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第四章 九兵衛早苗は幹事を任され、里見ひなたは動き出す side 明(5/5)


 こうなることが予想できていたから俺は手伝いたくなかったのだ。

 自分一人でできないことならしなければいいのに、早苗の中では「料理は、俺と一緒ならできる」=「あたしは料理ができる」に変換されていて、自分一人じゃできないくせに、晩ご飯を差し入れすると決めてしまうのだ。


「カレーは誰でも作れるんだよ」

「もう、お願い。ひなっちにはもう言っちゃったの。クラス会のお礼にカレー作って持っていくから、ひなっちはご飯炊いててねって」


「言ったものは仕方ない。なんとか自分でやるんだな」

「無理だよ! あたしがカレー作ったら、ジャガイモ全部なくなっちゃうもん」

「ジャガイモ? そういえば、さっき八百屋でどっちのジャガイモ買ったんだ?」

「どっちって? もう、あっきーったら、バカにしすぎ。さすがにジャガイモとサツマイモの区別はつくよ?」

「いや、そうじゃなくてだな……メークインと男爵イモがあるだろう? 男爵イモの方を買うと煮崩れしやすいぞ?」

「へっ? あれってそういう違いがあったの?」

「で、どっち買ったんだ?」

「メークインにしたよ。だってかわいいじゃん、メークって入ってるし、男爵イモは男臭くてどうでもいいから、買わなかった」

「それならいい。早苗一人でもきっとできるさ」

「いいじゃん、手伝ってよ。ひなっち、一人暮らしだし、美味しいもの食べてほしいの。あっきーも分かるでしょ? 一人だとご飯もついテキトーになるじゃん?」


 俺はため息をついた。


 どうせ無駄だろう。このまま断っていたところで、どっかで折れて手伝わされるハメになる。思えば早苗がカレーを差し入れしたいと言い出した時点で、俺は逃げるべきだったのだ。


 俺は早苗の家に戻ると、キッチンに立ってカレー作りを手伝った。俺たちがキッチンに立って料理をしていると、美央が「お二人さん、お似合いですなぁ」と囃し立ててくる。


 俺たちはそんなこんなでカレーを作り終えると、鍋を持って里美さんの部屋に向かった。


 早苗は里美さんの家に行ったことがなく、俺が案内することになった。

「ひえー、よく女の子一人でこの辺に住んでるね」


 里美さんのマンションに案内すると、早苗は驚いていた。

「前回来たとき、俺もそう思ったよ」


 俺は早苗に同意した。


 確かに里美さんの家は駅からかなり南に歩いたところにある。

 そのあたり一帯は、第七埠頭と呼ばれており、港区特有の大型倉庫と、製鉄工場がほとんどで、その隙間を埋めるようにぽつぽつと住宅がとある。


 すごく寂しいところだった。

「隣におばさんが住んでるから大丈夫なんじゃないか?」

「それでもあたしは無理。こんなところ夜遅くなったら帰れないよ」


 ふと目をやると、マンションの前には月極駐車場があり、公道と駐車場を仕切る金網には「不審者多発、注意」と書いた古い看板がくくりつけられている。

「まあ、大丈夫だろう」


 俺たちはマンションのエントランスに入り、郵便受けから里美さんの部屋番号を見つけ出し、インターフォンを鳴らした。

「はーい」

「もっしー、カレー持ってきたよ!」


 里美さんの声が聞こえ、早苗はインターフォンのカメラを覗き込んだ。

「げっ……後ろにいるのは月城?」

「そう。あっきーにも付き合ってもらったの」

「せっかく早苗ちゃんと二人で食べようと思ってたのに……」


 里美さんがうんざりしたように言う。

「良いよ、俺はカレー届けたらすぐ帰るから」


 熱中症で倒れた日以来、里美さんとはあまり口をきいていなかった。保健室の渡辺先生いわく、俺が熱中症で倒れたのを見つけて、運んでくれたのが里美さんらしいし、俺の体から熱を出すためにズボンを脱がせてくれたのかもしれないが、水道で水をかけられた一件もあって、里美さんが何かを企んでいるような気がしてならない。


 里美さんの方もあの一件以来、俺の方をちらちらと見ては、目が合うと怒ったようにぷいっと顔をそむけてくる。


 そんな俺が呼んでもないのに、家までやってきたのだから険悪なムードになるのも当然だ。

「もうすぐ喧嘩しないの」

「喧嘩なんかしてない」

「そ、そうよ。別に喧嘩じゃないわ。月城が来るなんて聞いてなかったからびっくりしただけ。せっかくだしあがってカレー食べて行きなさい。寛大な私が特別に許してあげる」

「ありがとう。世界で一番態度のデカい里美さんの部屋にあげてもらえて光栄だよ」

「ふん」


 里美さんが不機嫌そうに鼻を鳴らして、オートロックのドアが開いた。

 その後は三人でカレーを食べて過ごしたのだが、里美さんは始終、俺を怒ったような目つきで睨んできた。


 だが、里美さんが美味しい、美味しいと言って食べているカレーだって、ほとんど俺が作ったようなものなのだ。


 週末にクラス会を控えた木曜日はそうやって過ぎていく。


 週末はクラス会の一団に鉢合わせないように、ひたすら自宅にこもるつもりだった。


第四章 九兵衛早苗は幹事を任され、里見ひなたは動き出す<終>

次章 最終章 月城明は覚悟を決め、ひなたは月城を許す

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