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第三章 妹たちは勝手な計画を立て、月城明は誤解する side ひなた(12/15)


 昼休みになると、私はあえて月城から離れて彼の様子をうかがう。教室の入り口に陣取っている大人しめの女子グループが私のグループだ。

 そこで話し込んでいるふりをしながら、月城の様子をうかがう。


「月城、お前なんか顔赤いぞ?」


 昼休み、クラスの男子がそう言って月城を覗き込んでいた。

 彼は野上大地。


 なんでもよく気が付く性格のようで、いつもは輪に入ってくる月城が、机に肘を置いて、ぼうっとしているのを見て、様子を見に来たようだ。


 月城は荒い息をしながら、下敷きで顔をあおいでいた。額にはすごい汗で、とろんとした目をして、ゆらゆらと下敷きを動かしている。


「そうか? 多分、大丈夫だろ」

「お前、熱中症じゃね? 水は飲んだか?」

「ああ、一応水筒に入れてきた分はな」


 月城は気だるそうに答える。

「なくなったのか? 汲みに行ったらどうだ」

「いや、それがさ、この前、意地悪な女に水かけられて、それ以来行かないようにしてるんだよな。


 あの女、俺にパンツを履かせようと思って、水をかけたんじゃないかと思って……」

「なんだよ、それ」

「なんか、最近、やたらと俺にパンツを履かせたがる女が多いんだよ。なんか女子らが結託して、俺を虐めるつもりなんじゃないかと思ってさ、だから警戒して水場には近づかないようにしてるんだよ」

「お前、それ自意識過剰ってレベルじゃねえぞ?」

「知ってるよ、でも事実なんだから」


 月城はそれからこの前の出来事を野上に話し始めた。一応、私に気を使ってか、私の名前は伏せてくれる。

「確かに、いつだったか、お前サイズの合わないズボン履いてたもんな。山賊の胸毛かってくらいごわごわのズボン」

「その日だよ」


 いつもならその変な例えにツッコミくらい入れるはずだが、イマイチ乗ってこない月城を野上は心配そうに見る。


「確かに女子のいじめは陰湿でバレにくいって言うけどさ、案外気のせいだったりするぞ?」

 月城はぼうっと前を見つめたまま言う。

「俺はもう確信してるんだよ。次は誰かが色仕掛けで俺にパンティを履かせてくるんだ。それで俺がパンティを履いたまま体育でもやってるとするだろ? そしたら、後ろから誰かがズボンを下ろしてパシャリ。それ以降、インターネットの晒しものだよ」

「それマジで?」

「マジだと思うぜ。俺って、季節外れの転校生だろ? 格好の標的じゃないか」


 どうやら月城は私を警戒して、水汲みをやめたらしい。

 でも、その日は真夏が戻ってきたような猛暑で、月城は明らかに熱中症になりかけていた。

「ダメだ、暑い。さすがに倒れそうだ」

「水飲めって」

「そうだな。ちょっと食堂で涼んでくるわ」

「そうしろ、そうしろ」


 月城はふらふらと立ち上がると、教室を出ていく。私はその後を追った。

 でも、月城は食堂にはたどり着かなかった。食堂の上の階、職員室と保健室のある二階まで来たとき、彼はふらりとよろけると、そのままバランスを崩して倒れ込んだ。

 ドタッという鈍い音がして、振動が私の靴の裏にまで響いてくる。

月城はうつぶせのままほとんど動かない。

 びっくりした私は慌てて月城に駆け寄った。


「ちょっとあんた大丈夫?」

「はあ……はあ……ちょっとめまいが……」


 月城は苦しそうな呼吸を繰り返している。吐息は怖いくらい湿気を含んでいて、触れた身体はすごく熱い。

 助けを呼ぼうと周囲を見渡したけど、タイミングが悪く、生徒も教師も通らない。二十メートル先に保健室のプレートが見える。あそこまでなら私一人でも運べるだろうか。


「あんたバカじゃないの? 水道に行けないなら自動販売機で水くらい買いなよ!!」

 私は保健室まで彼を引きずって言った。月城は立って歩こうとする意思はあるらしく、身体を引っ張って立ち上がらせると、私によりかかりながらも自分から歩いてくれる。

 肌の触れあっているところから、熱が伝わり私の身体まで火照ってくる。

「先生、月城が熱中症!」


 私は保健室に入って言った。

「あら、大丈夫?」

 渡辺先生は私たちに駆け寄って来る。


 渡辺先生に手伝ってもらって、月城をベッドに運び込んだ。

 それから渡辺先生が冷蔵庫からスポーツドリンクを出してくれる。

デスクの奥にある流し台に洗って伏せてあるコップがある。私はそのコップにスポーツドリンクを入れると、月城の身体を起こした。


 しんどそうに目を閉じているので、私は彼の手を取ってコップを持たせてやる。

 月城は緩慢な動きでそれを口元に運ぶ。


「ありがと……」

 朦朧とした様子で月城が言う。

 渡辺先生は冷蔵庫から保冷剤を取り出して月城の脇に挟ませ、首元とおでこにも同じように保冷剤をあてる。


「お水は飲めた?」

「はい」

 月城が答えた。

「意識はあるのね」

「はい」

「倒れたの? 頭うったりとかは」

「それは大丈夫だと思います」


 私は言った。足がもつれるようにして、前から崩れ落ちたから、頭を強く打ったりとかはしていないはずだ。

「そう。じゃあ、しばらく休憩して様子を見ましょう。しっかりお水を飲んでね。里見さん、これ」


 渡辺先生は私にうちわを手渡してくる。私はベッドの横に丸椅子を持って行って、月城をあおいだ。

「まだまだ暑いからねえ。気をつけないと」

「そうですね……」

「午前中体育だったの?」

「ええ、まあ……」

「体育の先生には気を付けるようにって言ってるのに。分かってないといけないはずなんだけど……」


 渡辺先生は厳しい口調で言う。

「先生は悪くないんです」

「そうなの? 月城くんが無理をし過ぎた感じ?」

「まあ、そんな感じです……」


 その間に腕をケガした男の子がやってきて、渡辺先生はそっちに手を取られてしまう。

 けがをした男子生徒がちらりとこっちを見たので、私は慌ててカーテンを引いた。

 男子生徒の遠慮のない視線が私を非難しているように見えた。

 月城はしばらく辛そうな様子で無理にスポーツドリンクを飲んでいたが、しばらくすると身体が冷えてきたのか汗も引いてきて、顔色もよくなってくる。

 そのうちにすやすやと静かな寝息をたてて眠り始めた。


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