第三章 妹たちは勝手な計画を立て、月城明は誤解する side 明(7/15)
家に帰って、屋根裏部屋にあがる。部屋着に着替えたところで、妹のさくらが梯子を登ってやってきた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、郵便だよ!」
さくらはどこから調達してきたのか郵便配達員の帽子をかぶり、斜め掛けの鞄をごそごそと開き始める。
「また下らない遊び始めたな? どうせ早苗の妹だろ?」
俺は顔をしかめて言った。どっちかと言えば大人しく、控えめなさくらが、一人で郵便屋さんごっこなんか始めるわけもない。っていうか、中学生女子ってもっとませているだろう。
いまだに郵便屋さんごっことかしたいものなのか?
「こちらにサインお願いしますー」
手書きの受取書にはきっちりサインの欄まで書かれている。
「手紙はサインいらないだろ」
「いいから、いいから」
今日は手紙ばかりだな。俺の知らない間に時代が昭和に戻ったか?と思いつつ、俺はあて先を見た。
封筒の裏に九兵衛早苗という名前を見つける。
「え……」
さっき、もう二度と手紙なんてしないって言っていたのにと思いつつ、時間的にもこれがそのあとに書かれたものではないと理解する。
早苗が妹の美央に手紙をことづけ、美央がさくらに渡して、それが俺の元に来たのだろう。最低でも一日から二日のラグはあるはずで、とすると、さっきの喧嘩よりも前に書かれていたことになる。
俺は封を開いて、中の手紙を取り出した。
「手紙が違ったんだ」
俺は早苗の手紙を読み始めて言った。
そこには早苗らしい気取らない文章で、俺が帰ってきたことが嬉しかったと綴られていた。俺が地元の友だちに会わないように、びくびくしていることを気にしているらしく、彼女なりにフォローをしてくれている。
手紙はそれだけだった。別に愛の告白もなければ、パンティに関する倒錯した欲望も書かれていない。ただ、俺を励まそうと思って書いてくれたようだ。
過剰に気を持たせるような香水もなく、字も早苗らしい少し崩れた丸文字だ。それだけに改まって手紙を書くなんて、と照れながら一生懸命書いてくれたのが伝わってくる。
「どう? お兄ちゃん?」
さくらが覗き込んでくるので、俺は慌てて手紙をたたんで封筒に入れた。
「どうって?」
「お返事書きたくなった? なったよね?」
「まあ、そうだな。さっきのことを謝るついでに返事でも書くか」
「え、お兄ちゃん、早苗ちゃんと喧嘩したの?」
「ああ、でも、俺の誤解だったんだよ。変な手紙を出してくる女がいたからさ、そっちが早苗だと思って、ケンカになったんだ」
誤解だと分かれば、仲直りもできそうだと気を緩める。
「そ、そっか。誤解が解けてよかったね」
「ああ、良かった、良かった……ってよくねえよ!」
いや、だってあの手紙の送り主が早苗じゃないのだとしたら、あの手紙は誰が送ってきたんだ? 本当に俺にひとめぼれした女の子が居て、その子が悶々とした気持ちを伝えてきたのだろう。
それは誰だ?
何もかもが解決したような気がしていたが、問題がスタート地点に戻っただけだ。
それに、早苗に俺、なんて言った? 付き合おうとか、まるですでに両想いみたいなノリで話してしまった。きっと今頃、急に付き合おうとか言い出してドン引きしているはずだ。
俺を気遣った純粋な優しさに対して、俺は自分のことが好きみたいな感じで扱ってしまったのだ。
ヤバい、恥ずかしい。
「と、とにかく明日までに手紙を書くから、明日、美央に渡しておいてくれないか?」
「おっけー!! 切手を貼るの忘れちゃ駄目だからね?」
さくらが面倒くさいことを言い始める。
「切手なんかいらないだろう。別にポストに出すわけじゃないんだから」
「だめだよ! 切手がなかったらまた戻ってきちゃうからね?」
「はあ……それならいっそのこと消印スタンプも買ったらどうだ?」
「あ、それいいね! 明日、ホームセンターで探してくる」
「いいね!じゃないんだよ、今のは皮肉だ。さくら、本気にするなよ! お金が勿体ないから!!」
「良いの良いの、美央ちゃんと割り勘するから!!」
なんて言いつつ、さくらはハシゴを降りていく。
「はあ……なんか、大変なことになってきたな……」
俺はため息をついて、とにかく一度休もうと布団によりかかった。
それから二日がたち、俺の手紙は無事、さくら、美央を経由して早苗のもとに届いた。
あのときはもう一通、別の手紙が届いており、それを早苗が送ってきたものと勘違いしていたと、手紙の中で説明した。早苗の手紙に慰められたことを告げ、あのとき言ったセリフは勘違いから出たものだから、すべて忘れてほしい、そのうえで、これからも仲良くしてほしいとだけ書いた。
早苗は機嫌をなおし、俺たちの喧嘩は無事収まった。
送り主不明の手紙に関しては、あれ以降特に何も起きていない。
結局、俺はその手紙を無視することにしたのだ。
ここで俺が履いたパンティをその子に返しでもしたら、段々要求がエスカレートしてストーカーみたいにならないとも限らないしな。