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第二章 月城明と里見ひなたはケンカをする。その結果、ハッピーエンドは遠のく side明(1/10)


 Side 明


 登校一日目の朝。

 喫茶店で早苗と同じ高校だと知ったとき、俺は安堵した。顔を見られ、俺が地元に戻って来ていることを知られたときは、消えてなくなりたいほど気まずかったのだが、同じ高校なら遅かれ早かれ知られることになる。


 決まり悪さは変わらないが、それが早苗で良かったと思った。

 男友達じゃなくて良かった。

「おまたせ」

「お、起きてきた。えらい、えらい」


 早苗は俺の頭に向かって手を伸ばした。

「良いから行くぞ」

 俺は早苗の手をかわして外に出る。その一瞬、早苗の手に絆創膏が巻かれていることに気が付いた。


「早苗、その手、どうしたんだ?」

「これ? バイト先で切ったんだよね。昨日、珍しく呪いを注文してきたお客さんが居て、呪術書をぺらぺらめくりながら話を聞いてたんだけど、そのときに切っちゃったんだよ」

「物騒な客もいるもんだな。本当に呪ったりなんかするのか?」


 俺は顔をしかめた。

「いや、話を聞く限り、あの男は呪われて当然だね。なんでも、その子が作った料理をマズい、マズいって言いながら、面白がるように食べてたんだって」

「無神経な男だなあ。マズくても美味しいって言うのが優しさだろう。俺なんかさくらが作ったものはなんでも美味しいって言うぞ? そいつはちょっとここが鈍いんだよ」


 俺は自分の頭を指さした。

「私もそう思う」

「その男は何歳くらいなんだ?」

「女の子のクラスメートで、その女の子が高一だから、十六くらい?」

「十六年間も生きてきて、女を怒らせたら怖いってどうして分からないのかねえ」

 俺は肩をすくめた。早苗がスピリチュアルなのは昔からだが、最近ではとうとう呪いにまで手を出したようだ。早苗を怒らせないように注意しないとな。



 朝のホームルームで、担任の教師が転校生がやってきたことを告げると、俺は教室の前で自己紹介をすることになっていた。


 当たり障りのない自己紹介をして、俺は教室の一番後ろの席についた。

 隣の席はかわいらしい女の子だった。

 小柄な女子でツインテールの毛先を緩く巻いている。髪色は濃い茶色で光の加減か、髪の毛の流れに沿ってうっすらと濃淡がついている。


 自分の席につくタイミングで、隣の少女が俺を見つめていることに気が付いた。転校生を値踏みをするような目で見ていたのか、遠慮のない冷淡な視線だった。

 その子は俺と目が合ったあとも、視線をそらそうとしない。かといって、友好的に挨拶をかわすでもなく、威嚇のような緊張が続く。

 その少女が俺を見ていた。遠慮のない冷淡な目。俺を嫌っているわけではないのだろうが、友好的とも思えない。


「月城って言ったよね?」

 少女が俺の名前を呼ぶ。

 俺はさりげなく少女を見た。

 やっぱりちょっとだけ俺のことを警戒しているのか、目が冷たい。


「そうだけど? 月城。下の名前は明」

「いや、下の名前は聞いてないから」

 少女が吐き捨てるように言ったから俺は驚いた。質問に答えろ、それ以外の返事はするな。まるで圧迫面接を受けている気分だ。

「ご、ごめん」

「私の名前は里見ひなた。よろしく」

「よ、よろしく里見さん……」

「月城って、東京から転校してきたんでしょ?」

「うん、そうだけど……」

「こんな時期に転校してきて、慣れない学校できっと悩み事とかもあるでしょう?」

「そ、そうだな、苦労も多いと思う」


 地元の友だちに顔向けできないこと。東京暮らしでくせになった不眠症を今も引きずっていること。退学になって連れ戻された負い目で、妹にまで気を遣ってしまうこと。悩み事は尽きない。

「私に相談してきなさい。話を聞いてあげるから」

 や、優しい……。

 俺は里見さんの気づかいに心が温まるのを感じた。なんて優しいんだ。俺が中途半端な時期に転校してきて大変だろうと、心配してくれているのだ。

 とすると、俺を見る冷たい視線は、照れ隠しなんだろうか。普段から優しくしなれていないから、よそよそしくなってしまったのだろうか。


「ありがとう。また相談させてもらうよ」

「またと言わず今言いなさいよ。悩み、あるんでしょ」

 里見さんは目をそらしながら言った。

「今?」

「そうよ。悩みは人に聞いてもらえるだけで心が休まるでしょ。心のダメージってめぐりめぐって身体にまで影響してくるから」


 それは俺もよく分かっていた。何かと分けて考えられがちだが、実際は心は心、身体は身体というわけにはいかない。俺が生活リズムを崩したのだって、精神的な要因が大きかった。

「それはそうだけど、今はちょっとな」

「何よ、私はあなたのことを心配して言ってるのよ。今この瞬間に、あなたの心より優先するべきことがあるかしら」

「ありがたいんだけどさ、まだ上手く打ち明けられないというか、やっぱり悩み事って心を開かないと中々言いにくいと思うんだ」

「心を開くなんて大袈裟よ。心なんかどうでも良いじゃない」

「え、でも、今俺の心を優先するって……」


 急な手のひら返しに俺は驚いた。

「いや……それは違うのよ。あなたの身体を優先するべきだと思うの。心が不安定だと結局、身体にまで影響が出始めるでしょ。結局、一番大事なのは身体なのよ。私はあなたの身体が心配なの」

 彼女はしどろもどろになりながら、言い訳のような口調になったが、それでも終始、「心配」という二文字を強調していた。

「でも、あっていきなり悩み相談なんて……。里見さんに重荷を背負わせちゃいそうで」

「良いのよ。とにかくあなたの悩みを聞いてあげたいのよ」

「なんで?」


 里見さんはそこで困ったように左右を見た。何か言えないことでもあるのか、言うべき事柄を伏せて、不自然に言葉を選んでいるみたいだった。

「じ、実はね、私にも悩み事があって、それがあなたの悩みを聞くことで参考になるかもしれないなあって思ったの。も、もちろんあなたが転校生だから、きっと苦労が多いなと思ったのは、本当よ?」


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