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第三章 妹たちは勝手な計画を立て、月城明は誤解する side 明(10/15)

 その腕にはなぜかピンク色のパンティが握られていた。

「はい、ちょうど替えのパンティを持ってきてたから、それを履きなさい」

 里見さんが機嫌悪そうに言った。

「いや、履かないけどっ!?」


 俺はそう言いながらも里見さんのパンティから目が離せなかった。本当に洗ってあるパンツのようで、しわ一つなく綺麗にたたまれている。ただ完璧な新品かと言えばそうでもなく、何回か履いたものか、ゴムのところが微妙にくたびれている。


 里見さんはよほど恥ずかしがっているのか手のひらまで赤くなっていて、この調子じゃ顔は真っ赤だろうなと想像がついた。


 女の子は何かと汚れることもあるのだろう。替えのパンティを持ってきていることがあっても、不思議ではないが、俺がびしょ濡れになったからってそれを貸すのだろうか。


「きれいだから、履きなさいよ」

「そういう問題じゃないだろ! 第一、女物のパンティなんて履けないから」

「変に意識しないで、ただの布切れだと思えばいいでしょう? 月城を濡らしちゃったのは私なんだから、貸してあげるって言ってるだけ」

「月城くん? そのズボン、ノーパンで履かないでね?」


 俺たちの会話を聞いていた渡辺先生が悪戯っぽい声をあげた。

 俺は逃げ道をなくして、パンティを見た。


 里見さんが普段履いているパンティ、里見さんのお尻とか、股とか、大事なところとかを包み込んでいるそれが、俺の股間に触れあうところを想像して、頭をぶんぶん振った。


「そもそも、里見さんだって嫌だろ? 里見さんが履いたパンツを俺が履くとか」

「ええ、聞いただけで吐き気がするわね。あ、ちょうどこんなところにエチケット袋が」


 里見さんがそう言って、カーテンの隙間から手を伸ばす。

「おい!! それ俺のズボンの入った袋だから!! そこに吐いたらぶっ飛ばすからな!?」


 俺は慌ててビニール袋を取り上げた。

「冗談に決まってるでしょ。イヤはイヤだけどしょうがないじゃない」

「じゃあ、わざわざ貸すことなんてないよ」

「良いから履きなさいよ。月城が履かないなら、私がパンティ見せただけ損じゃない……」

「いや、里見さんが勝手に見せたんだろう! 俺はノーパンで履いて、ズボンを弁償する!」


 俺はそう言ってズボンに片足をつっこんだ。

「だめよ、ノーパンなんて変態みたいじゃない」

「いや、パンティ履く方が断然変態だろうが!!」


 俺のツッコミに里見さんは答えなかった。なんらかの返事が返ってくるものと思っていたのだが、里見さんは黙り込んでしまい、俺たちの間に気まずい沈黙が流れる。


「何? この状況でも私のパンティを履かないって言うの?」

 里見さんは小さな声でつぶやいた。

 その一言は俺へ向けられた質問と言うより、独り言のようだった。


「月城はやっぱり私のことが嫌いなんだ……。だから、私のパンツはキモくて汚くて、履きたくないって思ってるんだ……そう考えれば納得よね。月城は出会う前から私のことが嫌いだったもんね」

「いや、出会う前は嫌いにはなれないだろ」

 俺は思わず里見さんの独り言に返事をしていた。

「あんたに喋ってんじゃないわよ、勝手に独り言聞かないで! この腐れ汁!」

「腐れ汁はヒドくない? 腐れは良いけど、せめて固体でいさせてよ」

「腐れ汁の煮こごり!」

「煮こごりにするなよ。あんなの火通したらすぐ腐れ汁に戻るじゃねえか」

「あっそ、じゃあ、そのまま死ねば?」

「里見さんは、優しいのかな、優しくないのかな!?」


 俺は全力でツッコんだ。パンツを貸してくれるほど優しいかと思えば、急に俺を罵ってくる。俺には里見さんが優しいのか、優しくないのか全然分からない。


「私はあなたが濡れたままじゃかわいそうだと思ったから連れてきてあげただけよ」

「やっぱり優しいんだね? 根っこの部分では優しいんだね?」

「私は心の広い人間だからね。ケーエスジーアールにもやさしくするのよ」

「ケーエスジーアールって俺のこと? どういう意味だよ」

「腐れ汁の略よ」

「あ、やっぱり優しくないね!? 悪意百%だね!!」

「あんたたちよくそんな下らないことでケンカできるわね?」


 俺たちがカーテン越しに睨みあっていると、渡辺先生の呆れた声が聞こえた。

「こいつがパンティを履かないから」

「里見さんが、絡んでくるだけです」

「もう分かったわよ。ちょっと待ってて」


 渡辺先生はそう言いながら、棚の中を漁り始めると、白い塊を出してきた。

「はい、これ、使い捨てのオムツよ。パンティが嫌ならこれ履きなさい」

「な……」


 それはまごうことなき大人用のオムツで、ごわごわした白い繊維質の塊が渡辺先生の細い指の上で、妙な光沢を放っている。

 里見さんがニヤニヤした様子で俺とオムツを交互に見る。

「月城も、流石にオムツよりかはパンティが良いわよね? こんなの履いたらズボンの中ごわごわよ?」

「どっちにしろ、あと六十年もしたらお世話になるんだ。渡辺先生、それかしてください」


 俺は赤髪の保健医の白い指から、オムツを受け取ると足を通して、テープで股間に巻き付ける。

 いい加減、下半身丸出しのままで身体が冷えてきたところだった。

 俺はそのまま保健室の制ズボンを履くと、カーテンを開けた。


「教室に戻るぞ」

「な……」


 すっかり制服姿に戻った俺を見て、里見さんはショックを受けているようだった。

「なんだよ?」

「あ、あんた今何したのか分かってるんでしょうね……?」


 里見さんは顔を伏せて、ぷるぷると震えていた。

「なんだよ」

「あんたは今、女の子のお気に入りのパンツを履かずに、クソダサいごわごわオムツ選んだのよ?」

「それがどうかしたのか?」

「やっぱりあんたは大嫌い!! 絶対許さないんだから!!」


 里見さんはそう言うと床を踏み鳴らすように保健室を去っていく。

「なんだアイツ」


 俺たちの様子を真剣なまなざしで見つめていた渡辺先生が、うん、うんと二、三度頷いた。

「はあ、こうやって日々の労働が報われるのよねえ」

「今のにやりがいを感じる要素ありました?」


 俺は顔をしかめると、昼休みが終わる前に急いで教室に戻ることにした。



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