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第四章 九兵衛早苗は幹事を任され、里見ひなたは動き出す side 明(4/5)

 制服から私服に着替えるとかぶりなれないキャップを被って、マスクをし、伊達眼鏡をかける。こうでもしないと商店街のおばちゃんに見つかったら、俺が地元に戻ってきていることが商店街の端から端まで伝わりかねない。

「ありがと、じゃあ、行こっか」


 俺は部屋を出ようとする早苗の腕を掴んだ。

「ちょっと待て」

「ん?」

「早苗はただでさえ買い物が下手なんだ。メモもせず買い物なんか行ったら、ほしいものも買えなくなるだろう? ほら、ちゃんとメモを取って行け?」


 俺は早苗に付箋を手渡した。

「でも、その日一番いい素材を買った方がよくない?」

「カレー作るやつが生意気なんだよ。そういうのは料亭のオヤジが市場で言うセリフだ」

「カレーじゃないよ。カリーだよ」


 早苗はやたらとネイティブな発音で言った。

「いや、発音なんて聞いてないから」

「ちなみにルーじゃなくて、ルゥね?」

「やかましいわ」


 早苗を小突いて、買い物リストを作らせた。

「でも、何買えばいいか分からないんだもん。あっきー、カリーの作り方ってどうするの?」

「一々、耳につく発音だな。カレーの作り方なんて普通のやつしかないだろ」

「その普通が分からないんだって、あっきー、一人暮らししてたんだし教えてよ!」

「早苗、カレーの作り方も分からないのか!?」

「カレーじゃない、カリーね?」

「とにかくメモしろ? ニンジン、ジャガイモ、豚肉、玉ねぎ」


 俺は思いつく野菜を適当にあげた。

「あ、あとルーね?」

「ルゥじゃなかったのかよ。自分で言ったノリくらい守れ?」


 俺は早苗の頭にぽんと手を置いた。

「じゃあ、しゅっぱーつ」


 俺は早苗の後に続いて外に出た。

 夕陽を浴びながら歩いていると、東京でも俺はこの時間に買い物に行っていたっけと思い出した。

 精神的に元気だったときは三日に一度くらいは料理をしていた。

それを三日かけて食べながら、その都度お惣菜を買ってきて付け足す。

例えば、カレーなら一日目は普通のカレーで、二日目にはエビフライや白身魚のフライを買ってきて、フライカレー。三日目はダシでルーをゆるめて、そこに冷凍うどんを入れてカレーうどんにする。


 料理をするのは楽しく、手際もそれほど悪くはなかった。

 味もなかなか美味しいのだが、どこか所帯じみたやりくりを一人でこなすのは、虚しくもあった。誰かが「おいしいね」と言ってくれれば、それだけで報われたところはあるだろう。

「そこのショッピングモールにしようよ」


 俺は駅の方角を指さした。

「えー、八百屋さんの野菜が安いじゃん?」

「ふだん野菜なんか買わないだろ」

「でも、前通ってて安いと思うし」

「分かった、分かった。まあ、良いんじゃないか? 地元の商店も潤うしな」


 俺は念のために持ってきたマスクを装着した。

「俺は店に入らないからな。遠目から見守ってるから、自分で買ってきたら?」

「おっけー、ちゃんと間違ってたら注意してね」


 商店街に入ると早苗はさっそく魚屋に入りはじめた。メモに魚はなかったはずだが、魚屋のおっちゃんと顔見知りで、呼び止められて、ノリで中に入って行ったのだ。

「おっす、早苗ちゃん今日は何にするの?」

「やっほー、今日はカレー」

「そうか。ところで今日はアジのお刺身が美味しいよ?」

「え、アジのお刺身!? でも、今日はカレーだし……」

「良いから、良いから。買ってきなよ。よく脂がのってて美肌効果もあるよ? もっとも早苗ちゃんくらい美人だったら、美肌効果なんて必要ねえか」


 魚屋のオヤジはそういってガハハハッと豪快に笑った。

「もう、そんなことないってば! ニキビもすぐできるし」

「そうかい? 肌のためにはやっぱり良い脂を取るのが大事だからなあ。まあ、早苗ちゃんには関係ないよな。その調子じゃ学校でもモテて困るだろ!」

「もう、おっちゃんってば、盛りすぎだって! えへへ……いや、本当にあたしなんて全然だし、お肌もちゃんとしなきゃだし……アジのお刺身いくら? 六百円? 安いねえ。じゃあ一個ちょうだい」

「あいよ」


 早苗は見え透いたお世辞に乗せられて、ニヤニヤと頬を緩ませて戻ってきた。

「何一つあってねえええええええええええ」

 俺はにやけ顔の早苗に全力でつっこんだ。

「へ? どこがあってない?」

「メモにないもの買うんじゃねえよ!! それとおっちゃんのお世辞を信用するな!!」

「え、ウソ? 全然ダメ?」

「それと初手で刺身を買うんじゃねえよ!! 今から、八百屋行って、肉屋よって、スーパーでルーも買うんだろ? いたんじゃうから! せっかくの美味しい刺身が痛んじゃうから!」

「ええ……、じゃあどうしたらいい?」

「急いで買い物して帰るしかないだろ。一時間以内に帰って冷蔵庫に入れたら大丈夫だ」

「あ、あっきーあれ見て!! 今日カラオケ半額だって。ちょっとよってかない?」

「早苗、それお刺身にも同じセリフ言えんのか?」

「むう、分かったってば」


 次に早苗は肉屋に寄った。肉屋のおばちゃんと何か話し込んでいる様子だったが、早苗はちゃんとショーケースのカレー用の豚肉を指さし、代金を支払って戻ってくる。

「あっきー、見て見て! この背脂、一キロ300円だったんだよ? 安くない?」

「背脂1キロも買うんじゃねえええよおおおおお!! アジの美肌効果が台無しだから、良質な脂が泣いてるから!」

「良いじゃん。これでにんにく背脂作ろうよ。ラーメンに入れたらぜったいウマいじゃん?」

「はあ……お母さんは料理しないからね。勝手にしてね?」

「え、なんでうちのママの口癖知ってるの?」

「全人類が同じこと言うんだよ」


 俺はため息をついて歩き出した。

 次に早苗は八百屋に寄った。八百屋のおっちゃんもかなりの口達者で、早苗を美人だ、美人だと褒めまくる。早苗はそのたびに「えへー、そうでもないけどなあ、普通だし?」といってニヤつき始める。


 早苗はお世辞にのせられては、カレーには到底入りそうもない、春菊を買って戻ってきた。

「じゃがいもとにんじんは買ったんだろうな?」

「もち! よし、これで準備は万端!!」

「良かったな」

「じゃあ、あっきーカレー作るの手伝って?」


 早苗はイタズラっぽいネコ目を俺に向けた。

「はあ? 手伝わないって言っただろ」

「いいじゃんか、あたし、料理苦手だもん。あっきーは一人暮らししてたんだし、結構料理できるんでしょ?」

 

 俺はほら、始まったと思った。

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