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第二章 月城明と里見ひなたはケンカをする。その結果、ハッピーエンドは遠のく side明(2/10)

 なるほど、そういうことだったのか。里見さんは里見さんで何か悩みを抱えているのだろう。そういうのは同じような悩みを持っている人の話を聞くことで、ものの見方が変わるということもある。

 里見さんはきっと、俺が自分の悩みとどう向き合っているのかが知りたいのだ。


「それで、里見さんの悩みってなんなのさ」

「それは……そのお……えーっと」

 里見さんはそこで口ごもった。

 やっぱりだ。

 里見さんも本当に悩んでいるのだろう。


 悩み事は自分の汚点とか、直視できない問題を含んでいることが多い。だから、何かを隠したま ま、悩み事を説明しようとして困るのだ。俺にはその気持ちが分かる。

 例えば、道を歩いているときも知り合いに会わないかとビクビクしてしまう。そういった表面的なことは言えても、「東京で別々の人生を進むんだ」なんて豪語したのに、挫折のすえに親に連れ戻されたなんてことは中々言えない。

 そんな風に、何かを伏せたままうまく状況を説明しようとしているのだろう。


「それで? 里見さんの悩みは?」

「私の……悩みは……そ、そう。悩みがないのが悩みなの」

「何?」


 俺は顔をしかめた。

「私、悩みがないのよ……。高校生にもなって悩みがないっておかしくない? 悩める十代でしょ? 私、こんなことでいいのかなって不安で不安で、それが悩みなの」

 俺は思わず笑い飛ばしそうになった。こっちが真剣に悩んでいるのに、里見さんは「悩みがないことが悩み」なんてこの世で一番気楽なことを言っているのだ。そんなに気楽なのは落語家、三遊亭円楽の弟子くらいだろう。

 令和のお気楽ガールだ。


「能天気で良いな」

「何?」

 里見さんは目を吊り上げた。

「そんな能天気なこと言ってられて羨ましいよ」

「勝手なこと言わないでよ!! 私が何に悩んでるかも知らないで!!」


 里見さんが噛みつかんばかりに言ったが、俺は謝るつもりはなかった。

「何に悩んでるかも知らないって、さっき自分で言ってただろ? 悩みがないことが悩みだろ?」

「そ、……そうなのよ。悩みがないってのも不安なのよ?」

 里見さんはぐっとこらえるように歯を食いしばった。

「それが気楽だって言ってるんだよ。令和のお気楽ガールだよ」

「れ、令和のお気楽ガール……? ははは、お、おもしろいあだ名ね」

「そうだろ? 我ながらおもしろいと思ったんだよ」

「おもしろくないわよ!! あなたね、どんな悩みだったとしても人の悩みを笑うなんてサイテーだわ」

「そうか、そうか。それならもう良いだろ。俺には関わらないでくれよ。俺は真剣に悩んでるんだから」


 俺は会話を強制終了して、荷物の整理を始める。鞄の中に入っている教科書を取り出して、机の中に入れ、筆箱を机の上に置く。

 がっかりだった。

 隣の女子が転校生の俺を心配してくれていたのかと思ったが、悩みがないのが悩みなんていうふざけた悩みの参考に俺の悩みを蝶やバッタ同然に標本採集しようとしていたのだ。

 そんなやつに打ち明けてやるかよ。

 俺はむかむかしながら、わざとらしく反対側を向いて、里見さんを視界から消す。そうして、怒りを沈めながら、一限目の授業が始まるのを待った。



 放課後になると俺はまっすぐ家に帰る。

 一応、担任の小笠原からは部活に入ることを勧められており、気になる部活があったら教えてくれと言われていた。時期外れの部活動見学に行けるように、顧問に話を通してくれるようだが、俺は部活に入るのをためらっていた。


 運動部なら確実に練習試合や記録会などで他校と関わることになる。中学の友だちは皆、このあたりの別の高校に通っているのだから、そこで俺が地元に戻ってきていると知られる危険性があった。


「お前、こんなところで何してるんだよ」

 とにかく俺が一番恐れているのはその台詞だった。

 文化部なら他校の生徒と関わることは少ないだろうが、吹奏楽部や文芸部はだめ。吹奏楽部は他校との合同演奏会などがあるだろうし、文芸部は文化祭で部誌を売っているところを遊びに来た友人に見つかるかもしれない。


 そうなると、ひっそりと身内だけで楽しめる部活しかない。しかし、身内だけでひっそりと楽しむ部活ということは、一学期の間にすでに身内だけのノリが確立されているだろう。そこに俺が入って、いじめられたりしないだろうか。

 そう考えると、俺は部活動見学に行くのさえ億劫になって、担任にも何も言わないまま帰路についたのだ。


「おーい」

 校門を出て、駅に向かったところで後ろからそう声が聞こえた。振り返ると、早苗が手を振りながら追いかけてくる。

「どうしたんだ?」

「どうしたじゃないじゃん? なんで黙って帰るのさ」


 早苗が追いついて言った。急いで来たのか息があがっている。

「別に一緒に帰ることないだろう。早苗はほら、女子同士の付き合いもあるだろう。俺の方に来てよかったのか?」

「じゃあ、うちのグループと一緒に帰ればよくない?」

「良いと思ってるのは早苗だけだよ」

「良いじゃん、ハーレムだよ?」


 俺はそれには答えなかった。俺と早苗は良いかもしれないがグループの女子が嫌だろう。

「ところで、どうだった? 転校初日」

「どうかな。まあ、一応うまくやってるよ」


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