貴様の努力へのボーナスだ! そう! ボーナスだ! そうだな……レイサリスにその金について聞かれたら、貧乏な貴様の身を案じて絶対神様が施してくれたと言うのだぞ! いいな! その約束が守れないなら没収するからな! 減給もするからな!」
絶対神ゼイラスは、意外と心配性なのであった。
「言いません、言いません! 絶対に言いません!」
ミャウルは、封筒の中の金を数えたくてたまらないのであった。
***
帰り道。家に着くまで我慢できなかったミャウルは封筒をあけ、札を数枚取り出してみる。
「千円札じゃねぇか!」
封筒の中にぎっしり入っていたのは一万円札ではなく、全て千円札であった。
「でも……けっこうあるよなこれ」
少なくとも十万円はあると見たミャウルは、にんまりと笑う。




