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第二章 月城明と里見ひなたはケンカをする。その結果、ハッピーエンドは遠のく sideひなた(8/10)

 ゴキブリを処理して、床の汚れを拭きとったあと、月城は腰の抜けた私を立たせてくれた。マジで一人だと一生立てる気がしなかったから、月城が私の身体をひょいっと持ち上げたときは、悔しいけど少し見直した。

 私は踏ん張りがきくようになるのを待って、ゴキブリダンゴを部屋中に設置した。それが終わると、一応、私は彼のために紅茶を入れた。

 こんな男に茶を出すのは癪だけど、一応、ゴキブリを倒してくれたわけだし?


「あ、ありがとう。ゴキブリ倒してくれて……」

 私は窓の方を向いて言った。こんなやつにお礼を言うのはムカつく。

「悩み事、聞きたいって言ってたよな?」

 月城は紅茶をずずっと啜ると、そんなことを言い始めた。


 どういう風の吹きまわしだろう。今朝は、あんなに悩み事を言うのを嫌がっていたくせに。心を開かないととか、ウジウジしたことを言って。

「聞いてあげても良いわよ?」

 私はなるべく興奮を悟られないように言った。


「俺さ、地元の雰囲気が嫌だったんだよ。この辺って、けっこう都会に見えるけど、全然ムラ社会でさ。なんというか、そのムラ社会の偏見みたいなのもあって、○○町の子はみんな不良になるとか、○○町の友だちとは遊んじゃだめみたいなのがあって、それが息苦しかったんだ」

 月城は話しだすと止まらなかった。その調子からして、月城はそれをずっとため込んでたのだと分かった。


「小学生のとき、山ちゃんっていう友だちがいて、その子が○○町の子どもだったんだけど、俺は気にせず遊んでたんだ。でも、親があの子と遊ぶのをやめさせるために、そのうち俺を塾に行かせるようになったんだ。で、結果的には親の言う通り、山ちゃんは中学になるころには地元のよくない先輩とつるみだして、今では万引きしたり、喧嘩したりばっかりなんだけど、その噂話を親がどこからか聞いてきては俺に言うんだよ。『昨日、山ちゃんが駅前で喧嘩してたんだってさ。あんたが○○町の友だちと遊ばなくなってよかったよ』『塾に行かせてなかったら今頃あんたもそうなってた』って」


「それは気分が悪いわね」

「そう言われるたびに、まるで俺がこの町に住んでることがさ、そういった偏見を助長して、親にやっぱりそうだったって思わせてるような気がしたんだよね」

 月城はそこで苦笑した。自分の言いたいことがうまく伝わるか、不安で、伝わらなかったらせめて皮肉屋を装おうとしたみたいな、どこか軽薄さを装った苦笑だった。


「だから、東京の高校に行こうって決意して、親を強引に説得して一人暮らしを始めたんだけどさ、東京の高校に行くって決めたとき、舞い上がってたというか、ちょっといい気になってて、地元の友だちに言ったんだよ。『俺、東京で黒ギャルの彼女とか作っちゃうから』って」

「黒ギャルは東京でも、今どき珍しいと思うけど」

「それは一例だよ、別々の道を歩むんだとか、まあそんなこんな」


 それなら私も思い当たる節があった。

 いい気になっていたわけではないけど、小中と同じ学校だった友だちと最後のお別れをするときは感傷的になって、そういったことを言った。

「それで?」

「それで、それだけ大きなことを言って東京に出たのにさ、結局一人暮らしとか、まあ色々大変で、調子崩しちゃって、不眠症になっちゃったんだよね。で、鬱みたいになって一人じゃ暮らせなくなって、この町に戻ってきたんだよ」


「さっき言ってたのはそのことね」

 わたしは公園での会話を思い出した。月城はだから、私の苦しみに敏感で、わざわざ謝りに来てくれて、一人暮らしに便利なものまでプレゼントしてくれたのだ。

「だけどさ、地元の友だちに大きなことを言った手前、一年ともたずに戻ってきたって知られたくなくてさ、恥ずかしいだろ? だから、道を歩いているときもいつもビクビクしてて、高校も知り合いがいない高校にして、試合とか記録会で知り合いとは会わないように、部活も入らないつもりなんだよ。俺の悩みはそれ。どこにいても誰かに見つかっちゃうような気がして、見つかったら馬鹿にされるように思えちゃうんだよな」


「そ、そうだったの」

 確かに私と月城は近いかもしれない。私も今のところなんとか奮闘しているけど、きっと実家に連れ戻されたら、少しは同じような負い目を感じると思う。


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