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最終章 月城明は覚悟を決め、ひなたは月城を許す side ひなた



 Side ひなた


 喫茶店を貸し切るのは、思っていたよりも簡単な話ではなかった。

クラス会のある日曜日、絵里子ちゃんは遠距離恋愛の彼氏と旅行に行くとかで、そもそも店を開けるつもりではなかったようだ。


 店内に張り出された営業日カレンダーにも、土曜から月曜日にかけて斜線を入れて、すごく張り切った字で臨時休業と書きこんでいた。

 そのため厨房で働く正社員の熊谷さんにも今週の土日は休みにしてもらったらしい。


「だめだよ、その日は。私、出かけるんだから」

 話を伝えると絵里子ちゃんはそう言って顔をしかめた。

「お願い、私一人で回すから。ちゃんと全部自分でやるから」

 私は必死にお願いした。


「ひなちゃんに任せるのは良いよ? それ自体は良いんだけどね、なんかあったときすぐ戻ってこれるわけじゃないし。お店大丈夫かなって心配しながら旅行行くのもなあって思うんだけど……」

「そこをなんとか信頼してほしいの。自分が作ったケーキの感想を聞ける機会だし、お店には出さないような新しいレシピも試せるでしょう?」

 私は食い下がった。


 絵里子ちゃんの言い分が百パーセント正しいのは分かっていた。いくら姪っ子だからといっても、自分がわがままなお願いをしている自覚もあった。

 それでも私は諦めることができなかった。

 二学期に入ってからずっと自信を失っている。

 それを取り戻すチャンスだったし、何か新しい挑戦をしないと、夢がどんどん遠ざかっていくような気がした。

 早苗ちゃんの期待に応えたいという気持ちとか、みんなにこの店を知ってほしいという思いもないわけではなかったが、それよりも私にとってこのチャンスが必要だった。


「うーん、私としても土、日曜日に店を閉めるのは痛いことは痛いのよね。売上的に」

 絵里子ちゃんは困ったように顎に指を這わせる。

 この店はマンションのオーナーとテナント契約をしているため、家賃がかかっている。そのことも考えれば、絵里子ちゃんとしても日曜日に店を閉めるのに抵抗はあるみたいだった。

「私、ちゃんとやるから」

「ちょっとケーキの数と、仕込みに必要な時間を書いてくれる? それから予想でいいから売上の額も」


 私は手渡されたメモにまずはケーキの数を書いて、そこから仕込みに必要な時間を書いた。

 私はメモを書きながら、はじめて絵里子ちゃんにお店で働かせてもらえるようお願いしたときのことを思い出した。

 お正月におばあちゃんの家でみんなで集まったときのことだ。

私は進路のことでお母さんとケンカをしている最中だった。意地と怒りで大胆になっていた私は、絵里子ちゃんに普通科に行くならお店で働かせてもらって、ケーキ作りのことを教えてほしいと頼んだ。


 絵里子ちゃんからすれば、私が普通科に行こうと、調理科学コースに行こうと知ったことではなかったのに、絵里子ちゃんは真剣に話を聞いてくれた。

 絵里子ちゃんはそのときも週何時間働くつもりか、テスト期間はどうするつもりか、一人暮らしをするとして、料理や家事はどうするのかを私に書くように言った。


 絵里子ちゃんはそういう人だった。


 なにかお願いをすると私がどのくらい具体的に考えているのかを見定めようとしてくる。私が具体的に書くことができたら、絵里子ちゃんも真剣になってくれる。

 私は書いたメモを渡す。

 絵里子ちゃんはメモを見ると、「熊谷さんにやっぱり土日も入ってもらわないとね」といって笑った。


「やった! ありがとう」

「そのかわり約束ね。店はひなちゃんがコントロールすること。同窓会だからって羽目を外し過ぎちゃって店を汚したり、傷つけたりするようならすぐに退場させてね。それから責任をもって売上は管理してね。計算ミスとか、受け取り損ねることのないように」

「うん、分かった」

「姪っ子だから敢えて厳しいことを言うけど、約束が守れなかったら次はないからね」

「うん」


 一瞬厳しくなった口調に、事の重大さを感じ取った。約束が守れなかったら次はない。その言葉はハッタリや脅しではないと思った。





 クラス会の前日、私は夜の七時まで仕込みをして、準備万端で帰宅した。明日は朝からケーキを作らなくてはいけない。絵里子ちゃんはいないけど、熊谷さんがいるから二人でなんとかできるはずだ。

 帰宅した私は、鍵をあけて部屋に入った。

 短い廊下を歩き、ワンルームの部屋の電気をつけた。


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