第三章 妹たちは勝手な計画を立て、月城明は誤解する side 明(9/15)
その二日後のことだった。
昼休みに弁当を食べ終えた俺は校庭の横にある水飲み場に水を汲みに行っていた。
二学期が始まってもまだまだ暑い日が続き、水筒の水はすぐになくなる。
食堂の自動販売機で飲み物を買えばいいのだが、俺は高校を退学になって実家に連れ戻された身で、私立高校に通わせてもらっている。親に気を使ってお金をほしいとは言いづらく、毎日ここまで水を汲みに来ていた。
別にほしいといえばお小遣いくらいくれると思う。
それでもお金が欲しいと言えないのは俺の問題だ。
出戻りの決まり悪さは理屈ではない。
親に気を使い、妹の顔色を伺い、地元の友だちを恐れ、一人暮らしすらまともに出来なかった自分を責める。
疲れ果てて帰ってきた夜なんかは、ずっとそんなことを考えるし、学校で楽しく過ごしているように思えるときも、無意識に卑屈になってしまう。
そんな出戻りしぐさが完全に板についた俺は、その日も校庭脇の水飲み場に水を汲もうと近づいた。
前には制服姿の女子がおり、蛇口を握って水の向きを変えようとしていた。
俺の方からは少女の背中が見え、見覚えのある緩く巻いたツインテールが揺れている。
体育で転んで、足が汚れたのか靴を脱いで素足になっており、近づいてきた俺をちらりと振り返って確認すると、慌てたように水の勢いを強めた。
「あ、良いっすよ。全然待つんでゆっくりやってくださ――」
俺がそう言い終わらないうちに後ろ姿の女子がさっと横に避けた。途端に、少女の指が蛇口を塞いだのか、大量の水道水がビーム状に俺に伸びてくる。
俺はなすすべもなく下半身、それも制ズボンの中央股間部分に大量の水を浴びた。
「あ、ご、ごめんなさい! 水かかっちゃったー」
よほど驚いたのか少女のうわずった声が棒読みのようになっていた。
「うわあああ」
俺は情けない声を出して後ずさった。しかし、その程度では水を避けることができず、制ズボンは完全にびしょ濡れになっている。
「さ、里見さん!?」
振り返った少女は隣の席の里見さんだった。
「ほ、ほんとごめんなさい」
里見さんは俯きながらしおらしくそんなことを言ったが、俺は彼女の口角がにやっとあがるのを見逃さなかった。
「え、今のわざと? わざとやったの?」
「いいえ、違うわ。本当にたまたまよ」
「で、でも、今笑ったよな? 俺の濡れてる姿見て笑ったよな?」
「そ、それは笑ったんじゃなくて、ちょっと安心しただけよ。三年生の男子生徒にかけちゃったらどうしようって、びくびくしてたら、月城だったから、月城だったら、まあ良いかって安心しただけ」
「よくはない!!」
「ごめん、ごめん、濡れた服、どうにかしないとね」
里見さんは言うと、素足のままローファーを履いて、立ち上がった。
里見さんは俺を連れて保健室に行った。
「あ、渡辺先生、月城のズボンが濡れちゃったんだけど、替えの制ズボンってありますか?」
里見さんは奥のデスクに座る渡辺先生に声をかけた。
すらりとした若い保健教諭で、私立高校ならそんなことも許されるのか、真っ黒い地毛に赤いエクステをつけている。エクステをつけた地雷系の保健室の先生なんて聞いたことがないなと思いながら、俺は保健室に入った。
「あら、里見さん、優しいのね。男の子の制ズボンあったかしら」
渡辺先生はそう言いながら、保健準備室に入って行き、制ズボンを一着持ってきてくれた。「今、寝てる子いないから、そっちのベッドで着替えて良いわよ。カーテン閉めてね」
「ありがとうございます」
俺が制ズボンを受け取り、ベッドの方まで行くと里見さんが何気なく俺の後ろについてくる。
「なんで一緒に入るんだよ」
里見さんが一緒に中に入ろうとするので、俺は慌ててカーテンを掴んだ。
「手伝ってあげようと思っただけよ。タオルもいるし、濡れたズボンは袋に入れないと駄目でしょ?」
「良いよ、自分でやる」
俺は里見さんを押し出すと、カーテンをぴったりと閉め切って、ズボンとパンツを脱いで濡れた肌をタオルで拭く。
「パンツまでぐしょぐしょだ。どうしようかな」
俺が何気なくつぶやいたそのときだった。
急にカーテンが五センチほど開いたかと思うと、にゅっと里見さんの手が突き出てきた。俺はびっくりして、その腕を凝視する。