最終章 月城明は覚悟を決め、ひなたは月城を許す side ひなた
「泊まって行って、って言ってるの」
「マジ?」
私はキレそうになった。女の子が勇気を出して、泊まって行ってって言ったのに、嫌そうな顔をするやつがいるのか。
「こういうことがあると、一人暮らしだと心細いでしょう? まだ気持ちの整理もついてないし、一緒にいてよ」
「いや、うん、分かるよ。泊まって行くか」
一人暮らしと聞いて、月城は真面目な顔で頷いた。この男、物分かりが良いのか悪いのか。
「じゃあ、俺も風呂入って良いか?」
月城が言った。
「今日も熱かったもんね。着替えはどうするの?」
私と月城は身長が二〇センチも違う。ジャージはあるけど、サイズが合うかは疑問だった。
「いや、良いよ。そのままこれ着る」
「分かった」
「月城、お風呂に入ったら言ってね」
「なんで?」
「私、お風呂の前で待ってるから」
「はあ?」
「怖いんだもん」
今は月城がお風呂に入るのも心細かった。自分がお風呂に入るのは、月城が部屋にいて見張ってくれているような気がして安心したけど、逆に月城がお風呂に入ると、誰が私を守ってくれるわけ。
月城だって無防備なわけだし、せめて近くにはいたかった。
「しょうがないな」
月城は浴室に入ると、服を脱いで、わずかに開けた扉の隙間からそれを通路に向かって投げた。
私の前に、月城が脱ぎ捨てた服とズボンが置かれている。
私は月城の脱ぎ散らかしたズボンを見ながら、シャワーの音を聞いていた。
慌てて脱いだからか、もともと横着な性格なのか、ズボンとパンツを一緒に脱いだため、ズボンとパンツが一体となって、抜け殻のようになっている。
月城は風呂からあがってまたこれを履くのかと思った。だぼだぼのティーシャツとか買おうかなと思った。月城が来たときに着ることができる。
私の服を着るのはきっとぴちぴちだろうし……と考えたところで、私は唇をかんだ。
私、なんで、また月城が泊まりに来ると考えていたの?
バカみたい。
こんなことは今日だけじゃない。大体、月城と私はそういう関係でもないし、第一、私とあいつは敵対関係だ。泊まりに来るなら月城が部屋着を持ってくればいい。
「そうじゃなくって!!」
私は思わず叫んだ。
月城はもう泊まりにこないのだから、あいつが部屋着をもってうちに来ることもない。
「ほんとムカつくわね、あの男」
どうして私がこんなに心を乱されなくちゃいけないわけ。
あの男は私のケーキを否定した。それなのに急に私の人生に居座って、私の中であの男の存在が大きくなる。
「ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく。そうよ、呪ってやればいいんだわ。最初からそのつもりだったじゃない。仕返しをしてスッキリしておしまいよ。仕返しさえすれば、あいつと関わることもないんだから」
結局、そこに行きつく。
なぜ月城と関わらなくてはいけないのか。それは彼を呪うためにパンツを履かせないといけないからだ。そのせいで、月城の様子を気にしてしまうし、彼の姿を目で追ってしまう。
呪いさえ達成してしまえば、もうあいつのことなんて気にしなくてもいい。そのうち席替えもあるだろうから、それで離れ離れ。金輪際、関わることはない。
呪いを達成して終わりにしよう。
「悩みと、髪の毛と、月城が履いた私のパンツ」
月城の悩みは知っている。髪の毛も今日うちに泊まるのだから、一本くらい落ちるだろう。あとは月城に私のパンツをはかせるだけだ。
「そうよ」
今がその絶好のチャンスだと、気が付いた。
月城はこのズボンとパンツが一体化したものを、風呂から上がって来てそのまま履くのだ。深く考えもせずに、ズボンの穴に足を通せば、パンツも一緒に履くことになる。
ということは、私がこのズボンとパンツが一体化したものに、自分のパンツを入れておけば、月城はそのまま足を通すのではないか。
人はたとえ、目の前にあるものでも、見ているようで見ていない。パンツがピンク色にかわってて、それがちらりと目に入ったとしても、気づかないと思う。
とくにずぼらな月城は気づかない。
今、私のパンツを月城のパンツと変えておけば、私は月城にパンツを履かせることができるのだ。
「良いよね。仕返しなんだから」
私のケーキを否定したこと、嫌味に他の店のケーキを買って寄越したこと、私のパンツを拒絶して、ダサダサのおむつを履いたことはどれも許せない。彼はやることなすことすべてが私のプライドを傷つけてきた。
でも、ゴキブリを退治してくれたし、今日だってすぐに駆け付けてきてくれて、今も一緒にいてくれている。それに一人暮らしの辛さとか、大変さとか、さみしさとか、全部ちゃんと分かってくれる。
「そうじゃなくって!!」
私は首を振った。月城の嫌いなところを並べていたはずなのに、いつの間にか彼のことをフォローしていることに気が付いた。
ムカつく。あんな奴の肩を持ってやることなんてない。
「もうさっさと呪って、金輪際、月城とはかかわらないんだから」
そうだ。月城は好きな人にとって都合のいい存在になって、一生付き合えない呪い。
それで仕返しは達成なのだ。
月城の好きな人はたぶん、早苗ちゃんだ。このままだと二人は普通に付き合っちゃうだろう。まだ実家に戻って来てすぐにとはいかないだろうけど、両想いなのは明らかだ。
月城と早苗ちゃんがデートに行ったり、手をつないだりするところを想像していると、ムカついてきた。
嫌だ。早苗ちゃんには月城なんかと付き合ってほしくない。大体、月城のくせに生意気だ。
想像すればするほど苦しくなってくる。イヤだ、月城がアホ面で早苗ちゃんと付き合っている光景はただただ不快だ。
やっぱり呪うしかない。
そしたら、早苗ちゃんの前に別の男が現れて付き合い始めるはずだ。
それはちょっとうれしい。
「良いよね」
「そもそも、呪いなんて本当にきくかも分からないんだし、早苗ちゃんが別の男と付き合ったところで呪いの効果だとは限らないじゃない」
これはちょっとした仕返しの範囲だ。
私は引き出しからパンツを取ってくると、月城のパンツを取り出して、足を入れる穴が重なるように、ズボンの中に入れた。
それをしてしまうと、途端に心臓が跳ねはじめた。
これでやっと月城が私のパンツを履く。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
その姿を想像して私は興奮していた。
「でも、これは違うわ。私は変態じゃなくって、べ、別にこれは性的な興奮じゃなくて、征服欲よ、月城が蹂躙されて、男の子がパンティを履いて泣きそうになってる姿をみたいだけよ」
「…………って、それはもう変態じゃない!!」
私は思わず立ち上がった。