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第一章 月城明は地元に戻り、妹への気遣いからヒロインから嫌われる side 明(4/10)

Side 明


 今の俺は誰の目もまっすぐ見返すことができなかった。目を合わせるどころか、顔を向けることすらできない。街を歩いていても、下を向いて、なるべく自分だということを気づかれないように背を丸める。


 一か月前にはなかった癖だが、もう何年も前からそんな生き方だった気がしていた。

 久しぶりに実家のある駅に降り立ったとき、感じたのは決まりの悪さだった。

 三月には十五年間暮らしたこの街に別れを告げて飛び出したはずなのに、一年と経たずにまた戻ってきてしまった。


 それも何かを成し遂げたわけでもなく、東京のレベルの低さにすっかり見切りをつけてきたわけでもない。


 ただ不眠症から不登校になったのが親にバレて連れ戻されたのだ。

 中学の友だちには「俺、東京で黒ギャルの彼女を作ってくるわ」と言ったのに、黒ギャル彼女ができるまえに、黒歴史ができてしまった。

 地元に帰ってきた以上、駅やコンビニで中学の友だちに会わないとも限らない。そんなとき、東京の高校はどうしたと聞かれたら、俺はなんにも答えられないだろう。


 だから、転校先もあえて知り合いのいない私立高校にした。

 晴れて編入試験にパスして、来週から高校に通うことになったのだが、正直に言うと実家に帰ったからといってすぐに学校に通えるとは思えなかった。


 まずはこの乱れ切った生活リズムを整えるためにと、昼前には起きて、遅めの朝食をとった。

「お兄ちゃん、学校は来週からだって、ずっと家で寝てちゃ駄目だよ? お陽さんにあたってセロトニンだか、ドーパミンだかを出さないと」


 今朝の七時半ごろだっただろうか。妹のさくらが制服姿で屋根裏部屋にあがってきて、そう言ったのだ。


 以前は黒髪ロングに、かなり重たい前髪をしていた。周囲と壁を作っているように、まっすぐ前髪を切り揃え、側面は重たい姫カットでガードしていたのだが。しばらく見ないうちにすきぎみの前髪からはつるりとしたおでこが覗き、姫カットもいくらか控えめになっている。


「俺に必要なのはロキソニンだよ」

 俺はちらりと目を開けて、一瞬妹を観察すると、すぐに毛布に潜り込んだ。

「ロキソニンは痛み止めでしょう? お兄ちゃんはちゃんと朝起きれるようにならないといけないんだから、セロトニンだか、ドーパミンだかが必要なの。ね、だから早く起きてお陽さんにあたってきなさい」

「ああ、痛い、痛い。耳が痛いから、ロキソニン取ってくれよ」

「もうお兄ちゃんしっかりしてよ。うちはカロナール派でしょ」

 さくらは呆れたように言って屋根裏部屋から出ていった。


 朝はそう言ったものの、昼を過ぎるとやはり日の光くらい浴びるべきだという気がしてくる。

明るいうちに散歩に行こうかと思っていたのが、ダラダラしているうちに四時になっていた。午後のうららかな陽光を浴びるつもりが既に日は傾きかけている。

 四時を過ぎると学校帰りの高校生をそこかしこで見かけるようになる。俺はそこに知り合いがいるのを恐れて背を丸める。


 ただあてもなく歩くのも辛いと思って、俺は駅前にある百円ショップに来ていた。

 陳列棚に並んだ収納グッズを眺める。

 家族とは冷たいもので、引っ越して半年もたたないうちにもといた俺の部屋は俺の部屋ではなくなってしまった。


 妹のさくらが熱帯魚を飼いたいと言い出した結果、俺の荷物はクローゼットに押し込まれ、部屋にいくつか水槽を置いて、一部屋全体を魚にやってしまったのだ。だから、実家に帰ってきた俺は三階の屋根裏部屋をあてがわれた。

 急の引っ越しだから文句も言えないが、ネオンテトラとか、ガーとか、アオガエルが八畳の洋室に住み、万物の霊長たる俺が屋根裏暮らしなのは悔しい。


 そんな屋根裏暮らしだから、俺は家族からも腫れもの扱いされているような気がしている。俺が憎まれ口をききながらも、素直に散歩に出かけたのは妹に対して負い目のようなものを感じているからでもあった。


「あれ、あっきー?」

 ささくれだった気持ちで収納グッズを漁っていると、横からそう声をかけられた。驚いて振り返ると、九兵衛早苗が立っていた。

 うわっ……。

 俺は慌ててくるりと背を向ける。


 一瞬だけだが、確かに早苗だった。あごのラインに沿って柔らかく内に巻かれたショートボブ。つやつやな髪質に、赤みが差した頬。ぷっくりとした唇が口を動かすたびに否応なく目につく。あれだけの美人は一瞬目に止まっただけで脳裏に焼き付いて離れない。

 三月に会ったきり少しも変わってなかった。


「ひ、人違いです」

「あ、やっぱりあっきーじゃん。なんでこんなところにいるの?」

 早苗は俺の肩を掴むと、横から俺の顔を覗き込んでくる。俺は慌てて反対側に首を回した。

彼女にだけは見られたくなかった。

 早苗は小学校からの幼馴染で、中学でも三年間同じクラスだった。俺が東京の高校に行くといったとき、人一倍寂しがっていたのが彼女で「サヨナラだけが人生だ。これからは別々の道を進むんだ」なんて、漢詩の引用までしてカッコつけたことを言ってしまった。それがどうした。俺はもう地元にいる。

 何が「サヨナラだけが人生だ」だ。


「ひ、ひとちがいです……」

 俺は声色を変えて言った。

「間違えられた人が人違いですなんて言わないでしょ。ねえ、どうして顔を隠すのよ」

「だって、本当にぼくはあっきーとやらではありませんから」

「それならこっち向いてよ。人違いなら謝んないといけないじゃん」

「謝ることなんてないんだよ」

「だって間違ってることしたら、ちゃんと謝らなきゃ。ほら、こっち向いて」


 早苗は後ろから腕を掴み、強引に振り返らせようとしてくる。俺は百均の棚にかじりついた。このまま顔を見られたらもう言い逃れはできない。なんとか彼女に納得して引き下がってもらわなければ。

「あなたさまがあまり美人だから、目を合わせたら好きになっちゃいそうなんだ」

 俺はぐいっと首をそらし、苦し紛れの言い訳をする。

「え……えへへ……そ、そうかなあ……」

 早苗は見え透いたお世辞を真に受けて、引っ張っていた手を離し、恥ずかし気に顔を覆う。

 ガツン――


 急に腕を離された俺は勢い余って、百均の棚でしたたかに鼻を打った。


「いてっ……いたいよ……いたい……」

「だ、大丈夫?」

「だ、大丈夫です。ということで、ぼくはこの辺で……」

「だめだって、だって絶対あっきーだもん。ねえ、こっち向いて」

「いやです。ぼくは今すぐおうちに帰りたいんです」

 それは本心だった。お外は怖い。誰にも会いたくない。一人暮らしすらまともにできずに、二学期には実家に連れ戻された俺はもう誰にも会いたくないのだ。

 後ろからアゴを掴もうとする早苗を振り払おうとした、そのときだった。ブチン、と何かが千切れるような音がする。


「あ、胸元のボタンが飛んじゃった……」

 早苗が慌てた声を上げた。


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