第三章 妹たちは勝手な計画を立て、月城明は誤解する side 早苗(2/15)
Side 早苗
あたしは真っ白の便箋に目を落とす。何を書けばいいかなあ。
だめだ、さっきからずっと考えているのに、まったく言葉が浮かばない。
机に座っていると身体がかちこちに固まっていくような気がする。あたしは伸びをして、部屋を見渡す。
あれ、この部屋ってこんなに汚かったっけ。部屋の掃除がしたい。
あたしは散らばった参考書とか、プリントに手を伸ばし、慌ててその手を掴んだ。
「だめじゃん!」
これは勉強しなくちゃいけなくなると急に部屋の掃除がしたくなるやつ。高校受験のときはこの現象のせいで、常に部屋がピカピカだった。
最終的には掃除をするところがなくなって、勉強をするしかなくなってしまった。
しょうがないから、掃除をするためだけに、あっきーを家に呼んだのだ。あっきーがおやつに持ってきたポテチを机の上で食べようとするから、
「ちょっと! ポテチ食べるならベッドの上にしてよ!!」
って注意した。あっきーが
「こぼさないように食べるから」なんて聞き分けのないことを言うから、「そういっていつもこぼすじゃん? 早くこっちに来て」って言ってベッドまで引っ張りこんだのだ。
案の定ベッドはポテチの食べかすまみれになって、その日は掃除のはかどったの、なんの。まあ、勉強ははかどらなかったんだけど。
そんなことを思い出しながら、プリントをまとめ始めていることに気づき、あたしは手をひっこめた。
「だめじゃん!!」
あたしはもう一度、ボールペンを手に持ち、手紙に目を落とした。
うーん、何を書いていいか分からない。
いや、書くことは決まっている。けど、どこからどう書いていいか分からない。
ってか、あたしは普段、文章なんか書かないし? 別に文章なんて書けなくてもいいし。話すのは好きだから、別におしゃべりは下手じゃないし。
あっきーがこっちに戻ってきたと聞いたときはマジでうれしかった。どんな理由でも、こっちに戻って来てくれて、しかも同じ高校に通うことになったとか、マジで奇跡。
でも、いざ一緒にいるとあっきーはいつも暗い顔をして、びくびくしている。あたしのことさえ恐る恐る顔色をうかがっているときがあって、幼馴染としては割とキツい。そんなあっきーの姿なんて見たくないし、地元に連れ戻されたことをそこまで気にしているのが分かって、あたしまで悲しくなってくる。
前みたいに普通にしてくれたらいいのに。
そのことを話したわけでもないのに、美央はあたしに手紙を書いてみたらと言ってきた。流石あたしの妹だけあって、察しが良い。どんな理由でも戻って来てくれてうれしいと伝えたら、あっきーを慰められるかもだって。
そんなん改まって言える?
だから、手紙にしろって。まあ、それはそうだけど。
「あー、もうダメだ」
あたしはとりあえず散らばったプリントをまとめることにする。それが気になって集中できないんだから、しょうがない。
「早苗姉さん書けた?」
美央がノックもせずに部屋の扉を開け放つ。
「こら、ノックしろって言ってるじゃん?」
「うわ、掃除とか始めちゃってるし」
美央はずかずかと部屋にあがりこみ、机に置かれた便箋を見た。
「書かないの?」
「書いてたの。さっきまで書いてたんだけど、ちょっとつまずいちゃったの」
「だからって、掃除はだめだよ。早苗姉は、結局掃除しかしないんだから」
「良いじゃん、ちょっとだけ? ちょっとだけ掃除させてよ、もう掃除の気になってるんだから」
「ダメだよ、お姉ちゃんは掃除禁止!」
美央はあたしの手からプリントを取り上げてくる。
「それはないんじゃない? もう掃除の身体になってるんだから、お願い、美央、掃除させて」
「ダメ。受験生のときに散々怒られたでしょ? あれから半年かけて、ようやく掃除しなくなったんじゃない」
「良いじゃない、ストレスが溜まってるんだから、掃除くらいさせてよ。お願い、一枚だけ、一枚だけ、プリントまとめさせて?」
あたしが手を合わせる。
「だーめ!」
「じゃ、じゃあ洗濯は? 洗濯なら良いわよね? 下着とか、靴下とかまだカゴに入れっぱなしだし」
「掃除、ダメ、ゼッタイ。掃除やめますか? それとも人間やめますか?」
美央はよくある違法薬物啓発ポスターみたいなことを言ってくる。それはさすがに大袈裟だ。あたしは掃除してちょっとスッキリしたいだけだ。大体、その掃除も高校生になってからずっとやめていたのだ。
高校受験のときは、そりゃ勉強もせずにひたすら掃除して廃人みたいになっていたけど、あれから掃除をやめて、勉強もするようになったし、勉強しててつい掃除したくなったときは「よし、今日はやめよう。明日しよう」って自分に言い聞かせて、一日一日やめてきた。
「良いわよね? 洗濯、洗濯ならいいわよね?」
「だめ!」
「じゃあ、やっぱり、掃除。少しで良いから掃除させてよ」
「甘えるんじゃない! 早苗姉、どんな思いして掃除やめたか、忘れたの?」
美央が怖い顔になって言う。
「何? あたし、ヤニカスなの? なんか扱いが禁煙中のヘビースモーカーなんだけど?」
「違うって。お姉ちゃんの勉強するとか言って掃除はじめる癖を治したいだけ」
そうかなあ。妹の扱いが、手紙を書かせようとしているだけには思えない。あたしの掃除に逃げるくせを、ニコチン中毒と同列視している気がする。
あたしとしては、別にそこまでヒドいものじゃないと思ってるし、やめようと思ったらいつでもやめられるし、我慢する方がストレスなだけだし。
「それなら一枚くらいいいじゃない。一枚だけ、一枚だけプリントまとめさせてよ」
「一枚でもプリントまとめたら、半年間の我慢が水の泡になるの分かってる?」
「あ、やっぱりヤニカスだね!? あんた、あたしのことヤニカス扱いしてるね?」
「それだけ早苗姉がアホなんだよ。いい加減、お手紙を書きなって。明くん、悩んでるんでしょ? 早く慰めてあげないと」
「うう、分かったけどさ……」
あたしは机の上に座って、ボールペンを握った。
「あっきーへ
改まって手紙とか、超はずかしいんだけど、こうしなきゃ言えそうにないから笑わないでね?」
あたしはうまく書くのを諦めて、思ったことをそのまま書くことにする。
あっきーは、地元に連れ戻されたこと気にしてるんでしょ? でも、あたしは嬉しかったよ。またあっきーと前みたいに話したり、一緒に買い物とか行けるのが純粋に嬉しかった。
あたしはどんな理由だったとしても、地元に戻ってきてくれたあっきーを否定しないし、カッコ悪いとか、情けないとか思わないからね。
だから、あんまり気にしすぎないように。
もう、そういう運命だと思って、高校生活をエンジョイしよ!
じゃあ、また明日も迎えに行くから、ちゃんと起きてるように。あんまり女の子を待たせたらダメだからね? それが言いたかっただけ。
おやすみ!