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第三章 妹たちは勝手な計画を立て、月城明は誤解する side 明(6/15)

 放課後になるころには、俺は十年は老け込んでいた。げっそりした顔で、ホームルームをやりすごし、緩慢な動きで帰り支度を始める。


 ハッキリ言ってもうダメだ。


 午後から手紙のことしか考えられない。まずこの手紙をくれた女の子はどんな子で、俺が会いたいと言ったら会ってくれるのだろうか。もう俺の中では顔も知らない女の子に理想が膨らんでいく。


 そして、その子ともし仲良くなったら……向こうは俺のことを憎からず思ってくれているわけで、やっぱり付き合っちゃうことになったりするのだろうか。


 人生初の彼女ができたら、デートしちゃったり、手をつないじゃったり、キスなんかもしちゃったりするのか。


 自分が話を急ぎ過ぎていることは分かっていた。まず会わないことには始まらないし、実際、人間として合わないかもしれない。


 そして、もっと根本的な、現実的な選択肢はこれだ。


 パンティを履くか、履かないか、それが問題だ。


「はあ、せめて、手紙の主が分かればなあ。それさえ分かれば、まだ動きようもあるのに」

 俺はため息をついて鞄を背負う。とにかく、帰ろう。

 俺が席を立とうとしたとき、教室の中央から早苗が近づいてきた。

 なにか用があるらしく、どこか怯えたようなまなざしを俺に向けている。

 早苗はためらいがちに俺のところにまで来ると、決まり悪そうに頬を掻きながら言った。


「あっきー、手紙はもう届いたかなあ?」


 え……。

 その言葉を聞いて、俺の思考は完全に停止した。

その沈黙を早苗は別の意味で受け取ったらしい。


「そ、そうだよね! あたしらが、改めて手紙のやりとりするなんて変だよね。でも、一応どうしても言っておきたかったからさ」

 と、早苗は早口になる。

 やっぱり早苗は手紙と言った。じゃ、じゃあ、あの手紙を書いたのは早苗だったのだ! 俺は封筒の中で眠る香水を含ませた手紙を思い出した。そして、その中に入っていたパンツが脳裏によぎる。

 ごんッ!

 下腹部にざわめきを覚え、俺は頭を机に打ち付けた。


「だ、大丈夫?」

「あの手紙、本当に早苗が書いたのか?」

 俺は震える声で言った。

「そうだよ? 手紙なんてやっぱりおかしいと思ってさ、一昨日の夜、出そうかなあ、やめとうかなあって夜通し考えたんだけど、け、結局出すことにしたんだよね」

「そこは踏みとどまってくれよ!!」

 俺は渾身の力をこめて言った。いや、好きって言われるのはうれしい、早苗が俺のことを好きだとしたらそれは嬉しいけど、伝え方がイカツ過ぎる。


「そ、そうだよね。やっぱり手紙なんて変だったよね。直接言えばよかったよね」

「そういう問題じゃないから! あんなこと間違ってるから!」

「そ、そこまで言わなくても良いじゃん? 確かにあたしって、語彙力とか文章力とかないけどさ」

「語彙力とかの問題じゃないから!! むしろ手紙の内容が強過ぎて、語彙力要らないから!! 手投げで百六十キロストレートだから!!」

 俺は肩で息をしながら言った。

 どういえば伝わるかだろうか。なるべく早苗を傷つけないようにやんわり言い聞かせてあげたい。女の子に恥をかかせるのはあれだから、直接的な表現は避けた方がいいだろう。


「なんで、そんなこと言うの? あたしって文章書くの苦手なのに、一生懸命、夜更かしして、全然集中できなかったのに……がんばって書いたのに……」

 早苗が悔しそうに唇を噛んだ。そうだったか。確かに早苗は作文や読書感想文の類も苦手で、毎年泣きながら書いていた光景を思い出す。

 その早苗が集中できないなか、一生懸命書いたのか。


「いや、頑張ってくれたのはありがたいよ。早苗は、俺のことを思って書いてくれたんだよな?」

「そうだし! あっきーのことを思って掃除も洗濯もしなかったんだからね」

「いや、流石に洗濯はしてくれよ!! 早苗の履いたあとはエロ過ぎるんだよ!!」

 俺は真っ赤になって言った。

 あの中に入っていたパンティを思い出す。

 てっきり洗濯くらいはしたものだと思っていたが、まさかあれは、履きたてほかほかのパンティだったのか……。

 寝るときも履いて、布団の中ですっかり蒸れきったやつを俺に渡してきたというのだろうか。

 俺は、もぞもぞとだらしのない寝相を繰り返す早苗を思い浮かべた。その股間部には、ピンク色のシルクのパンティが履かれ、足を動かすたびに内側の部分がやわらかくこすれる。


「こんなの卑怯だろ、ばかやろう、このやろう、鼻血でてないのが不思議なくらいだわ」

「何ぶつぶつ言ってるのさ! ねえ、ちゃんと手紙読んでくれたんだよね?」


「三回は読み直したよ」

「もう、ちゃんと真面目に読んでくれてるじゃん!」

 早苗はちょっとだけ機嫌を直し、俺の肩をぽんと殴った。


「そ、それで……俺たちは付き合うのかな?」

 俺は目をそらして言った。

 一応、誰が手紙を書いたかは分かったわけで、パンティを履いて渡すなんてまどろっこしいことをしなくても、俺と早苗の仲なら普通に付き合うこともあり得る。


「えッ……それはちょっと急すぎない?」

 早苗はぽっと顔を赤くした。

「え?」

「え?」

 俺は聞き返す。


「い、いや……確かに、あっきーが帰って来てくれてうれしいとは言ったケド…………イコール告白ってところまで悟られるのは、計算外っていうか……べ、別にそれ自体が嫌ってわけじゃないんだケドさ、やっぱり今付き合うのは急すぎるというか、下手に早く付き合いすぎちゃって、すぐに別れちゃうくらいなら、大学卒業くらいまでは別に良いかなみたいな?」

 早苗はしどろもどろになりながら言った。


「って、お前、俺に自分のパンティを履かせといて、大学卒業まで引っ張るつもりだったのかよ!! 中々に焦らしプレイだな!! 性癖歪み過ぎてるだろ!!」

 俺は顔を赤くしながらツッコんだ。

 なんでこいつは高一の秋に、俺に自分のパンティを履かせて、そこから七年間も素知らぬ顔で友だち付き合いをするつもりなんだ。

 俺は早苗の人生設計に耳を疑った。


「ちょ、ちょっと待ってよ、あっきー、全然わかんないんだケド!! パンティがどうとか、ちゃんとあたしの手紙読んだわけ?」


「早苗こそ、書くときいっぺん、頭の中通して書いたのか? 勢いに任せて書いたんじゃないだろうな?」

「ひ、ひっど!! さっきから、あたしのことバカにし過ぎじゃない? あっきーのためを思って書いたのに、そんなに手紙が変なら、一生ラインもしてやらないんだから! バカ!!」


 早苗は顔を真っ赤にしながら睨むと、俺の肩を叩いて、ぷいっと教室を出て行ってしまう。


「え、いや、ちょっと……待てって。早苗のしたいようにするからさ!!」

 慌てて叫ぶも、早苗は振り返ることもせず見えなくなる。


 俺は何をどう間違えるべきかも分からず、ため息をついた。

 何が起こってるのか分からないけど、とにかく早苗の名誉のためにもこの手紙は厳重に保管しよう。


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