第三章 妹たちは勝手な計画を立て、月城明は誤解する side 明(8/15)
一週間が経ち、二週間が経ち、二度目の金曜日をやり過ごしたときにはもう、手紙のことなんか忘れていた。
隣の里見さんがそのことを聞いてきたとき、俺ははじめ何のことを言っているのか分からなかったくらいだ。
「そういえばさ、月城、あんたこの前手紙か何か貰ってなかった?」
「ああ、そういえばそんなこともあったな」
里見さんとは仲直りの印を送って和解したものの、仲良くなるでもなく、よそよそしいお隣さん付き合いが続いている。仲直りはしても馴れ合うつもりはないらしく、俺から話しかけてもほとんど気のない返事をするか、不機嫌なときはなにも言わず睨みつけてくる。嫌われているわけではないのだろうが、女子は薄っすらと男子のことが嫌いと聞くから、まあ「警戒されている」くらいが妥当な評価なのだろう。
だから、最近では俺から話しかけることはほとんどなく、ふと里見さんが俺を睨んでいるのに気が付き、気の弱い愛想笑いを向けると、ぷいっと目をそらされる。そんなことが一日に一度あるかないかだ。
だから、里見さんから話しかけてきたときにはちょっとだけ驚いた。
「それで、手紙の内容ってなんだったのよ」
「んー、なんかラブレターみたいな?」
そういえば今でも屋根裏部屋の収納棚に入っているんだよな、とパンティの存在を思い出した途端、ドクンと心臓が跳ねた。悪いことをしていないのに、背徳的な気分になる。
「で、その子の気持ちには答えてあげたの? あげなかったの? それともまだ考え中?」
「い、いや、その子には悪いけど、断ることにしたよ」
俺はシルクのパンティの肌触りを思い出して少しどもった。
「どうしてよ? 別にいきなり付き合うとかそういう話ではなかったんでしょう? ちょっとくらい歩み寄ってみてもいいんじゃないかしら」
「え、なんで知ってるんだ?」
「い、いや、違うのよ。月城って転校生でしょ? 転校してきてすぐラブレターを貰ったってことは、向こうはまずは仲良くなるところから始めたがるんじゃないかって思っただけ。これが入学から一緒とかだと、いきなり付き合おうってラブレターがきてもおかしくないけどね?」
里見さんは慌てた表情で手をぶんぶん振りながら言った。
「なるほど、さすが里見さんの推理力は大したものだな」
「でしょ、でしょ? それでもやっぱり歩み寄らないわけ?」
里見さんは探るような目つきをした。クールに見えてもやはり女の子なのだろう。この手の話題は好きと見える。
「まあな、向こうからの頼みごとがちょっと変だったからさ、なんかストーカーみたいになられるのも怖くてやめちゃったよ」
「そ、そう……じゃあ、なにか他の作戦を考えないとね」
里見さんが独り言のようにそう呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
「え? 作戦を考えるって何が?」
「ひいぇ? き、聞いてたの?」
びくんとして里見さんの身体が五ミリほど宙に浮いた。
「いや、普通に聞こえてたけど」
「こ、これは、ストーカーみたいになられたら困るだろうから、なにか作戦を考えないとって意味よ」
今日の里見さんは全体的に感情の起伏が激しいように思う。
「ああ、ストーカー対策」
「そうそう。月城的にはなにかあるのかしら? ストーカー対策は。あえて、相手の言うことを聞いてみるのも手よ? 要求がエスカレートするかもって言うけど、一つ要求を聞けば満足して引き下がってくれるかも」
「いや、とりあえずは無視するのが一番なんじゃね?」
「そ、そうよね。私もそう思う」
里見さんはそう言って緩く巻いたツインテールをいじりはじめる。
「でも、今日の里見さんはよくしゃべってくれるな」
俺は冗談めかして言った。
「へ?」
里見さんがきょとんとした顔をする。
「いや、だっていつもは会話になってもすぐむすっとしちゃうし、なんか俺のこと睨んでるときもあるだろ? あの日里見さんの家まで行って、急接近しちゃった分、ちょっと気まずい雰囲気だよなって思ってたんだよな」
「そ、そうね……まあ、そういう面もあったことは否めないかしら」
「でも、今日はよく喋ってくれる。もしかして、一人暮らしで会話に飢えてるとか?」
俺は心配になって里見さんを見た。俺も一人暮らしのときはたまに、こういうことがあったのだ。会話がない生活が続きすぎて、急に仲良くもない女子に話しかけたり、周りが引くほど饒舌になったりしたものだ。
「そ、そうなのよ。一人暮らしってやっぱり孤独でしょ? だから、たまには会話がこいしいな、なんてね?」
「分かるよ。俺もそうだったから。里美さん、俺でよかったらいつでも話しかけてくれていいよ。俺も里美さんの気持ちがわかるから、別に変な勘違いしないから」
「あ、ありがとう……そ、そうする……」
里美さんはどこか困ったような笑みを浮かべていたが、最後には真剣な表情でこくりと頷いた。




