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第一章 月城明は地元に戻り、妹への気遣いからヒロインから嫌われる side 明(5/10)


「ヤバ、こんな日に限ってノーブラだよ、おっぱいまる見え……」

 ウソだろ、おい。俺は思わず振り返って早苗の方を見た。

「ほーら、やっぱりあっきーじゃん」

「ちくしょう! 騙したな!!」


 見ると早苗の胸元はノーブラどころか、ブラすら見えていない。ボタンは上から下までしっかりとかけられており、早苗は得意げにプリーツスカートのほつれをいじっている。どうやらほつれた糸をちぎって、胸のボタンがはじけ飛んだような音を出したようだ。


「ちょうどここの糸が気になってたんだよね」

 早苗はにやにやと俺の顔を覗き込む。

「何重にも侮辱された気分だよ」

「そんなに避けることないよ。美央から、あっきーが帰ってくるって聞いてたし」

 早苗は頬を緩ませた。

 早苗には美央という妹がおり、俺の妹のさくらとは大の親友なのだ。俺が帰ってくるという話が妹伝いに既に早苗の耳に届いていたのだろう。とすれば、ここで会うまでもなく、俺の不甲斐なさはすでに知れ渡っていたことになる。

 改めて、戻ってきた経緯を語る必要はないと知って、少しだけ安心する。


「でも、元気そうで良かった。おかえり、あっきー」

「あ、ああ……」

 俺は目をそらした。


 なんとなく一緒に百円ショップを回ることになった。俺は収納グッズを一通り見たあと、小さなカラーボックスを買い、早苗は占いに使うといって鍋を買っていた。

 彼女はスピリチュアルなところがあり、占いやおまじないに精通していた。

「ねえ、せっかくだしお茶でもしていこうよ」

 百円ショップを出ると早苗は言った。

「いやだ、中学の友だちに会いたくないからな」


 駅前のショッピングモールに来ているのだから、他の旧友に見られる可能性はあった。

 早苗に見つかったことで、俺は慎重になっていた。誰にどこで見られてもおかしくないのだ。

「もう、そんなこと言ってたら、どこにも行けないじゃん」

「だから、どこにも行かないんだよ」

「平気だって。誰にも会いっこないよ」

 早苗は俺の手を取ると、俺の返事も聞かずに歩き出す。俺はしょうがなく背を丸めて、俯きがちに引っ張られて行った。





 次の日は、昨日よりも早く目を覚ました。久しぶりに早苗と喫茶店に行って話しこんだせいか、帰ってきたときには程よく疲れており、朝の四時には寝ることができた。

 朝の四時はかなりの夜更かしだと思うが、これでもまだマシな方で、本当に調子を崩していたときは、夜通し眠れず、朝の八時になってようやく眠りにつくこともあった。


 それに比べれば、かなりの進歩で、このまま三時、二時、一時と就寝時刻を早めて行き、来週までには学校に通える時間に起きれるようにしたかった。

 その日は昨日買ってきたカラーボックスの包装を剥がし、そこにパンツや靴下、シャツなどを入れていく。

 床に散らばった荷物が少しだけスッキリするが、やはり根本的にスペースが足りない。これこそが俺の扱いを象徴している。

 熱帯魚には部屋があり、退学して戻ってきた俺には部屋がないのだから、俺のヒエラルキーは熱帯魚より下。いるだけ邪魔と言ったところだろう。

 四時になって妹のさくらが帰ってきた。


「お兄ちゃん、ただいまー」

 さくらはわざわざ屋根裏部屋まであがってきた。

「おかえり」

「ふう、今日は大変だったよ。体育で持久走があってさ。持って行った水筒が一瞬でなくなって、もう喉からからだよ」

「そうだったんだ……お、お茶入れるよ」

 俺は慌てて立ち上がった。


 さくらから暗に一日中家にいたのだから、学校に行って来たわたしにお茶くらい入れるべきだと言われているような気がした。

 お前は退学になって、自分の部屋すらない実家に戻ってきたんだから、わたしを労わるべきだと思っているのではないか。


「ほんと? やったー、お兄ちゃんやさしいね」

「そんなことないよ」

 俺は冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出すと、コップに入れてテーブルの上に置いてやる。

「ありがと」

 こくこくこく……。さくらは麦茶を飲み干すと「ぷはっ」と言ってコップを置いた。

「もっと飲むか」

 コップをたんっとテーブルに置く様子が、もう一杯告げと言っているように思えて、俺は麦茶を注いだ。

「もういいよ」

「そうか、じゃあ俺が飲もう」


 さっき水を飲んだばかりだが、退学になって実家に戻ってきたくせに麦茶を無駄にするつもりかと思われるのが嫌で一気に飲み干した。


「そうだ、お兄ちゃん、これから喫茶店に行かない?」

 さくらは顔をぱーっと明るくさせた。自分の思い付きに興奮しているようだった。

「さては俺を水責めにする気だな」

 俺はたぷたぷになったお腹をさする。

「行ってみたい喫茶店があるんだ、お願い」

「でも、一昨日、ミスドに行ったところだろう」


 俺が正式に実家に戻った日、さくらは俺をミスドに誘った。

 うちは両親の帰りが遅いため夜ご飯の時間も遅くなる。家を出る前はよく間食にミスドやマクドに行っていたのだが、さくらは久しぶりにそれをやりたがったのだ。

「良いじゃん。早苗ちゃんのバイト先の隣にあるお店なんだけど、すごく美人な女子高生がバイトしてるらしいよ」

「その看板娘で話題の店なのか?」

 美人が見られるなら行ってもいいと思った。

「いや、厨房だからほとんどいないのと同じだよ」

「なんだよ、それ」


 さくらとの会話はいつもちぐはぐだ。


「行ってくれないの? 行ってくれないんだ!」

 さくらは目を大きく見開かせた。その口調は暗に喫茶店にすら付き合わない俺を非難しているみたいだった。一日中家にいて、学校から帰ってきた者の予定にも付き合えないのかと。何の苦労もなく家にいて、喫茶店まで歩くことすら嫌がるのかと。

「行こう! 行こうじゃないか!!」

 俺は立ち上がった。

「やった、さすがお兄ちゃん!」


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