最終章 月城明は覚悟を決め、ひなたは月城を許す side ひなた
月城は、部屋のドアを開けて中に入って行った。
「中には入ってこなかったみたいだな」
月城は言って、ワンルームの先を顎で示した。
私は恐る恐る部屋の中を覗き込む。確かに、ガラス扉は壊されておらず、部屋の中も荒らされていなかった。
「もう帰ったんじゃないか?」
月城の落ち着いた声が返ってくる。
見れば、月城はガラス扉越しにベランダを覗いている。
「怖くないの?」
「警察も呼んでおいたしな。制服は持ってかれたみたいだけど……」
「ちょっと! なんで勝手にそんなことするのよ!」
その言葉を聞いた途端に激しい怒りを覚え、私は月城を睨んだ。
「何が?」
「警察を呼んでほしいなんて言ってないじゃない!」
「里見さん、おかしいんじゃないか? 下着泥棒が出たんだから、警察を呼ぶのは当たり前だろう」
「ううん、明日はクラス会なのよ?」
私は首を振った。
正直なところ、下着泥棒が出たとき、警察を呼ぶという発想は完璧に頭から抜け落ちていた。パニックになっていて、冷静な判断ができなかったのだ。
だけど、今から警察が来ることを思えば、呼ばなくて正解だとも思った。
「そうだよな。クラス会の前日に警察を呼ぶなんて非常識だよな」
皮肉っぽい口調に腹が立った。
月城のこういうところが嫌いだ。
「違うわよ! 今から聞き込みとか、被害届とか盗難届とか出して、ご飯食べて、お風呂に入ってってしたら何時になると思ってるの?」
それを考えると憂鬱だった。
今はとにかく一刻も早くご飯を食べて明日に備えたい。それが今から警察がやってきて、捜査を始めるのだろうか。
「クラス会なんてどうでも良いだろ。とにかく警察を呼ばないことには収まらないだろう」
「だから、あんたはムカつくのよ! どうして謝れないわけ? 勝手なことしてごめんなさいって言えないの?」
「助けにきて、警察を呼んで怒られるとは思わなかったよ」
月城は私を睨んだ。私も彼を睨み返した。
互いににらみ合う形で沈黙が続いた。憂鬱だ。こんな状態でいつ寝られるんだろう。明日は朝早くからケーキを作らないといけないのに。
「じゃあ、もう俺は帰るから。警察が来たら事情を話して、帰ってもらえよな」
月城はそう言って部屋を出ようとする。私はその腕を慌てて掴まえた。
「ちょっと待ってよ。一人にしないでよ」
私はまた泣きそうになった。今日は絵里子ちゃんもいない。まだ気持ちも落ち着いていないし、警察官を一人で対応するのも心細かった。今、月城に帰られてはどうにもできない。
「余計なお世話だったんだろ」
「でも、今、一人になるのは無理だから!」
「別に怒らたり、非難されるためにここに来たわけじゃないから」
「分かったわよ。ごめん、言い過ぎた。だから、もうちょっと一緒にいて」
「イヤだね。警察を呼んで、安否を確認した時点で俺の役目は終わりだ」
「本当に無理なんだって。こんな状態で明日クラス会なんてできないし」
「そのクラス会とやらも中止にすればいいんだよ。俺はなくなっても困らない」
月城は本当に怒っているらしく、全く私の話を取り合わずに靴を履き始めた。
「お願いだから、帰らないでよ。他に誰もいないの。分かるでしょ? 月城も一人で暮らしてたんだから」
月城の横顔にさっと影が差した。
私はその瞬間、ぎゅっと胸を掴まれたような感じがした。
そのとき私は自分の言葉がしっかりと伝わったのを感じた。
月城も一人暮らしをしていたから、きっとこんなとき、一人でいられない気持ちは分かるだろう。月城が分かってくれたと感じたとき、涙が出そうになった。
「とにかくもうちょっといるよ」
月城はそう言ってリビングまで戻ってきた。でも、まだちょっと怒っているみたいだったが、それでももう帰ろうとはせずに、黙って座布団の上に腰を下ろした。
「ありがと」
私はその隣に座った。
月城はむすっとしたまま壁を見ている。
あんなこと言わなければよかったと思った。
冷静に考えれば、パニックでそれどころではなかった私に代わって、警察を呼んでくれたことは多分間違ってはいないし、私も同じ立場ならそうすると思う。
それでも今日に限っては、勝手なことをする前に一声かけてと言いたかった。でも、それを月城に言えば怒るのは当然だ。あのまま機嫌を損ねて帰ってしまってもおかしくなかった。
月城が帰らなくてよかったと思った。




