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第二章 月城明と里見ひなたはケンカをする。その結果、ハッピーエンドは遠のく sideひなた(6/10)

 古米男はすでに来ていて、両手にいっぱい袋を下げている。

 古米男は私に気が付くと、軽く手を挙げて近づいてきた。

「里見さん、わざわざ来てくれてありがとう」

「ううん、それはこっちの台詞。で、どうしたの?」

「早苗から色々聞いたんだけどさ、里見さんって一人暮らししてるんだって? おばさんのお店で料理を教わるため、みたいな」

「そうだけど」

「実は俺も、この間までは一人暮らししてたんだよ。東京でさ、それが一人暮らしって何かと大変で、ちょっと体調崩して、こっちに連れ戻されたんだよね。だから、里見さんの大変さは俺もよく分かる。なのに、里見さんが何に苦しんでるかも知らないで、能天気だなんて言って悪かったよ」


「え……」


 意外な発言だった。この男も東京で私みたいに一人暮らしをしていたってこと? それが体調を崩して、地元に戻ってきちゃったらしい。

 私は自分のことが心配になってくる。

 私もいつか月城みたいに、にっちもさっちも行かなくなって、実家に連れ戻されたりするんだろうか。

 実際、私の一人暮らしも何もかも順調とは言い難い。はじめてゴキブリが出たし。

 私も体調を崩して、うまくいかなくなったらどうしよう。そんなことをつい考えてしまう。


「それで、なんだけどさ、朝ひどいこと言っちゃったから、仲直りの印に、色々、一人暮らしに便利なものを買ってきたんだよ。よかったら、使ってくれないかな?」

 月城は決まり悪そうに視線をそらし、途切れ途切れにそう言った。素直になるのが苦手なのか、身体をもぞもぞと動かしている。

 月城がビニール袋を突き出し、私はそれを受け取った。

 中を確認すると、割りばしに紙皿。


 そうか、これを使えば良いんだ。

 私は今までそんなことにも気づかなかった。すぐに洗い物ができないときとか、ちょっとしたものを食べるときとかは、紙皿と割りばしで事足りる。

 それならすぐに捨てられるからゴキブリが出ることもない。


「あ、ありがとう……」

 私は月城の顔を真っ直ぐ見据える。嫌な男だけど、彼からのプレゼントは素直に助かった。

「これは?」

 私はビニール袋の底の黒い箱を取り出そうとする。

「それは、ゴキブリダンゴみたいなやつ? ゴキブリが出なくなる薬なんだ。女の子一人暮らしだと、自分で退治しなくちゃいけないだろ?」

「ほんと? これマジで助かる……もうこれからゴキブリと暮らしていくのかと思ったら、憂鬱だったんだよね……」

「え、里見さん、ゴキブリと住んでるの?」

 月城が顔をしかめる。

「す、住んでるわけないでしょ! さっきたまたま出て、泣き叫んでたのよ」


「よし!」

 月城はそこでガッツポーズをとった。私はムッとして言う。

「なに? 私が泣き叫んでたら嬉しいわけ?」

「いや、それ。ゴミになったらどうしようと思ってたから、役に立てたのがうれしかったんだ」

「ああ、そういうこと」

 私は思わず笑ってしまう。


「あと、これは近くで買ったお菓子。お腹すいたら家で食べて」

 そう言って月城は袋に入った正方形の小さな箱を渡してくる。

「あ、ありがとう」

 私は両手に袋を下げる格好になる。

 こんなに貰ってしまって良いのかな。

「じゃ、じゃあ、俺はこれで」

 月城はそう言って気まずそうに立ち去ろうとする。会話が途切れるのを恐れて、慌てて言ったような感じだった。


「ちょっと待ちなさい」

 私は彼の腕を掴んだ。

「へ?」

「あなた、私の話聞いてなかったの? さっき、本当に出たのよ。黒いのが」

「ああ、それは多分、野菜が足りてないんじゃない? 胃がんって可能性もあるけど、まだ若いし」

 月城は困ったような顔をして言った。意味不明だ。私はなんの助言をされているのだろう。

「何?」

「え、だって、出たんだろう? 黒いうんこが」

「バカ! 黒いうんこなわけないでしょ! ゴキブリよ、ゴキブリ!」


 私はこの男のバカさ加減にぶっ倒れそうになった。なんで、この男はうんこの色を報告されたと思っているんだ。

「なんだ、その話まだ続いてたのか」

「うんこの話は最初からはじまってないわよ!?」

「それを部屋の隅に置くと良いよ」

 月城はめんどくさそうに、ゴキブリダンゴを指さした。

「分かってるわよ。でも、今の今、私の家にいるゴキブリをどうにかしてよ」


 私はこの男の腕を放すつもりはなかった。この男を逃がしたら、私は本当に二度とあの部屋に住めなくなる。この男を私の部屋にあげるなんて絶対にイヤだが、この際、そんなことは言ってられない。

 男を部屋に連れ込むなんて物騒だけど、月城は顔からして強引に女に迫れるほど度胸があるとは思えない。それに私の一人暮らしを心配してくれたのだから、優しいところはあるのだろう。

 きっと妙な勘違いとかはせず、普通に助けてくれるはずだ。


「え、俺が?」

「すぐそこだから、一緒に来て」

 私は月城を引っ張っていく。

「勘違いしないでよね。あなたなんか本当は家にあげたくないんだけど、私、マジでトラウマになってるの。さっきから道に落ちてる黒いものが全部、ゴキブリに見えて怖いのよ」

「その気持ちは分かるけど」

「でしょ、だからとにかく一緒に来てよ」

 月城の気が変わらないうちに、部屋に連れ込もうと思った。


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