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最終章 月城明は覚悟を決め、ひなたは月城を許す side 明


「テーブルを布巾で拭いて、そのあとみんなに入ってもらって、テーブルの数だけポッドを用意して」

 俺にエプロンと布巾を手渡すと、里美さんはスタッフルームの中に入っていった。


 ホールは掃除をした後で、イスは一か所にかためられており、観葉植物は、日をあてるためか窓際に並べられていた。


 一度来たことがあるので、店の雰囲気はなんとなくわかっていた。クラス会に合わせてイスを配置して、観葉植物をあるべき場所に戻した。


 それから布巾を濡らしてテーブルを拭くと、店に出てみんなに中に入ってもらった。


「待たせてごめん。中に入ってくれ」

 クラスのみんながぞろぞろと店の中に入ってくる。


「よお、月城、お前、東京にいるんじゃなかったのかよ」

 仲の良かった今井が遠慮のない様子で肩を叩いた。

「まあ、ちょっと色々あってな」

「なんでこんなところでバイトしてんの? ってかクラス会サボるつもりだったのかよ?」


「ごめん、後で説明するよ」

 俺は逃げるようにその場を離れ、早苗のところに向かった。


「早苗、おはよう」

「お、おはよう……どうして、あっきーがエプロンしてるの?」

「厨房のスタッフが風邪で休むことになったんだよ。ケーキもまだできてないし、里美さんは寝坊をしててんてこまいだしさ」


「ふえっ……、だって、ひなっちに電話したとき、さっき起きたって言ってたわけで……あっきーが、ひなっちの家に泊まったってことじゃんね?」

「まあそうだな……」

「意味わかんないだけど……」

「それは後で説明するよ。ちょっとケーキがまだできてなくて、遅くなりそうだから、みんなにそう言っといてくれ」

「えー、もうみんな待ちくたびれてるよ? 夏子なんか超不機嫌で、さっきからイライラしてる」


「ああ、そんな感じだったな」

 俺は振り返って店内を見やった。夏子は奥のソファにどかっと腰を下ろして、不機嫌そうに髪の毛をいじっている。元から感情を隠さないタイプだが、にしてもピリピリしすぎだ。

「とにかく早苗も入ってくれよ」


「う、うん、わかった」

 俺は全員を店に入れると、厨房に入ってテーブル分のポットを用意した。

「先に紅茶と焼き菓子を配るから、それで繋いでもらお。その間にケーキを焼いて、解散までには出せるようにするから」

 里美さんはそう言ってお湯を沸かし始めた。


「分かった」

 俺は里美さんに指示されながら、紅茶の葉をポットに入れ、そこにお湯を注いだ。それをお盆に載せると、各テーブルに置いて行った。

 どのテーブルを回っても、かつてのクラスメートが俺の顔をまじまじと見て、東京に行ったはずだろうと訝しんでいるやつもいれば、なんでクラス会をサボって、店でバイトをしているんだと不思議そうに見るやつもいる。


 はっきり言って居心地は最悪だった。

 紅茶と焼き菓子を配り終えると、俺は厨房に逃げ帰ってケーキ作りを手伝った。タルト生地はあらかじめ作ってあったようで、それを焼いて上にムースを載せたり、生クリームを絞って、最後にブルーベリーを載せる。

 俺にできることは少なく、道具の準備と片付け、あとはブルーベリーを載せていくくらいしか、役に立たなかった。

 なんとか人数分のケーキを作り終える。

 できあがったケーキを数えなおしてみると、クラスの人数よりもひとつ多いことに気が付いた。


「あれ? 多くないか」

 俺は指さしながら、もう一度ケーキを数えなおした。出席者は二十六人。里美さんも食べるとしても二十七人。しかし、ケーキは二十八個ある。

「月城の分よ」


「俺?」

 里美さんは頷いた。

「あとは私がやるから、月城がその気ならクラス会に出れば? すみっこで眺めてるのも決まり悪いでしょう?」

「いや、それはそうだけど……」

 クラス会に出るのも照れくさい。


「もうみんなにバレちゃったんだしさ、せっかくなら楽しんできなよ。月城が、どうしても出たくないって言うなら、厨房で食べればいいわ」


 確かにここまで来て、厨房でこそこそしているのもカッコ悪いだろう。

 メンタルを病んで地元に連れ戻されたことはカッコ悪いが、それを恥ずかしがってクラス会に出なかったことはもっとカッコ悪いし、この期に及んでそれを恥じて厨房に隠れているのはもう最上級の恥だ。

 俺はエプロンを脱ぐと、ホールを見渡し、今井のいるテーブルについた。


「遅れてごめんなさい。今からケーキを配るから。あと紅茶もお代わりがほしい人は言ってね」

里美さんが各テーブルにケーキを配り始める。

隣の男子のテーブルから声があがったのはそのときだった。

「なあ、そろそろ会話も尽きてきたことだしさ、この辺で一人ずつ近況報告をしないか? 


 高校でどんな部活に入ったとか、高校で彼女ができたとか、順番に改めて自己紹介していこうぜ」

 元委員長だった前沢がそんなことを言い始め、みんながそれに賛同する。

 言い出しっぺの前沢がさっと立ち上がった。


「さすがに半年じゃ、名前を忘れた人はいないと思うけど、前沢勇気。高校は生田高校で今ではサッカー部。彼女はまだできてないんだけど、山田がもうクラスの女の子と付き合い始めたって言うから、その方法を教えてもらってたところ」


 隣に座っていた山田が、前沢の腕を叩いた。

 前沢が座ると同時に山田が立つ。

 左回りに順に近況報告をするノリができ、順に立ち上がって何かを言っていく。

 すぐに俺の番が回ってきて、全員の視線が俺に向けられた。

 これにはさすがに血の気が引いた。

 かつてのクラスメート全員の前で、恥をさらすような真似をしなくてはいけなくなった。

 俺は言うことも決まらないまま立ち上がった。


 きっと今日以上に大勢の前で恥をかいた日はなかっただろう。みんなの視線に胃がキリキリと痛んだ。


 近況報告が始まったことを察した里美さんが、俺の方を心配そうな目で見てくる。目が合うと、申し訳なさそうに上目遣いな視線をよこした。本当だ。里美さんがクラス会に出ろなんてことを言わなければ、俺はこんな目に合うことはなかったのだ。


「月城明です。えっと、仲のいい人は知ってると思うけど、東京の高校に通ってたんだけど、色々あってこっちに戻ってくることになった。実家に戻ってきたら、俺の部屋がアクアリウムの部屋になってて、俺は屋根裏暮らし。ヒドい近況だけど、またこっちで高校生活を始めたところ」


 俺は思いついたことを素直に言った。自分の部屋がアクアリウムになっていたくだりではちょっとした笑いが起きて、それだけは唯一の救いだった。

 俺に向けられた視線がまばらになり、俺は近況報告を終えて座ろうとする。


「月城! 高校で黒ギャルの彼女作るのはどうなったんだよ!」

 そのとき、今井が向かいから野次を飛ばしてきた。


 俺は後ろで組んだ指をぎゅっと握りしめた。


「なんだよ」

「お前、東京で黒ギャルの彼女作るって言ってたじゃねえか。結局できたのか、できなかったのか?」

 今井はノリのいい笑みを俺に向ける。


 再び俺に視線が集まり、ひそかに俺は奥歯を噛んだ。

 今井は俺が気まずい思いをしないようにあえて茶化してくれたのだろう。

根はいいやつで、男同志で、少人数で集まっているときはこういうノリがありがたかったりするものだ。

 だが、女子を交えた二十六人の前で、しかも出席確認のグループラインで沈黙を決め込んでいた俺が飛び入り参加でここにいるのだ。


 流石にいまいじられるのはキツかった。


「それは……それはだなあ……」


 俺は視線を泳がせた。誰もが俺の次の言葉を待っている。


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