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こちら天界、第十八転生局  作者: 板近 代
第二章『女神様、がんばれ』
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その十:腹をしこたま殴られる

 女神ミャウル・レ・ハトラリックは今、生活費として使えるお金が少ないことに心から感謝していた。仮に、昼飯を食べられるほどの収入があったとしたら、派手にぶちまけていただろうから。


「げほっ……げほっ」


 床に散った珈琲に胃液と血液が混ざっている。


「ミャウル・レ・ハトラリック。おまえは今、いきなり殴りやがって魂管理局(たましいかんりきょく)のボケカスが……と思っているな?」


 殴ったのは、魂管理局局員ベリイズ・レ・ラブリィラテ。茹でた畳を食べても平気なミャウルの内臓に一撃で傷をつけるほどの力を持つ、実力者である。


「あはは……魂管理局(たまかん)の方相手にそんなこと思うわけないじゃないですか。げほっげほっ」


 なんでこう、先輩女神連中は腹を殴るのが好きなんだと思いながら、ミャウルは姿勢を正す。


「なら、もう一発いっておくか?」

「それはご遠慮願いた――げぼっ! うっ……うええっつ!」


 薄い体の中で空っぽの胃が潰され、床に飛ぶ血の割合がぐっと増える。


「軽く小突いただけなのにリアクションがでかすぎるぞ、ミャウル・レ・ハトラリック。胃下垂か?」

「げほっ! げほっげほっ……げほっ! あの、そろそろ要件いいですかね……ごふっ!」


 今度はみぞおちに蹴り。ミャウルはたまらず膝をついた。


「ようやく跪いたかミャウル・レ・ハトラリック。これでようやく、話ができる」


 ベリイズはミャウルより、どうしようもないほどに格上の女神、この程度の理不尽は受け入れなければならない。


「膝ついてていいのは助かりますね……げほっげほっ」

「ミャウル・レ・ハトラリック、おまえ――」


 走る緊張感。ミャウルは頭をフル回転させ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に対する言い訳を考える。


「結果出してないくせに、砂糖使いすぎだろう。あと、珈琲も飲み過ぎだこのボケ」

「へ?」

「どこが金出してると思ってるんだ? それとも飲み過ぎてるのはそっちの下級天使か?」

「いえ、私は転生局の珈琲は飲みません」


 あっさりと答えたレイサリスにミャウルは口をあんぐり。


「あの、ベリイズさん」

「なんだミャウル・レ・ハトラリック」

「もしかして、私が珈琲飲み過ぎてるからお仕置にきたんです?」

「他になにがある? もしかして、なにか隠しているのか? 備品持って帰ったりしてんのか?」

「いえ、珈琲飲み過ぎてるだけです」

「そうか。これから珈琲は一日二杯まで、角砂糖は一回に一つまでだ。いいな? 厳守しろ」

「は、はい……痛っ」


 ミャウルの赤い髪を、ベリイズがつかみ持ち上げる。


「先ほどの下級天使の話を信じるなら、仕置きはおまえだけでいいな? ミャウル・レ・ハトラリック」

「もちろんです。レイサリスはここの珈琲は一切飲んでいませ――げほっ! がっ! うっ!」 

「砂糖のとりすぎは、健康にも良くない」

「ごぼっ! げほっ! うぐっ!」

「だから私が、おまえのためにもしっかりと指導してやる」

「ありがとうございまげぼっ! げほっ! ごほっ! うっあ! あぐっ!」


 ベリイズは髪を掴んだまましこたまミャウルの腹を殴ってから手を離し、まるでごみでも捨てるかのように床に転がした。


「お……お……お…………」


 殴られ過ぎたミャウルの視界が、ちかちかと光る。


「では、私はこれで帰るとする」

「お疲れさまでした」


 レイサリスは丁寧に、深々と頭を下げた。背中に隠して握った拳の中で、爪を食いこませながら。


「ああ、そうだ」


 第十八転生局の出口の手前で、ベリイズは立ち止まる。


「ミャウル・レ・ハトラリック、おまえが隠したがっていることはまだ黙認しておいてやる」

「う……あ」

「私がおまえを構っていれば、しばらくの間は、他の連中が気にすることもないだろう」


 ベリイズはそう言い残し、時空変形式扉より外へと出て行った。



***



 仰向けに転がったミャウルは、レイサリスに珈琲を淹れるように頼む。


「今日、三杯目ですよ?」

()()()()()だろ? なら、適度に違反しておかねぇとな。だから砂糖は二つ入れてくれ。げほっ、げほっ! ああ、くそっ。いくらなんでも殴りすぎだろ」


 起き上がれるようになるまでには、もう少し時間がかかりそうである。


「ああ、ちくしょう。砂糖減らされたら、カロリーどこでとりゃいいんだよ。げほっげほっ」

「そういえば、また減給されたんでしたっけ。さすがにもう限界の限界の限界をこえちゃいますね」

「こりゃなんかバイトしないとやばいかもな。少しやべぇやつでもいいからさ」

「転生局員のバイトは禁止されていますから、どれもやべぇですよ」

「まぁ、そうだよな。いてて……あーめっちゃ痛い。こりゃ、今日の夕飯代が浮きそうだ」


 なんとか上半身を起こし、珈琲を受け取ったミャウルは傷ついた内臓を気遣って静かに飲む。


「まあでも、私は畳食べたくないですしマレイラを頼ってみましょうか。彼女なら良い情報もってるでしょうから」

「ギャンブルか?」

「そうです。局員も()()()ギャンブルは禁止されていませんから」

「ガバガバだよなそのへん」

「娯楽がないと回りませんからね。天界なんて」

「それもそうだ。あー腹いてぇ」


 ミャウルは思い返す。絶対神ゼイラスから罰を受け幼い子どもの姿に変えられる前の自分の身体は、もっと頑丈であったなと。

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