【短編】私は傍観者。「私とデート、しませんか?」
【シリーズ第四段!】
【一話完結型】
設定ゆるゆる、ご容赦ください。
このシリーズは、全て同じ世界観です。
是非、他の話も読んでみてください。
今まで、人の人生を“傍観“してきた私が、自分自身のために、勇気を出す時が来た。
この歳になって、こんなに心臓がドキドキするとは。
「私と、デート、しませんか?」
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地方の、それなりの家柄に生まれ、理解のある両親や兄弟に恵まれて育った。
それなりに勉強もできて、社交的で、男の子にも人気があった。
だけれど、思春期になった頃から、異性と仲良くすると、少し後ろめたい気持ちになったし、あちらも、私のことなんて眼中にないのが感じられた。
そして、中等女子学院へ通い出して1年が経った頃、パタっと行けなくなってしまった。
家族は心配したし、医者にも診てもらった。
悪いところは特になかった。
学院へ行けなくなった理由を聞かれても、答えられない。
私にも分からなかったから。
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私は、高いところから街並みを見るのが好きだった。
あそこの建物には、どんな人が暮らしているのか、
あの施設は何か、あの道はどこへ繋がるのか、
そんなことを考えているだけで、ワクワクした気持ちになった。
中等女子学院の同期生たちが、最終学年を控え、各々の進路を考えだしたとき、私は、遠くへ行きたい、そう思った。
王都にある高等学院へ行こう。
そう思い立った私の行動は早かった。
すぐに復学届を出し、自宅で受けていた教育の進捗と、学院での教育の進捗の擦り合わせを行った。
偶然にも、復学後すぐに、中等女子学院の同級生たちが、とても楽しみにしているイベントがあった。
男子生徒が通う、中等学院との合同講義である。
仲の良い友人からは、
「あなた、合同講義があるから復学したの?」
などと揶揄われた。
毎年、中等学院の2年生を対象に、開かれる合同講義は、
様々な進路に進んだ諸先輩たちから、経験談を聞く、という内容であった。
いつもより、オシャレをした友人たちと共に、合同講義会場へ赴く。
かく言う私も、男子生徒と一緒に講義を受けるとあって、おろした前髪を気にしながら会場へ入った。
午前中は、全員同じ講義を拝聴し、
午後からは、興味のある進路先の先輩が話をする部屋に、各々移動した。
私は友人たちと分かれ、王都高等学院の在校生たちが話をする教室へ行った。
高等学院へ進むのは男性がほとんどであり、やはり、話を聞きにきたのも、そのほとんどが男子学生であった。
なんとなく気後れして、後ろの端の方に座り、午後の講義を拝聴した。
窓側は日差しが暖かく、食後だったこともあり、ポカポカと、眠気が襲ってきた。
せっかく、ためになる話を聞いているのに、寝てしまうなんて失礼だ。
そう思うのに、昨夜緊張で眠りが浅かったのか、うつらうつらしてしまいそうになり、慌ててキョロキョロと目を動かした。
すると、斜め前の席に、首のない、猫背な男が座っているのが見えた。
ぎょっ、として目を擦ってよく見ると、机に頭を垂らしており、猫背のあまり、詰襟から上の首がないように見えただけだった。
『なんて、猫背なのだろうか。』
しばらく見ていると、私の眠気がすっかり消えていることに気が付き、猫背の男に感謝した。
講義によると、王都高等学院へ入学するには、中等女子学院では選択できなかった学問も必要であることが分かり、
王都高等学院へ入るための勉強について、個別指導を依頼した。
目的があれば、勉強も捗る。
私は、なかなかに良い成績をおさめ、王都の高等学院へ入学した。
家族と離れることになって、寂しかったのは始めの2週間だけで、
専門的な学問にのめり込んだ。
男性特有の自由さが、気楽だった。
“社会的に認められた猶予期間“
のようなものに感化され、責任感のない、この期間を、最大限に楽しんだ。
私が特に力を入れたのは、
“計画的な街“
に関する学問だった。
これまでは、好きな土地に、好きな建物を作り、道を作り、付随して店舗や家ができ、街ができていた。
それを、計画的に行っていく、というものである。
選択科目にて、計画的な街に関する学問に精通する先生の講義を受けに行った時、
あの、猫背の男に出会った。
顔を見ていたわけではないので、初めは誰か分からなかったが、私の斜め前に座っている、首のない男は、絶対に彼だった。
相変わらず、酷い猫背だった。
王都高等学院に入学して、周りが知らない人だらけになると、なぜか私は幼い頃の社交性を取り戻した。
中等学院の時は、あんなに引っ込み思案だったのに。
環境を変えてよかったと思う。
今回は、猫背の男の顔を見て、話をした。
「あなたって、とっても猫背なのね。」
そう言って話しかけた私に、彼は驚いたような顔をした後、照れたように笑った。
「よく言われるよ。
まるで首がないように見える、って。」
その後も、食堂や、選択科目で猫背な彼に会うと、話しかけた。
なんだか、ホッとする人だった。
彼の専門は、本来は医療に関するものだった。
「計画的な街に関する講義は、正直、僕の専門には関係がないのだけれど、あの先生の話は面白いから選択したんだ。」
そう言って笑う彼は、やはり猫背だった。
私は、その猫のように丸まった背中に、一度でいいから触れてみたかった。
講義が一緒になると、私は必ず彼の斜め後方に座って、その背中を眺めていた。
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周りに男性ばかりいる中で、私は、男には負けたくない、と言わんばかりに勉学に励んだ。
先生に付き添って、視察や、研究発表を行ったりもした。
実際に、様々なものが集中し、混沌を極めた王都では、構造的な問題が出始め、先生は王宮に招集されることもあった。
その頃には、私も当然のようにお供し、まるで男性のように、答弁し、意見することが許された。
その頃から、前髪を上げ、おでこを出し、男性的な、開放的な髪型にした。
私は生き生きとしていたのだろう。
私の、男性顔負けの答弁と、利発さを見た王宮の偉い人は、私を王太子の婚約者候補の1人に選んだ。
学問への道が、突如として閉ざされた瞬間だった。
そして、淡い恋心にも、蓋をした。
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あれから、婚約者候補として、あらゆることに対して優秀であることが求められた。
容姿、作法、教養。
婚約者候補の彼女たちは、みなそれぞれ何かに秀でており、美しかった。
女同士で、どんな熾烈な闘いが繰り広げられるのであろう、としばらく傍観していた。
それぞれ、周りの大人たちから期待され、ここへ来た人たちだ。
大きな重圧の中、上手くやらなければ、と多くの女性が思っていたのだろう。
初めこそ、コソコソと、嘘か本当か分からない噂や情報のやり取りや、腹の探り合いがあったのは確かだ。
しかし、婚約者候補の中の1人、燃えるような赤髪を持った令嬢により、彼女たちは一致団結し、切磋琢磨しあう仲間となった。
長い期間、自由な時間を奪われる、窮屈な教育も、
常に比較し、評価してくる、多くの大人の嫌な視線も、
力を合わせて乗り切った。
同志の中から輩出される、妃を支え、国に貢献することへの誇りを感じ始めていた。
ある日、王太子によって、婚約者候補の面々が、王宮の一室に集められた。
「婚約者をお決めになるのかしら」
「婚約者の選定は、王妃様がされるはず。
今日は交流会ではなくて?」
訝しむ彼女たちの会話に私は混ざらず、また、傍観していた。
親は、私が妃に選ばれなくても問題ないと言ってくれているし、私が選ばれないことは、分かりきっていた。
妃に必要な、家柄、容姿、作法、教養、どれをとっても、彼女たちの中では霞んでしまう。
私は、とても範囲の狭い学問にだけ、特化した、ただの学生に過ぎなかった。
私たちの前に現れた、王太子は、
彼との距離が近いのではと噂になっている聖女と寄り添っていた。
ピリッとした空気が部屋に充満した。
王太子は言った。
「私は真実の愛に目覚めた。
紹介しよう。
彼女こそが、私の最愛であり、
唯一国母となる人だ。」
唖然とする私たちの方を見ることなく、王太子は続ける。
「しかし、彼女は貴族になってから日が浅い。
君たちで、彼女を支えてほしい。」
私ですら、冷や水をかけられた気持ちになったのだ。
本気で、この国の母にならんと血の滲む努力をしていた女性たちに対して、酷い仕打ちだと思った。
これまでの時間は何だったのだろう。
やりたいことを諦めて、しかし、同志の中から輩出される妃を支え、国を支えようと切り替えた心が、
戻らない時間が、
全て台無しにされた気分であった。
婚約者候補の誰もが、ほぞを噛む思いで沈黙する中、赤髪の令嬢が動いた。
「お断りしますわ」
そう言って、王太子と聖女の前に進み出て、彼らの頬を引っ叩いたのだ。
さすがに、私も驚いてしまった。
だけれども、胸がすいたことは確かだ。
王太子の側近の男に、おとなしく連行されていく彼女を、私はまた、ただ、見ていることしかできなかった。
私は、どこまでも傍観者だった。
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あの騒動の後、宰相補佐が、私たちに、詳細の説明と、今後について相談を受けてくれた。
なんと、既に聖女が王太子の子を身ごもっており、後に引けない状況なのだという。
私たちの今後については、本人の希望を最大限に支援することが約束された。
私たち婚約者候補は、生家がそれなりの権力者であることが多く、私たちの機嫌を損ねることは避けたいのだろう。
ただひとつ、
赤髪の彼女には、処罰を与えず、彼女の願いを最大限に聞くよう、私たちは要求した。
それぞれ、今後の身の振り方を決め、宰相補佐と面談を重ねていく中、私はどうすればよいのか、分からずにいた。
私の場合、家族は、私の好きなようにして良いと言ってくれている。
残念なことに、高等学院は途中退学の扱いになっている。
再入学する選択肢もあったが、
切磋琢磨した同志たちと共に過ごしたことで、
私の人生の、“社会的な猶予期間“は、もう終わらせるべきだ、と感じていた。
私が没頭した学問を、これからは役立てていきたい、そのような相談をした私に、宰相補佐は、ひとつの提案をした。
「しばらく私についてみますか?」
宰相補佐に従って、今更ながらに、気が付いたことがある。
国は、ありとあらゆる専門的な人たちによって成り立っている、
とても“巨大な組織“だ。
王宮といえば、王族の天下だと思っていた。
それはそうなのだが、王族の足元に蟻の巣のような、無数に枝分かれした部署があって、多くの人が働いている。
王が国を動かしているのか、“組織“が国を、王族を、動かしているのか。
ある時、宰相補佐に頼まれて、王妃や王太子妃がいる、通称“女の園“へ行った。
王太子妃となった聖女が1人、柱の陰に隠れていた。
何をしているのかと思えば、近くの女官たちが何やら話していた。
「王妃様が、王太子妃様のセンスがないと嘆いてらっしゃったの。」
「王太子妃様は、つわりがお辛いのだとか。
コルセットの締め付けを緩くいたしましょうか、とお聞きしたら、
コルセット自体を外したいとおっしゃったの。」
「まぁ!
まだお腹も少ししか膨らんでいない時期でしょうに。
昔は、妊娠したら、腰の締め付けがないガウンを着用するのが主流だったと聞きますけれど、
お祖母様たちの時代の話よ?」
「もしかしたら、平民の方々は、いまだに、締め付けのない服をお召しになるのでは?
きっと、楽なのね。
私も真似してみたいわ。」
「まぁ!
本気でおっしゃっているの?
可笑しなことを言うのは、やめてくださいな。
これから王太子妃様のお召し物を見るたびに思い出してしまいそうですわ。」
クスクスと笑い合う彼女たちは、柱の陰で、本人が聞いていると知らないのだろうか。
いや、聞こえていてもいいと、思っているのだろう。
婚約者候補だった私たちの前で、王太子に寄り添い、幸せそうな表情を浮かべていた聖女は、
王太子に見そめられ、無邪気に喜んでいたのだろう。
赤髪の彼女に張り倒された時、驚いた顔をしていた。
まさか、自分が歓迎されていないなどとは、つゆほども思わなかったのだろう。
そして、それは今も続いている。
王太子の婚約者を決める最終決定権を持っていた王妃様を裏切る形で、王太子妃となった聖女。
側に仕える女官たちは、全員が貴族の出である。
元平民であった何の後ろ盾もない聖女が、
王太子のお気に入り、というだけの彼女が、
辛い立場にあるのは、簡単に想像できた。
しばし傍観していると、
女官たちは話しながら姿を消し、
柱の陰で立っていた王太子妃は、ズズズ、と座り込んでしまった。
思わず駆け寄ると、
私の顔に気が付き、王太子妃の顔色がさらに青くなった。
「貴方は…」
私が元婚約者候補の1人だったと、気がついたらしい。
今は、それどころではないと、王太子妃にむかって聞いた。
「どなたか、お呼びしましょうか?
それとも、私がお部屋までお送りさせていただきましょうか?」
結局、私は王太子妃様を支え、室内へ連れて行った。
すぐに、中にいた女官が、王太子妃に水を渡し、
「つわりがお辛いのですか?
何かお口に入れられますか?」
と慌てた様子で聞いていた。
しばらくして、少し顔色が良くなった王太子妃様は、女官を部屋から退出させ、ソファーに身体を預けながら、
壁際に立っていた私を見て、こう言った。
「恥を承知で、貴方にお願いがあります。
どうか、私に、貴族の常識を、ここで生きていくための知識を、教えてくださいませんか。
私は、この子を守らなければならない。
私は、強くならねば…」
その目は、強い決意に満ちており、あの無邪気な少女が、母になるのだ、と予感させるような目だった。
私が“女の園“へ行ったと知った男性の同僚たちは、
「どんなところだったか」
「女の戦いは、さぞ怖かろう」
と、興味津々であった。
私も、学院生の頃は、男同士とは、なんとサッパリしているのだろうか、
それに比べ、女が集まると、すぐさま複雑なヒエラルキーに分類され、少し間違えば、すぐに標的となる危うさがあると感じていた。
しかし、しばらく男社会の中で傍観していると分かる。
女のそれは、“悪いこと“と認識して、コソコソとやっているのに対し、
男のそれは、“正義“のもと、行われている。
「あいつは、全く使えないな。」
「ああ、そうとも。先日も、叱ってやったのに、ちっとも改善されない。」
「もっとガツンと言ってやれよ。」
一部分の側面でしかない評価を共有し、集団でレッテルを貼る。そのレッテルは、どこへ行っても付いてくる。
たとえ、別の部署で上手くいっていたとしても
「あいつの部下だなんて、大変だな。
ええ?知らないのか?あいつはな…」
それは、全て、“正義“のもとで行われる。
“叱ってやった“
“教えてやった“
“心配してやった“
女の、自覚している“悪意“と、
正義を振りかざす、男の“制裁“
どちらが、国を戦争に駆り、多くの人の犠牲を生むのであろう。
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王太子妃からのお誘いを、宰相補佐に相談した。
「短い間ではありましたが、貴方は私についてまわり、どう思われましたか?」
宰相補佐の問いに、私は答える。
「この国は、王宮は、巨大な組織であって、例えるのなら、大きな魚の群のようだと。
遠くから見ると、ひとつの塊となって動いています。
でも、よく見ると、1匹1匹は違う方向を向いていたりする。
1匹1匹は、自分たちが大きな塊となって動いているなんて、意識していないかのように。
王族はその塊の中の先頭を行きますが、その塊の舵を取っているのは、果たして誰なのか…。」
宰相補佐は、ひとつ頷いて、話し出した。
「私を含め、多くの者が、貴方の言う1匹の魚です。
1匹の魚が抜けたところで、塊は消えない。
代わりがきくのです。
王族でさえも。
ですが、それは残念なことでしょうか?
私には、それが救いであると、思えてなりません。
過ぎた地位や、力は、時に自らを失わせる。
私だってそうです。
いつでも、誰かが私にとって代われる。
そう思うと、気が楽なのですよ。
自らの心を守るために、勇気を出して、重たい荷物を下ろすことも、時には必要なのです。」
この世の賛辞や褒章は、あの世には持っていけませんからね、
と冗談混じりに言う宰相補佐は、白髪混じりの髪を揺らして、ハハハ、と笑った。
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私はそのまま王太子妃付きの側近となった。
王太子妃は、とても周りの目を気にしており、細かいところで、
「こうするのが“普通“なのかしら」
「この言い回しは、どうお伝えするのが“普通“なの?」
と、周りに溶け込もうと苦労しているようだった。
王太子妃は、安定期に入ってからも、つわりが長く続き、毎日嘔吐していた。
狂ったようにフルーツばかり食べる日があったかと思えば、
塩の効いたものを欲したり、
温かいスープの匂いが駄目な日があったりと、様々だった。
頬がこけていく王太子妃に、皆が心配をしていたが、目はギラギラとして、弱音を吐きながらも、
「食べなきゃ…」
と、むさぼる姿は、粗野な、しかし気高い獣のようだった。
月日は流れ、
王太子妃は王妃に、お腹の中にいた第一王子は7歳になり、両親や周りの多くの人の愛を受け、すくすく育っていた。
私は相変わらず、王太子妃の側近として従事する傍ら、宰相補佐と頻繁にやりとりをしていた。
一途な愛を貫く国王夫婦、と、世間では人気の高い2人であったが、王宮内での評価は少し違った。
「つわりが酷かった分、きっと安産だわ。」と言っていた妃の予想は外れ、大変な出血を伴った、数日間に及ぶ難産であった。
その影響かどうかは分からないが、未だに第二子に恵まれず、王妃はその重責を一身に受けていた。
以前から、側妃をとることについて、国王は、ハッキリと拒絶していた。
王妃をただ1人、愛しているから、と。
なれば、その矛先は王妃に向かうのみ。
「国の未来のために」
というまわりの言葉を、
“貴方のせいで“
に変換させて捉えた王妃は、心を疲弊させ、ついには国王に、側妃を取るよう、王妃自ら進言したのだった。
宰相補佐は白髪が増えた髪を触りながら言った。
「嫌がる王や王妃様に側妃を勧める、なんとも嫌な役回りだ。
責任のある立場など、なるものではないな。
王妃様の体調は、その後いかがか。」
国王が、王妃よりも5歳若い側妃を娶った頃、私の兄夫婦に第一子が誕生した。
小さくて、ふわふわした髪の女の子だった。
私の親は、既に優秀な兄夫婦に家督を継いでいたので、私や弟は、結婚もしてもしなくても、好きにしたら良い、という考えだった。
私は、結婚というものを、したくないわけではなかったが、
側妃を迎えたことで、さらに心が暗くなっていく王妃様を支えることで、いっぱいいっぱいであった。
その2年後には、側妃様が男の子を無事に出産し、第二王子となった。
同じく、その年に、兄夫婦に第二子の愛らしい女の子が誕生した。
その後も、側妃様が第一王女と、第三王子をお産みになり、
世継ぎとしては十分であろうと、王宮を支える上層部は安堵していた。
気持ちが穏やかではないのが、王妃様である。
第一王子も優秀であったが、王妃様は元平民であり、後ろ盾がないのに比べて、側妃様の生家は、それなりの権力をお持ちであったため、
次の王には第二王子を推す貴族が多くなっていた。
王妃様は、次の王となることが、我が子の幸せだと信じ、
その道を、自らが邪魔をしているという現実に、打ちのめされていた。
日に日に心を曇らせていく王妃様を見て、国王は、王宮魔術師長に、異世界から聖女を召喚するよう命じた。
この国の聖女は、心の闇を晴らす力を持つと言われ、
国王が王太子だった頃、聖女である現在の王妃様が、国王が抱えていた心の闇を取り払ったことから、寵愛を受けた。
聖女は、1人しか存在しないと言われているが、
例外として、異世界から聖女を召喚した時にのみ、聖女が2人、存在できるという。
聖なる力は自分自身には効果がなく、
聖女である王妃様本人が、心を曇らせてしまったので、
異世界から召喚した聖女に、王妃様の心の闇を取り払ってもらおう、という考えらしい。
王妃様の側近である私と、王命を預かる宰相補佐で、王宮魔術師長に面会した。
王宮魔術師長は、初老の女性で、王命を聞くと、難色を示した。
「王命とあれば、できる限り手を尽くしましょう…。
しかし、異世界からの召喚は、非人道的だとして、過去に禁止された術です。
資料も残っていませんから、できるかどうか…。」
しぶる王宮魔術師長の言うことは、ごもっともであった。
しかし、これは王命で、私たちにはどうすることもできない。
しかも、私たちは知っていた。
王宮魔術師長がやらなくとも、彼女の側にいる、前髪の長い若い女、
王宮魔術師長の孫娘ならば、異世界からの召喚を成し遂げるだけの技術を持っている、ということを。
その後、本当に異世界からの聖女召喚を成し遂げた孫娘は、
二十歳の天才魔術師として、王宮魔術師長の席を得た。
勝手にこの国に召喚された聖女様は、たいそう怒っていたそうだ。
王命とはいえ、その聖女召喚を依頼し、推し進めた私は、昔、宰相補佐が言っていた、
『過ぎた地位や、力は、時に自らを失わせる』
という言葉を思い出していた。
私は、この国のために、がむしゃらに働いてきた。
私が、今していることは、一体、誰のためなのだろう。
私の人生は、どこにあるのだろう。
私の価値は…どこにあるのだろう。
私のオールバックの髪に、若白髪が混じり始めていた。
たびたび、聖女と、魔術師長を見かけた。
魔術師長は、自ら望んで、聖女の世話役をしており、仲が良くなっていく2人の様子を、傍観していた。
王妃様と、異世界から来た聖女様が初めて会った日、
聖なる力で心穏やかになられた王妃様は、珍しく、たっぷりと睡眠を取られた。
次の日も、調子が良いと笑みを浮かべる王妃様に代わって、私は異世界から来た聖女様に、御礼と、詫びを伝えに行った。
すると、目の前の若い聖女様は、自らの考えを、私に話してくれた。
「私の考えですが…
王妃様に必要なのは、聖なる力とかじゃなくて、心の休息、だと思います。
王妃様は、夫に、子にとって、有意か、そうでないかに、自らの価値を見出そうとしている。
それは…しんどいと思います。
自分の価値は、自分で認めてあげないと。」
“自分の価値は、自分で認めてあげる“
まるで、私に向かって
言われているように感じた。
私も、自分の人生を生きなければ。
そう思って、私はフフッと微笑んだ。
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その後、私は、たびたび魔術師長と、聖女様から相談を受けたりして、交流を重ねた。
魔術師長は、聖女様のために、元の世界へ帰す術の開発に力を入れているようだった。
彼女たちを傍観していると、お互いがお互いを求め合っているような、とても愛らしい様子だった。
私は、ふと、今まで蓋をしていた10代の頃の恋心を思い出した。
酷い猫背の彼は、いったいどこで、何をしているのだろう。
私は、いつの間にか、30代後半に差し掛かっていた。
王妃様の体調は、聖女様の力のおかげで、どんどん回復していった。
しかし、聖なる力は一時的な効果であり、
本来であれば、王妃様の心を煩わせる雑念が多い、ここ王宮を離れ、静養するのが1番良いのだと思えた。
そんなある日、異世界から来た聖女と、若き天才魔術師長が、忽然と姿を消すという事件が起きた。
彼女たちは、聖女がいた元の世界へ、共に旅立ったのだった。
強い心の支えが、突然いなくなってしまった王妃様は、しばらく不安気な様子で過ごされていたが、
聖女様が残した手記に、
“聖なる力に頼るよりも、静養するべきだと思う“
と記してあると知るやいなや、
「どうか、私を王宮から離して、静養させてください」
と、夫である国王に訴えた。
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田舎で療養する王妃を送り、私は側近を辞した。
そして、宰相補佐からお誘いいただき、部下として働き始めた。
学生時代に取り組んでいた、計画的な街つくりに関する総合的な計画を任され、
まずは、総合病院の設置について、意見を聞くため、旧王立病院の上層部と打ち合わせを行った。
そこに現れたのが、あの、猫背の彼だった。
彼は、王都高等学院を卒業し、この病院で手腕を振るっていたらしい。
お互いに仕事に没頭しすぎて、行き遅れてしまった、と笑いあった。
少し昔話に花を咲かせた後、
私たちは、何事もなかったかのような顔をして、打ち合わせを行なった。
そして、帰り際、
猫背の彼が、私の名前を呼んだ。
「本当に、お久しぶりです。」
その優しい眼差しに、
私の心臓がドキっとした。
今まで、ずっと、人の人生を“傍観“してきた。
そんな私が、自分のために、勇気を出して、一歩踏み出す時だと思った。
私はオールバックの髪を撫で付け、澄ました顔をして言う。
「私と、一度、デート、しませんか?」
緊張のあまり、真顔で言った私に、
彼は少し驚いた顔をした後、
ニヤリと笑って答えた。
「ええ、是非。
一度、と言わず、
末永く、よろしくお願いします。」
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人生をかけた仕事を退いた、
老いた2人が、腰掛けている。
1人は、前王妃と共に、保養所の必要性や、地域医療の重要性を訴え、この国の医療の発達に貢献した。
1人は、総合的な視点での街の整備に力を注ぎ、この国の基盤整備に貢献した。
そんな2人が楽しそうに話している。
「あの時の貴方ったら、可笑しかったわ。
プロポーズのようなことを言うんだもの。」
白髪が多くなったオールバックの女が声を出して笑う。
「だって、もう会えないと思っていた貴女に、再会できたんだ。
ここで捕まえなきゃ、と思ってね。」
相変わらず猫背の男は、そういって、彼女の手を取った。
2人は陽だまりの中、微笑みあった。
「さぁ、私の人生、まだまだ楽しんで生きるわよ」
次は、誰の人生を書こうかな。
赤髪の女性や、異世界の聖女が主人公の話もありますので、是非、読んでみてください。