エピローグ(1/3)
エピローグ
私はもう一度、占い師さんのところに行って、呪いの中止を伝えようと思った。
別に私の方で勝手に中止して、もう二度と行かなくてもよかったのだけど、向こうは呪いの準備をして待ってくれている。
呪いなんて不気味なだけに、途中のまま放置するのは気持ちが悪かった。
もう、月城を呪う理由はなかった。
私はバイトが早めに終わったある日、スタッフルームで制服に着替えると、店を出て、そのまま隣の占い屋さんに入った。
一度、来たことがあると、名前を告げると、奥でファイルをがさごそとかき回す音がしたのち、
「ひーちゃんさん」と呼ばれた。
しっかりしていて、堂々とした口調だけど、明るい声は若々しい。意外と若いのかもしれない。十代ってことはないかもしれないが、二十代くらい?
なんとなく親しみを感じる声に引き寄せられるようにして、相談室に入った。
「今日はどうしたの?」
「はい、あのー、呪いの中止をお願いしにきたんです」
「呪いの中止ね。呪いに必要なものを揃えるのが面倒になったのかしら?」
怒られるか、それとも中止すると悪いことが起きるとか、脅されるかと思って警戒していたけど、占い師さんの反応は軽かった。呪いが中止になることはよくあることなのかもしれない。
「いえ、必要なものは揃ったんですけど、呪う理由がなくなったんです」
「へー、前回あんなに怒ってたのに」
占い師さんが不思議そうな声を出した。
「それが、私の勘違いだったんです。実はですね、その嫌いな男の子が私の作ったケーキを『まずい、まずい』って面白がるようにして食べたのは、嘘というか、私の誤解だったんです」
「あまり誤解のしようがあるとは思えないけど」
「私もそう思って怒ってたんですけど、実は彼が私のケーキを食べて「不味い」と言っていたのは、ダイエット中の妹の前で「おいしい、おいしい」と言ってケーキを食べるのが申し訳なかったからだそうなんです」
とはいえ、店の中でまずいまずい、と言いながらケーキを食べるのはどうかと思うけど、月城は実家に戻ってきたばかり家族の顔色を伺っていたのだ。そんなことまで考える余裕はなかったのかもしれない。
「ああ、そういうこと。確かにダイエットしてる人の前であまり美味しそうに食べるのもね」
占い師さんはそれを聞いてクスクスと笑った。
「でしょう?」
「でも、実際は私のケーキをすごく気に入ってくれていて、人生で食べた中で一番おいしかったって言ってくれたんです。それに話してみると意外といいヤツだし、私のことも分かってくれるから、呪いなんてかけなくていいかなって」
ついこの前まで、呪おうとしていた相手をそこまで言うのは照れくさかった。
でも、私の素直な気持ちだった。
「それならそっちの方がいいわね。ちなみに用意してもらった、その男の悩みと、その男が履いたあなたのパンツと、髪の毛は全部そろったのかしら?」
「はい、揃えたは揃えたんですけど、もういらないですよね」
「揃えちゃったのね……。それは厄介ね」
「厄介なんですか?」
私は不安になると同時に、相談しにきてよかったと思った。
「ええ、彼が履いたあなたのパンツには彼の霊気が染みついているの。それをそのままにしておくと悪影響があるかもしれないから、私が霊気を解放した方がいいなと思って」
「えっと、それっていくらですか?」
「ううん、お金はいらないわ。今日の相談料だけで」
「そうですか、よかった。一応、持ってきてるんです」
私はカバンの中からビニール袋に入れたパンツと、ジップロックに入れた髪の毛を取り出した。
呪いをそのままにしておくのが気持ち悪いと思ったときから、こういうことがあるかもしれないと思っていた。
「そう、それなら話が早いわ。それをちょっと貸してくれる?」
「はい」
私は小窓からパンツと髪の毛を渡す。
「ふふふ、かわいい、パンツね」
「ど、どうも」
私は少しだけにやけながら言った。
占い師さんはそれを受け取って、しばらく眺めていたけど、そこで急に調子はずれな声を出した。
「あれ……? ん~~~、おかしいな……」
「どうしたんですか?」
「これ、本当にその男の子に履かせたんだよね?」
「はい、履かせました」
「霊気が抜けてるし、かわりに呪跡がついてる」
占い師さんの声が真剣なものに変わる。
「じゅせきって?」
「ああ、呪いの跡って書いてじゅせきって読むんだけど、要は呪いが完了したことを示す痕跡のようなものがついてるんだよ。もう呪いは完成しちゃってる。ひいちゃんってもしかして、ブードゥー教の経典を読んで自分でやった?」
「まさか、自分でやったりなんかしませんよ」
「おかしいなあ」
「それって、どうやったら呪いが完成するんですか?」
「それはね、ツボの中に聖水を入れて、男が履いたパンツと髪の毛を一緒になってかき回すのよ。その間に男のことを考えながら、男の悩みを反芻して、そこに自分の思いを届くように念じるの」
「そんな面倒なことしてませんよ」
「おかしいなあ。じゃあ、どうして呪いが完成されたんだろう」
私は自分の行動を思い返した。ツボの中に聖水を入れて、そこにパンツと髪の毛を入れてかき回す? そんなこと寝ぼけていてもやるとは思えない。
そんなことしたかなあ。
「あっ……もしかして……」
「どうしたの?」
「洗濯しちゃったからですかね?」
私は月城に言われて、そのパンツを洗濯させられたことを思い出した。