第二章 月城明と里見ひなたはケンカをする。その結果、ハッピーエンドは遠のく side明(4/10)
里見さんは俺とラインのフレンドになることを了承してくれた。メッセージを送り、今日は酷いことを言ったから謝りたいと告げた。
「会って話とかできないかな? 場所はどこでも良いし、嫌なら学校でも良いんだけど」
一人暮らしの便利グッズを持って学校に行くのは面倒くさい。俺は校外で会って渡そうと思っていたが、里見さんが大して仲良くもない男子と会いたがるだろうか不安だった。
「良いわ。今日の六時に駅前の公園にきて」
「分かった」
その返事を聞いて安心した。
一度、家に帰ると私服に着替えて、激安スーパーに向かった。
一人暮らしに便利なものと聞いてまず思い浮かぶのは、割り箸と紙皿だった。
お箸はほぼ毎食使うがそのたびに洗い物をするのは面倒だ。特に、休日は三食、家で食べることも多く、洗い物が間に合わないことも多い。そんなときに割りばしがあれば便利だ。紙皿も同じ理由であると何かと役に立つ。
激安スーパーで百本入りの割りばしと百枚入りの深い紙皿を買う。これがあれば、夜中にちょっとインスタントスープを飲むのも手間にならない。
あとはゴキブリを殺すダンゴだ。
実家だと、お父さんやお兄ちゃんにゴキブリを殺してもらえるが、一人暮らしだとどんな怖がりな女子でもゴキブリが出たら、自分で退治しなくてはいけない。
ゴキブリを出ること自体、嫌だろうし、できることなら退治もしたくないだろう。ゴキブリ退治グッズは一人暮らしの定番だ。
俺はそれらを買って激安スーパーを後にした。
紙皿と割りばしでかさんだ袋を持っていると、東京での暮らしが思い起こされた。一か月前にも俺は東京のスーパーでこんな買い物をして店を出た。
あのときはすでにかなり追い詰められていて、洗い物はたまり、部屋は汚れ、買いだめした袋麺が収納棚から溢れていた。
紙皿と割りばしが最終防衛ラインだった。もし、それが切れれば俺は本当に飯を食わなくなったかもしれない。
自分の部屋へ帰る道のりはただただ憂鬱で、紙皿と割りばしを疲れ果てた目で見つめていたのだ。すがるような気持ちで。
でも、今は違った。
もう俺は体調を崩して、地元に連れ戻されてしまった。そのことに関してはすでに受け入れている。
俺はあのときとは違う。今は一人暮らしを頑張っている里見さんのために、これを買ったのだ。喜んでくれればいいし、実際に役立ってくれたなら、俺の半年も報われる。
買い物を済ませているうちに五時半になっていた。約束の時間まであと三十分。なにかもう少し喜んでもらえるものがあるだろうかと周囲を見渡す。
そこで俺はケーキ専門の喫茶店が目に止まる。
何日か前にさくらと行った喫茶店で、そこのみかんとクルミのロールケーキが最高だったのだ。あのケーキを里見さんに食べさせてあげたら、きっと喜ぶんじゃないだろうか。
なんといってもあのケーキは俺が人生で食べた中で一番おいしかった。
その喫茶店はケーキのテイクアウトもやっているようなので、俺は喫茶店に入って、入り口すぐのところにあるショーケースを覗き込んだ。
「あの、すみません、このあいだみかんとクルミのロールケーキがあったと思うんですけど、あれってもうなくなったんですかね?」
俺はホールのお姉さんを掴まえて言った。
ショーケースの中には他にも美味しそうなケーキがたくさん並んでいたが、里見さんにあげるのはあのケーキじゃなくてはいけないような気がした。
「あれですか。先週まではあったんですけど、パティシエが作るのをやめちゃったんですよね」
「どうしてですか? 美味しかったのに」
「さあ……なんか気が進まないんですって」
ホールのお姉さんも理由まではよく知らないらしい、俺が持ち帰り客だと分かると、カウンターに入って、俺の前に立った。
「でもな、あのケーキが良いんだよな」
「またそのうち作ると思いますよ」
俺はどうしてもあのケーキがよかった。クルミのポリポリとした食感とみかんの酸味を思い出す。そう言えば、二百メートルほど歩いたところにもう一軒ケーキ屋さんがあったはずだ。俺はそこで似たようなケーキがないか探してみようと思った。ただ、何も買わずに帰るのも申し訳ないので、家で食べる用にシュークリームを四つ買うことにする。
俺は代金を払って袋を受け取ると、外に出た。
待ち合わせまで、まだ少しある。もう一軒あるケーキ屋さんまで歩いて、中に入ると幸運にも似たケーキを見つけることができた。
それは、みかんではなくオレンジのロールケーキなのだが、その上にクラッシュナッツがたっぷりかかっている。みかんとクルミのロールケーキではないが、クラッシュナッツの食感と、オレンジの酸味でまあ似たような味わいにはなっているだろう。
俺はそれを買って、駅前の公園に向かった。